獣も魔物もお姉さんも、指先一つで即ヘブン! ~【器用さ9999】の転移者は払い損の月額課金を解約せんと帰還を企てる~
ふつうのにーちゃん
・【器用さ9999】の転移者、払い損の月額課金を解約せんと追放を偽装する
おっす、オラ社畜。異世界転移したらバラ色の逆転人生が待っているかと思ったら、ヒャァッ、オラビックリしたぞ。
家賃、電気、水道、スマホ、ネット、各種サブスクサービス、全く使ってもいねーのにっ、今月もきっちり財布から引き落とされてんのっ!
その額、なんと月間74355円!
これどういう理屈なのかわかんねーけど!
なんでか俺たちの所持金、現世の銀行口座とかとリンクしてやがんの!
ああっ、もう堪えられねぇ!
理不尽にゴリゴリと削られてゆく預金が気になって、夜も眠れねぇ!
『おおよくぞきた、勇者たちよ! 魔王を倒してまいれ!』
あまりにも単刀直入で説明不足なあのクソキング!
略してあのうんKめ!
俺たち勇者パーティ御一行を召喚しておいて、大事なところを何も説明もせずに魔王討伐の旅に出しやがって、コンチクショーッ!
ちゃんと『元の世界で支払いが発生したら、こっちの世界の所持金が減りますよ、破産しないようにがんばって稼いで下さいね』と説明しやがれ!
なんか謎パワーでスマホが充電なしで使えてるけど、これも使った分だけボッタクリの電気代・通信料がきっちりと引き落とされるよ!
勝手に入ってたアプリ【Mystic】でアイテムを鑑定できたり便利なことは便利なんだけど、使えば使うほどに今月の支払い明細がガンガン増えて鬱になれるぜ、よしっ! いったん説明終わり!
「ミフネ・アサジロウ!! 君をこの勇者パーティから追放する!!」
というわけで豪快に話飛ぶけど現在!
満員大入りの酒場で!
脈絡もなしに唐突に!
そのど真ん中の5人掛けの円卓席で!
俺はリーダーであるオケヤ・ミフウ(21・♂・イケメン)にパーティ追放を言い渡された!
「な、なんだってーー!!」
「君がいると馬車の馬が発情して旅にならない! 君が優秀なのは百も承知だが、僕たちはもう堪えられないんだ! 頼む、頼むからこのパーティを抜けてくれ!!」
「そんなー、待ってくれー! 器用さ9999の手で馬を撫でたらあんなことになるなんてー、俺は思ってもー、いなかったんだぁー!」
俺の『器用さ9999』の厄介さについては後述する。
それよりも今は、順当に『追放される』ことの方が重要だ。
「黙れ、君とはもうやっていられない、さっさと出て行け!!」
「くっっ、だが俺は俺なりのやり方で魔王討伐を果たしてみせる! そう、『勇者パーティの別働隊』として!!」
「それなら僕たちも異存はない! 君の旅の健闘を祈る!」
オケヤと俺はにらみ合った。
オケヤの瞳の奥底に秘められているのは、憎しみとか、妬みとか、そういった下らない感情ではない。
主婦で魔法使いのコバヤシさん。
戦士で営業職のカキシマさん。
ヒーラーでJDのアンズちゃんも、追放役を演じながらも俺のことを信じて送り出してくれていた。
「ありがとう、オケヤ、俺は俺の道を行く。みんな、またな……」
「ああ、別れても僕たちは仲間だ! 同行はできないが、一緒に魔王を倒そ――ハッ、ハァァァァン……ッッ♪♪」
固い握手を交わすと、勇者はどろり濃厚に甘く甲高い『あえぎ声』を上げた。
たちまちに勇者オケヤの全身がガクガクと震えだし、脱力した彼は至福にとろけた顔でイスへと崩れ落ちた。
これこそが異世界転移により覚醒した俺のチート能力、【器用さ:9999】の行き過ぎた副作用だ。
百発百中の射撃、的確なクリティカルヒット攻撃、あらゆる生産の才能が覚醒した一方で、この通りの大問題を撒き散らすようになった。
「うわぁー、ミフネっちと握手とか勇気あるよね、さすがオケヤっち、マヂ勇者だよ」
JDのアンズちゃんが勇気あり過ぎな勇者を冷めた目で見た。
「全身セクハラ体質。それがミフネちゃんのチャームポイントよ、グッドラーック♪」
いつだって陽気な主婦はビールを片手に親指を立てた。
「任せたぞ、別働隊」
戦士に相応しいガチムチの体躯のカキシマさんは、信頼と期待の眼差しで、勇者をアヘ捨てて去り行く俺を見送った。
俺、ミフネ・アサジロウの追放理由は、感度3000倍も狙える器用さ9999をソースとした問答無用のジェントルタッチ体質。
オケヤみたいに感じやすい体質の人間ならば、この通り握手一つで一発昇天。
まさに全身セクハラ体質の俺は、パーティ追放を演じてくれる仲間たちに熱い友情を覚えながらも、ある重大な目的のために居心地の良い場所を捨て、新たな旅に出た。
・
さて、あらまし!
俺は勇者パーティの別働隊である。
本隊が魔王を討伐して世界を救うパーティであるならば、別働隊は勇者パーティそのものを救うために考案されたものだ。
そう、俺たちはもう堪えられねぇんだわ!
魔王を倒して英雄になる気はバッチ200%くれーはあんだけどっ、毎月消えてく所持金が気になって!
もはや魔王討伐どころじゃねぇ!
