人参恐い
斎藤 三津希
人参恐い
買いすぎてしまった。と、頭を悩ませ、くぁ。と漏れ出す独り言は虚しく換気扇に外気として流された。
残念ながら、人参にはお手上げである。
グツグツと沸き立つ鍋で消費された半月切りは、使いきれずにこれからの行き場を失った人参達を嘲笑っている。
いや、勿論鍋内の出汁からブクブクと現れたる泡、つまり沸騰によってぴくりぴくりと動いているだけなのだが。
人参達は話が違うと文句ありげに芽をだし始めるだろう。
だが、それが起こるのも所詮はまあ、先の事である。
ノンストレスで生きていく。が性分な私は明日の事は明日へ、と考え始め、今日は人参の事など忘れ、鍋を堪能し、床に付く。
しかし、その日夢を見た。
恐らく、私の背丈程ありそうな人参に手が生え、足が生え、目が生え、口が生え、それが二人、いや二つギョロリと此方を覗く。
やけに明るい橙としか認識できなかったが、何故か此は間違い無く、今朝の人参とわかった。
そして、人参達は出来立ての口を動かすと言う。
シリシリにしなさい。
はい。はい。わかりました。シリシリにします。いや、させて頂きます。
拳銃を向けられた一般人よろしく私は涙を流し、承諾していた。
そこで目が覚める。
丁度、夜か早朝かもわからぬ時間に起きた。
寒さを伝える風が夢の内容まで持っていってしまったかの様にぽかんと忘れた私は、
暫く朝支度をしていると、はっきりと言える早朝と呼べるに時間になった。
空の色はどこか淡い橙で、突然思い出した。
シリシリにしなくては。
急いで手に取った人参を瞬時にシリシリへと変貌させる。
一本分と半分をタッパーに詰め、残りの半分を朝食に頂く。
普段からの自炊が物語る美味しさだったが、どこか人参が恐い。
何故に私はシリシリにしたのだ。
そもそも、何故朝一番に料理をしている。面倒くさいだろ。
だが、何故かそれをせねば気が済まない。というより、せねば駄目な気がして堪らない。
そして、可笑しな話は重々承知だが、その原因かつ元凶は人参な気がして堪らないのだ。
だからか、そのせいか、こんな事を思う自分も勿論恐ろしいのだが、人参恐い。
人参恐い 斎藤 三津希 @saito_zuizui
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