アイドル天下布武

阿弥陀乃トンマージ

オーディション開始

                 序

「はあ……」

 紅い色の長い髪をポニーテールにまとめた若い女子が、安土城下に大きく広がる運動場へとたどり着く。運動場には自分と同じくらいの若い女子がひしめいている。

「……」

「ええ……もしかして、これが全員参加者なの?」

「そのもしかしてだぜ、長野県出身、華田幸はなだゆき……」

「えっ……?」

 自らの名前を呼ばれた幸が振り返ると、自らの写真付き参加証をひらひらとさせる、赤いメッシュが所々に入ったロングヘアの女性が立っていた。

「あ、ちょっと返してよ、受付面倒だったんだから」

「おっと♪」

 幸はあっという間に距離を詰めて、赤メッシュのロングヘアの懐に入り、参加証に手を伸ばすが、赤メッシュはより高いところにかかげる。幸は女子にしては身長の高い方だが、赤メッシュはそれよりも頭一つ大きい。手足も長い。幸がムッとする。

「ちょっと……ケンカ売っている? それなら買うけど……」

「お、おっと、ちょっと待てよ、あいさつでもしようと思っただけだ……」

「あいさつ?」

 赤メッシュは慌てて、幸の参加証を返し、自らの参加証を取り出して示した。

武枝海たけえだうみってんだ、隣県のよしみでよろしくな……」

「武枝……ああ、長野の方にもちょっかいかけている、山梨の……」

「まあ、それは本家の連中のことだけどな……知っているみたいで光栄だ」

「悪名だけどね……」

「それはお互いさまだな」

「えっ……」

 海の反応に幸は面食らう。海が肩をすくめる。

「なんだよ、知らなかったのか?」

「ぜ、全然……」

「これはこれは……今時珍しい『箱入り娘』ってやつか?」

 海が自らの口元を抑えて、くくっと笑う。幸が再びムッとする。

「笑わないでよ」

「ああ、悪い、悪い……」

「むう……」

「というわけで――というわけでもないんだが――幸、手を組まねえか?」

 海が右手を差し出す。

「手を組む?」

 幸が首を傾げる。海が説明する。

「この『天下布武プロジェクト』……ジパングを席巻するようなアイドルを輩出するとかなんとか謳っているが、実態が今ひとつ分からねえ。どんな奇天烈なオーディションを課せられるか分かったもんじゃねえ」

「ふむ……」

 幸が腕を組んで頷く。プロジェクトの怪しさについては同意することがある。

「どうよ?」

「……あまり期待しないでよ」

「ああ、簡単な情報交換などが出来ればそれで構わないさ。よっし、交渉成立♪」

 海と幸はハイタッチをかわす。しばらくして、運動場の方に声がかかる。

「参加者の皆様、それでは第一次試験です。簡単な体力テストです」

「体力テスト?」

「皆さんはここから向こうの白線まで50メートルを8秒で走ってもらいます」

「なんだ? 随分簡単だな」

 海が小声で呟き、笑みを浮かべる。隣に立った幸が呟く。

「……なにかある」

「白線まで走ったら、15秒以内でスタート地点まで戻ってきてください。そこからまた50メートルダッシュ、これも8秒以内。15秒以内でスタート地点に戻る……これを二十回、繰り返して頂きます」

「ほう……」

 海が顎をさすりながら頷く。幸は苦笑する。

「それなりにキツイわね」

「幸、ここで脱落か?」

「まさか、こんなところで帰れないわよ」

「そうこなくっちゃ♪」

「……準備出来ましたね……それではスタート!」

 参加者はそれなりに運動能力が高い女子が揃っていたようで、この時点では三分の一ほどしか減らなかった。

「幸、どうした? その子は……」

 海が指差した先には、紫色のショートボブの小柄な女の子が、幸に半ば引きずられるような体勢で倒れ込んでいた。

「せっかくはるばるここまで来たのに、たかが体力テストくらいで振り落とされちゃあかわいそうでしょ?」

「お優しいことで……」

「別に、単なる気まぐれよ……」

 紫色のショートボブが仰向けになって呼吸を整える。

「はあ……はあ……はあ……」

「大丈夫?」

「はあ……あ、ありがとうございます」

 紫色のショートボブが居ずまいを正して、幸に頭を下げる。

「いや、別に大したことじゃないわよ」

「お名前を伺っても?」

「え? 華田幸……」

「長野県の?」

「知っているの?」

「有名でございますから、色々な意味で……」

「ど、どういうこと⁉」

「……」

「いや、無視しないでよ!」

「自分は高知県から参りました、宗我部姫そがべひめと申します」

「おっ……」

 幸は姫と名乗った女子をマジマジと見つめる。姫が戸惑う。

「ど、どうかされましたか?」

「いや、綺麗な声だなって思って……」

「あ、ありがとうございます……」

 姫がうやうやしく頭を下げる。

「その声を活かしたアイドルを目指すって感じかな?」

「え、ええ、そうであれば良いなと思っております」

「確かに、よく通る声だ……」

 隣で話を聞いていた海が感心する。姫が再び頭を下げる。

「ありがとうございます……」

「どこで身に着けたんだい?」

「どこって、そりゃあ、学校とかでしょうよ」

 海の問いに幸が苦笑する。

「桂浜に向かって、連日、発声練習を繰り返しました。雨の日も風の日も、台風の日も……」

「ええ?」

「やっぱり、持つべきものは海だね~」

「そ、そうかな……?」

 納得する海の横で幸が首を傾げる。

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