2 選べぬ人 ― エルゼスト王国と新エルゼスト王国

万能草と紫毒花(一)

 この世界の国々は領土を堅牢な壁で囲むことで、ドラゴンや魔獣モンスターといった凶暴な生き物から民の命と生活を守っている。

 国どうしが隣接することは少なく、危険を冒してまで国と国を行き来するのは行商人か冒険者と相場は決まっている。

 そんな世界で、国家間の戦争が起こることは極めて稀だ。しかし少ないというだけで、例外は存在するものである。



「現在、我が国は隣国と戦争をしております」


 オルオーレンがその国の東門に着いたとき、門番の兵士はそう言った。


「はあ、そうですか」


 さほど興味がなさそうに、ぽやんと返事をしたオルオーレンを、兵士は奇妙な生き物を見るような目で観察した。


「入国する気ですか?」

「禁止されていないのであれば」

「命の保証は出来かねますよ?」

「ええ、構いません」


 兵士はさらに訝しげな顔になり、オルオーレンをまじまじと見つめた。

 緑かかった白髪に若草色の瞳のすらっとした青年は、茶色の中折れ帽に襟付きコートを纏い、なぜか背中には大きな本を担いでいる。とても行商人にも冒険者にも、そして敵国のスパイにも見えない。


「……入国の目的は?」

「僕は世界各地の花を集めて旅しています。この国の植物を少し採集させていただきたいのですが」


 人の良さそうな笑顔を浮かべる青年は、片眼鏡モノクルが醸し出す知的な雰囲気が学者に見えなくもない。きっとそうだろう、と門番の兵士は自分を納得させることにした。


 オルオーレンはボディチェックを受け、敵国のスパイではないという宣誓書を書かされて入国した。

 ついでに真面目そうな門番の兵士に、この国について尋ねた。


 エルゼスト王国、平坦な土地に築かれた、決して広いとは言えない国土を持つ、これといって特徴のない国である。現在の王家の統治がもう随分と長いこと続いている。

 ところが四十年前、文字通り国を二分する出来事が起こった。先王が若くして崩御し、二人の王子が王位を争ったのだ。

 王族、貴族、そして国民をも二分する血生臭い争いになった。その結果、弟であった第二王子が王位を継ぎ、兄であった第一王子は国の西側で国家を打ち立て独立宣言をした。

 そして国土と国の中心にあった王都を真っ二つに割るように、南北に国境が築かれたのである。


「つまりは元々ひとつの国だった二つの国が戦争をしているわけですね」

「そうなります」


 関所の横に設けられたベンチに座ってオルオーレンが尋ねると、隣に座る門番は答えてからお茶を啜った。

 呑気にお茶を淹れてくれた門番がお菓子までつけてくれたので、オルオーレンも遠慮なく口に運ぶ。空は青く、鳥の囀りが聞こえる。こんな様子を軍の上層部が見たら、この兵士の首は間違いなく飛ぶだろう。


「戦争をしている割に、のんびりしていますね」

「まあここは戦線である国境から最も離れていますからね……。それにあんな傲慢な第一王子が勝手に打ち立てた国に、我が国が負けるはずはありません」

「自信がおありのようですね?」

「ええ、もちろん」


 兵士はどやっと言いたげな顔で胸を張る。


「我が国には、どんな傷や病気も治せる薬があるのです」





「なるほど」


 王都郊外で呟いたオルオーレンの前に広がるのは、白い花だけで埋め尽くされた畑だった。植えられているのはひとつの種類の植物だけで、お花畑とは呼び難い人工的な景観を作り出している。そんな畑が何枚も続いていた。


「おや、旅人さんかい? こんな戦争中に物好きだねぇ! 王都には近づかないほうがいいよ、国境で兵士たちがやり合ってるからね」


 畑の中で花の手入れをする中年の女性が、オルオーレンに気づき声をかけた。


「この畑は?」

「ああ、『万能草』の畑さ! 名前の通り、どんな傷や病気も治す薬の原料だよ!」


 オルオーレンは畑の縁にしゃがんで、その植物に手を伸ばした。


「万能草……ですか」

「向こうの国はね、毒を塗った矢を山程放ってくるのさ。だけどうちの国にはこの万能草で作った薬があるから大丈夫! 万能草がある限りうちが負けることはないよ!」

「それでこんなに広大な畑を作っているんですね」

「まあね、元々は穀物を育てていたんだけど、今はそうも言っていられないからね! 薬の成分は少ししか取れないから、いっぱい育てなきゃなんないのさ」


 恰幅のいい女性は、首にかけたタオルで汗を拭いながら上機嫌に答える。


「この植物は、元々この国でよく見られるものなのですか?」

「いいや? 数年前に持ち込まれたらしくてね、王様が国策として育てるように指示したのさ。お陰で病気だけじゃなく、向こうの毒矢に打たれた兵士も死なずに済んでる。いやあ、西の土地に住んでいなくてよかったね。山ほど毒矢をこしらえるような国の民にはなりたくないからね」


 ふうん、とオルオーレンは唸ってから、まじまじと白い花を見つめた。


「大変厚かましいお願いなのですが、万能草を一本だけいただけませんか?」


 ええ? と女性は顔を顰めたが、すぐに呆れたように笑った。


「まあいいよ! 男前の旅人さんに頼まれちゃあ断れないねぇ。でも気をつけな、根っこには毒があるからね!」

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