トゲトゲ系の幼馴染がナゴマセ系の幼馴染に変貌するだけの平和な病
酸化葛割
第1話
ストレス社会と呼ばれている現代社会、そんな環境のなかで突如として流行り始めたヤバイ病気、……『退行病』。
それは、思春期の男女を中心とした若年層に広がっている病であり、その原因は不明とされている。病状については名前の通りとしか言いようがなく、それ以上に説明することはない。ともかく、退行してしまう病、ということだけを頭の中に入れておけば、きっとそれでいいと思う。
これは、そんな病が発生し流行り始めた頃のお話である。
◇
「遅いっ!」
いつも通りに彼女と待ち合わせている駄菓子屋の前、幼馴染のサナはこれまたいつも通りというべきか、すごく不貞腐れたような不機嫌な顔をして、世界をにらみつけている最中だった。そんな不機嫌な視界に僕の存在を加えようとしながら、彼女は、はあ、とため息をつく。
「い、いやあ、今日はちょっと目覚まし時計が──」
「言い訳はいらないし聞きたくない。こういうときは然るべき謝罪があって当然のものじゃないかしら? ヤマト君?」
「……すんませんした」
僕が彼女にそういうと、ふんっ、とあからさまにそっぽを向きながら、そうして登校する道を静かに歩きだしていく。それ以上に会話をすることなどない、そんなことを示すように。
そう、これがいつもの状態。
サナは年中不機嫌をまき散らしている。どれくらいまき散らしているのか、ということを表現するのであれば、某ゲーム会社のマスコット的な愛くるしさのあるピンク色の怪物がニードルをコピーしているときくらい。64という作品を具体例として挙げるのであれば、爆弾と針を一緒に飲み込んだようなくらいにはトゲトゲしている。
いつから彼女がそんな風になったのか、僕にはよく思い出せない。すごい唐突だったような気もするし、ずっと前からこんなもんだったような気がする。
「……さっさと行くわよ」
そんな考え事をしていると、トゲサナは僕のほうを一瞥して、さっさと来いという視線を言葉と一緒にぶつけてくる。今行く、と僕は彼女に向けて呟きながら、そうして一緒に歩き出していく。
◇
そう、これがいつも通りの日常。トゲトゲしている機嫌に巻き込まれているのが僕の日常ともいえるし、サナの日常ともいえるかもしれない。そんな風に僕を邪険にするのであれば、僕と一緒に学校なんか行かなければいいのに。そんなことを僕は思ってしまうけれど、口に出してしまえばそれが本当に現実になってしまいそうで怖いから、何も言えない。
だが、それは『退行病』によって変わることになる──。
◇
「やまとー? やまとー??」
猫なで声、というか、幼児の声。どこからそんな声を中学生の女の子が出しているんだ、って思うくらい、すっごい柔らかい声。
目覚まし時計はまだ鳴っておらず、そのうえで僕はベッドの上で寝転がっている。まだ時間には余裕があるし、大丈夫だろ、という気持ちで、名前を呼ばれていても気にしないまま睡眠を続けてみる。
「やまとぉ? どこー?」
……気にしない。絶対に気にしない。
たとえその声が僕の部屋で発せられていたとしても、そしてベッドのシーツの中で顔を隠しているだけなのに、それでも見つけ出すことができない彼女のことを思っていたとしても、僕は絶対に気にしな──。
「──ううっ。やまとぉ、どこにもいないよぉ……。やだ、やだぁっ! うわああああ──」
「──おっとー! この愛しい泣き声をあげているのは、愛くるしくて仕方がない女の子のサナじゃないかー!」
あからさまな棒読みをしながら、僕はシーツからびっくり箱のように大きく手を広げながら、声のする方へと身体を向けた。
「あーっ! やまとだー! みつけたー!!」
「うん、見つかっちゃったね。うん、だからもう泣かないね?」
「うん! さな、もうなかない!」
「そうだよねそうだよね、サナは強い子だもんね!」
「うん!! さなはつよいの!!」
そんな風に威張る彼女に対して、僕はよしよし、と頭を低くしているサナの頭を、さすさす、と撫でてあげる。「え、えへへぇ」と声を漏らすサナの可愛い姿が見えているけれど、それは記憶には留めてはいけないし、何も考えちゃいけない、という気持ちで。
……いや、マジでどうしてこうなったんだろう。
そんな気持ちでいっぱいになる朝が、ここ最近の習慣だった。
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