夏至祭 当日編(二)

 あたしはしばらくオル先生たちの談笑を聞いた後、また友達と一緒に過ごした。そして気が付くと、オル先生の周りも少し閑散としていた。大人たちはみな祭の運営の役割がある。食事を用意したり、キャンプファイヤーの準備をしたり。みんなずうっと喋ってるわけにはいかないらしい。


「ねえ、ヨハンナ姉さんよ。すっごく綺麗ねぇ」

「だって、今年の十八歳の乙女の中でいちばんって言われてるもの」


 女友達たちの目線を追うと、あたしたちより少し年上の女の子たちの集団が目に入った。その中でひときわ目を引くのが、隣の村のヨハンナさんだ。美人と評判の彼女は今年十八歳で、ドレスみたいな衣装を着て綺麗にお化粧している。おとなっぽいのに、ピンクを基調としたふわふわの花冠も似合っているからすごい。

 夏至祭の主役が十歳と十八歳なのには理由がある。十歳はここまで無事に成長したことをお祝いするため。そして十八歳は結婚できる年齢になったからだ。つまりはおめかしして男を落として早く結婚しろということらしい。まあ普通はこんな雑な言い方はしないけど、おばあちゃんがそう言ったんだから仕方ない。

 そのまま見ていると――そのヨハンナさんの集団がオル先生に近づいていくではないか。


 しまったーーー!!!


 発情期のツララシカ(注:この国に生息する大きなツノをもつシカの一種。冬になるとオスのツノに氷柱ができる)のように鼻息を荒くしているのは、なにも十八歳の乙女たちを目前にした男たちだけではないのだ。女の子たちだって、当然そういったことを意識する。

 ――ああ、やっぱりオル先生はお花なんだなぁ。あれよあれよと言う間に、オル先生の周りにはミツバチがぶんぶんと群がってしまった。

 いや、それっぽいこと言ってる場合じゃなくて! オル先生もそんなにニコニコ応対しないで! 優しいのはわかってるけど!

 あたしは慌ててミツバチ、もといオル先生を取り囲む女どもを掻き分けた。そしてオル先生の手を掴んで引っ張り出す。


「先生、こっち!」


 あたしは頬を膨らませてずんずんと歩く。オル先生が後ろから不思議そうに声をかけた。


「アニタ、どうしたの?」


 そこまで来てからしまった、と思う。ぐいぐい引っ張ってきた言い訳を考えていなかった。まさか十八歳の女の子たちに嫉妬したなんて言えないし――。


「あ、あのね、友達にお花のことを教えて欲しいの!」



◇◇◇



 あの後、オル先生はご丁寧にもあたしを含めた友達たちに、みんなが花冠に使った花の話をしてくれた。みんなとても喜んでいたけれど、あたしは内心複雑だった。

 もっとオル先生と過ごしたい。出来れば二人っきりでおしゃべりしたい。先生がヨハンナさんたちのような年頃の女の人と話しているのを見ると、胸のあたりがもやもやする。


 そしてあたしは、大きな決断をした。


 夜になって(日が沈まないから真っ暗にはならないけれど)、キャンプファイヤーが始まった。薪と一緒に、去年の花冠が燃やされる。あたしが今被っている花冠も、来年には灰になってしまう。

 あたしは一緒にいたオル先生を引っ張って、焚き火を囲む人だかりから少しだけ離れた。


「どうしたんだい?」


 離れても熱を感じるほど大きな炎が、オル先生の白い髪を花冠のヘッリの花と同じオレンジ色に染めている。

 あたしはみぞおちのあたりで両手をギュッと握りしめた。


「あのね、あたし、オル先生が好きなの。本当だよ、真剣なの。あたしはまだ十歳だけど、ほんとのほんとにオル先生が好きで、ずっと一緒にいたいの」


 オル先生は少しだけ驚いた顔になって、でもすぐに優しく微笑んだ。


「ありがとう、アニタ。でも僕はこの国にはずっとはいられない。冬が来る前にはこの国を出て、きっともう来ることはない」


 声音とは裏腹の、残酷な言葉だった。

 わかってたけどね。わかってたけどさ。

 あたしの目から涙が溢れて、オル先生はそれを白い指で拭った。男の人らしい節くれだった長い指。それでもあたしの涙は止まらなくて、オル先生はあたしの肩を自分の腰のあたりに引き寄せた。そしてそのまま、黙って一緒にオレンジ色の炎を見つめた。


 後悔はしていない。ちゃんと伝えられたんだから、よかったじゃないか。

 あたしの気持ちも炎と一緒に空に昇っていくような気がした。



◇◇◇



 オル先生は宣言通り、冬が来る前に村を去っていった。

 お別れの日、あたしは声を上げて大泣きした。抑えようなんてこれっぽっちも思わなかった。オル先生を困らせてやるくらいのつもりで泣いたのに、オル先生はいつもののほほんとした笑顔のまんまだった。全然寂しそうじゃなくて腹が立ったけど、一度も声を聞いたことがなかったオル先生の白猫が「にゃー」と鳴いたことにびっくりして、怒り損なった。


 こうして、あたしの初恋は終わった。


 村を出る前、オル先生はなぜかリュリュに話しかけた。二人が交流しているところなんて全然見たことがなかったから不思議だった。オル先生がなにかをリュリュに手渡すと、リュリュは顔を真っ赤にしてこくこくと頷いていた。いったい何をもらったのか、あとでリュリュに訊いてみたけど、断固として教えてくれなかった。


 それが実はオル先生がセージ湖の小島で拾ったヘッリの花の種で、それを見事に育て上げたリュリュからオレンジ色の花束でプロポーズされるのは、それから八年後のおはなし。

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