世界観ゆるめでダンジョンズ&ドラゴンズ ――超次元の勇者――
@ksilverwall
プロローグ いつもの空
森の奥深く、木々の間から差し込む陽光が、揺れる葉影を地面に映し出している。
その光の中、一つの影がしなやかに動いていた。灰色の毛並みは柔らかな光をまとい、木漏れ日の中に自然に溶け込んでいる。
音を立てることなく太い幹に爪を引っかけ、するすると上へと登っていく。金色の瞳が鋭く枝葉の間を見渡し、目的の実がある場所を探り当てると、長い尾をわずかに揺らしてバランスを取り、実を慎重に摘み取る。手にした実を鼻先に近づけて匂いを確かめるその仕草がひどく自然で、まさに森の一部そのものだ。
他に成っている実はないかと、影は枝の間からさらに高い位置へと視線を巡らせた。金色の瞳が葉の隙間を鋭く見通し、光に照らされた枝の先端に揺れる小さな実を捉える。尾を揺らしながら体のバランスを保ち、慎重に足場を移動して実へと近づいていく。だがその時、ふと視線を上げた瞳に、葉影の合間からのぞく不自然が映り込んだ。
影は動きを止め、金色の瞳の瞳孔を更に細めて葉影の向こうに広がる空をじっと見上げた。穏やかな青空には、白い雲がぽつぽつと散らばり、静かに浮かんでいる。誰の手も届かぬはずのその雄大なキャンパスに、何者かが筆を滑り込ませていた。
ネコへ
重要な依頼あり
至急屋敷にこられたし
不可視の力に操られ、雲々は静かに形を変え、共通語の文字を象りながらメッセージを伝えていた。青空に白く浮かぶその文字は、風に流されることもなく、静かにその場に留まっている。そして何より重要なことは、このメッセージがほかでもなく影に向けられたものだった。
青空に浮かぶ文字を見上げながら、ネコはわずかに耳を動かした。
「雲に書くなよ……」と、心の中でぼやく。たかがメッセージひとつでここまで大仰なことをする人間に、ネコは一人しか心当たりがない。旧知の仲であるホットドッグ男爵だ。
しかし恩義もあるので男爵の以来を無視するわけにもいかない。ネコはしぶしぶといった様子でスルスルと木を降り、日差しが照らす大地に2本の足で降り立った。先程までの猫然とした振る舞いは影を潜め、ピンと伸ばした背筋はまさに人間そのものであった。身につけている衣類は軽装ながらも人間のものと変わらず、そのポケットに先程取った実を無造作に放り込む。
半人半獣のその姿は、日差しを浴びて大きく伸びをすると、近くの木の枝に掛けてあった小さな鞄を手に取り、二本の足でゆっくりと屋敷へ向かって歩き始めた。あとに残ったのは、何事もなかったかのように静けさを取り戻した森だけだった。
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