戦士カキシマさんは実際、腹を抱えながらこう言った。
『また、妻と娘たちが、おかしな散財を……っっ。うっ、ううっ、胃が、胃が痛い……』
薄給でストレスだらけの営業職を続けるよりも、遙かに気軽に稼げてこの世界は天国のようだ。
しかし稼げば稼ぐほどに、元の世界の家族が金をガンガン使い込んできて辛い、怖い!
何がどうなっているんだ!?
カキシマ家はローンがあと22年残っているという。
そのローンだけでも月間11万。
さらに妻を含む3人家族をカキシマさんは食わせてゆかなくてはならない。
だというのに、先月のカキシマ家の出費は30万円にも及ぶという……。
『頼む……ミフネくん! 妻と娘に『父さんは異世界で出稼ぎをがんばっているから心配しないでくれ! それと、もうちょっと、出費を抑えてくれないかな……』と言ってきてくれ……っ!!』
『やっぱカキシマさんの境遇って、俺らの中で二番目に悲惨っすね。わかりました、俺に任せて下さい!』
マイホームを買ったのにマイホームに住めない異世界に単身赴任中のお父さんは、財布を浪費家の嫁に掌握されている!
なんとしても俺は元の世界に帰り、手紙を届け、奥さんと娘さんをわからせなければならなかった。
いや、問題を抱えているのはカキシマさんだけではない。
チャキチャキのJDであるヒーラーのアンズちゃんもまた、こう言った。
『ミフネっち、マジでお願いっ、うちの代わりに大学に休学届け出してきてっ! 家賃・学費払い損の上に、不登校で留年確定とかこんなの辱めだよっ、生き地獄だよっ、あり得ないよおーっ!』
留年確定である。
休学届けを出さなければ来年も授業料を払うことになり、下手をすれば落第が続いて退学となる。
親の反対を押し切って大学に入ったのに、こんなの理不尽だ!
そんなアンズちゃんの現在の出費は月間8万円ほど。
サブスクサービスを掛け持ちしまくっていたのが不幸の始まりだった。
来年度の頭には、約60万の授業料を払わなければならない。
『え、大学の授業料ってそんなにするのか……。こえーー、就職コースでよかったぁー……』
『異世界めぇーっ、うちの青春とお金返せぇーっ!!』
必ず元の世界に帰って、物件、サブスクを解約し、大学に休学届けを出すとアンズちゃんに誓った。
その一方で、魔法使い主婦コバヤシさん、ややパリピな彼女はこう言った。
『あのねー、旦那をこっちに連れてきて欲しいのよー』
コバヤシさんは勇者パーティの中で最もこの世界をエンジョイしていた。
しかし足りないものがある。
それは愛を誓い合った旦那様だ。
工業勤務でいつも疲れた顔で帰ってくる旦那様を、気楽なこちらの世界に呼びたい。
一緒に幸せになりたい。
『任せて下さい、コバヤシさん! 首に縄を付けてでも旦那さんを引っ張ってきます!』
『うちの旦那に不倫なんてする根性ないと思うけどねー、なんか心配なのよー……。……お願いね、ミフネくん』
暇していた専業主婦はただ旦那様に会いたい。
俺は感度3000倍のテクニックで旦那様を行動不能・拉致してでも、コバヤシさんのいるこの世界に連れてくる。そう誓った。
そして最後に、勇者オケヤはこう言った。
『頼む、ミフネ……! 実家が無事か確認してきてくれ……! 天ぷらの調理中に異世界転移させられたのが、今でも気がかりなんだ……!』
『あー、それなー……』
勇者オケヤは勇者パーティで断トツで悲惨な男である。
彼の訴えを俺なりに少し脚色するとこうなる。
邪悪な召喚者め!
転移させるにしても場とタイミングをわきまえろ!
あるいは『勇者様、貴方を異世界転移させますので、そのガスコンロを消しましょう、このままでは凄絶に危険です』と促すべきだったのではないか? この無能召喚師!
と、こんな感じである。
『それだけじゃないんだ! 都市部なのに玄関の鍵も閉めてないしっ、文鳥も飼っているんだっ! ああ、僕のジロキチがフライドチキンになったらどうしよう、ミフネ……ッ!?』
『そこはフライドチキンじゃなくて、文鳥の天ぷらだろ? ま、忍び込んできた親切な泥棒が、きっとコンロを消してくれたって』
シュレディンガーの強火にかけられた天ぷら油。
文鳥が実家ごと天ぷらになっているかどうかは、元の世界に帰還して確認するまでわからない。
というわけで、おわかりいただけだろうか。
異世界転移!
夢があってよろしい!
しかし準備期間を与えられずに異世界転移させられると、こうなる……。
使ってもないサービスに口座が削られ、社会的な立場はリミットブレイク!
秒針が進むにつれて不倫の確率は着々と上昇し、異世界に帰った頃には、実家が無惨な焼け野原となっているかもしれない。
てか、オケヤと文鳥を含むその家族、マジ詰んでんな!
発火した油はそうそう簡単には消えないな!
希望はあんまないぞ!
強く生きろよ、勇者オケヤ!
なんて感想はおいといて、とにかくそういうわけなのである!
「待っていてくれ、オケヤ、カキシマさん、アンズちゃん、コバヤシさん……。俺は必ず元の世界に帰り、サービスの解約、及びもろもろの問題を解決してみせる……! この感度3000倍の――あ、違った! 【器用さ:9999】チートにの名にかけて!」
オケヤ家は、まあ、ダメ元ってとこかなー……。
まあ、無理だろうなー……。
運が良かったら半焼ってところで手を打っとこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます