第12話-影喰いと初詣の影騒動
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新しい年の朝、元旦。
「……あけましておめでとう、と。」
自分にだけ聞こえる声で呟く。
昨夜の紅白歌合戦とカゲとのバトルの疲れが残っているのか、体がだるい。
その時、黒いぽっちゃりしたシルエット――影喰いのカゲが勢いよく布団の上に飛び乗った。
「おい航!正月だぞ!初詣行くぞ!」
「お前が初詣とか言い出すのかよ……。」
航は呆れた表情でカゲを見上げた。
「当たり前だろ。初詣ってのは人間がいろんな願い事を考える場所だ。影が溢れかえる最高のフィールドじゃねぇか!」
「お前の影センサー、本当はぶっ壊れてんじゃねぇのか……。」
航は布団を被って拒否するが、カゲは尻尾でポンポンと布団を叩きながら食い下がる。
「いいから行くぞ!初詣限定の影ってのはな、夢と期待とちょっとした不安がミックスされたプレミアムな味なんだよ!」
「影にプレミアムとかあんのかよ!」
「あるねぇ。行かなきゃ損だぞ!」
「損とか得とかの話じゃねぇだろ!」
しぶしぶ布団を抜け出した航は、部屋の片隅からお馴染みの大きなリュックを取り出した。
「お前の体型で普通に歩いてたら、目立って仕方ねぇだろ。ほら、これに入れ。」
「またこれかよ!正月早々、このギュウギュウ詰めの刑か!」
カゲは文句を言いながらもリュックに足を突っ込む。
「おい!尻尾が挟まる!引っ張んな!」
「文句言うな!これがなきゃ外出できねぇんだから、我慢しろ!」
リュックからはみ出した尻尾を押し込もうとする航と、それに抵抗するカゲの攻防が続いた。
「俺のプライドをちょっとは考えろよ!」
「お前にプライドなんてあったのかよ!」
最終的にリュックのファスナーを無理やり閉め、航は重たい荷物を背負って出発した。
神社に到着すると、そこには長い参拝の列ができていた。
「……やっぱり混んでるな。」
航がため息をつくと、リュックの中からカゲの声が響く。
「おい航、さっそくいい影の匂いがするぞ!」
「お前、あんまり動くなって。リュックが揺れて変に思われるだろ!」
周囲の人々が新年の抱負や願い事を小声で話し合う中、カゲは鼻をクンクンさせながらさらに興奮する。
「この影は……『昇進したい』って感じだな!スパイシーな野望の味がする!」
「お前スパイシー好きだな!」
「で、こっちは……おっ、『今年こそ恋人を作りたい』って甘酸っぱい影だな!」
「人の恋愛、適当に言ってんな!」
そんな中、ついに航の番が回ってきた。
「さて、お賽銭投げて……と。」
航がコインを投げて手を合わせた瞬間、リュックの中でカゲが声を上げた。
「おい航!今のお前の影、俺に喰わせろ!」
「ちょっ、待て!何言ってんだよ!」
「だって今のお前の影、微妙に苦味があって味わい深いんだよ!」
「味わい深いとか言うな!俺の影に何勝手に手出そうとしてんだ!」
航が慌ててリュックを押さえるが、その拍子に背中が大きく揺れ、リュックからカゲの尻尾がひょっこり飛び出した。
「あ、あれ……あのリュック、狸の尻尾?」
近くにいた子供が不思議そうに指差す。
「やべぇ……!」
航は慌てて尻尾を押し込むが、カゲはお構いなしにリュックの中で暴れ続ける。
「おい航、ここには最高の影が集まってるぞ!我慢できねぇ!全部喰わせろ!」
「ダメだ!お前が出てきたら大騒ぎになるだろ!」
「初詣だぞ!これを逃す手はねぇ!」
「大人しくしろ!頼むから黙れ!」
航が必死にリュックを押さえるも、中のカゲは全く聞く耳を持たない。
「おい!!さっさとギュウギュウ詰めの刑から釈放しろ!!」
「お前が黙らない限り、無期懲役だっつの!」」
すると次の瞬間――
バシュッ!とファスナーが勢いよく開き、カゲがリュックから飛び出した。
「やったぜ!自由だ!」
「ちょ、待て!お前、何やってんだ!」
カゲは人混みの中を器用にすり抜け次々と参拝者の影を嗅ぎ分け始める。
「これだ……!この影、香ばしい挫折感と、ほんのり漂う新年の希望の味!」
「挫折感とか勝手に味つけすんな!」
周囲の参拝者たちは突然現れた黒いぽっちゃりシルエットに目を丸くしている。
「ねぇ、あれって猫?」「でも、なんか……狸っぽくない?」
「やべぇ!完全に目立ってる!」航は慌ててカゲを追いかける。
「おいカゲ、戻れ!ってか、そこ行くな!」
カゲは振り返りもしない。
「いやぁ、この影いいなぁ!ほら、あっちにも濃そうな影があるぞ!」
「お前の嗅覚どうなってんだよ!」
その時、一人の参拝者がカゲを指差し叫んだ。
「うわっ、狸だ!」
「誰が狸だっつってんだ!」カゲが怒りを露わにするが、もちろん参拝者には聞こえない。
「おいおい、航!俺、影喰い界の貴族なんだぞ!狸扱いされるとか名誉毀損だろ!」
「だったら目立つことすんなよ!」
航は目を血走らせながら、必死に逃げ回るカゲを追いかけるが、そのぽっちゃりした体型に似合わず、カゲの動きは俊敏だった。
「おい待て!お前、本当に狸だと思われるぞ!」
「誰が狸だって言ってんだよ!俺は貴族だぞ!」
カゲは参拝者たちの間を器用にすり抜け、社殿の柱をくるくると回り始める。
「おい航!捕まえられねぇのかよ!動きが鈍いんだよ、鈍い!」
「誰のせいだと思ってんだ!てか、お前、逃げてる時に煽るな!」
参拝者たちが驚きの声を上げる中、航はふと横に置かれた賽銭箱を見つけた。
「……よし、賭けてみるか。」
航は自分のポケットから小銭を取り出し、賽銭箱の近くでシャラシャラと音を立ててみせる。
「ほら、カゲ!金の音だぞ!これが影喰い界の貴族には似合うだろ!」
「なっ……お、お前、それを寄越せ!」
カゲは興奮した様子で、航の手元に向かって猛ダッシュを仕掛けてきた。
「いただきだーっ!」
カゲが勢いよく飛びついた瞬間、航はリュックを開けて待ち構えていた。
「はい、ご入場~!」
バサッと音を立てて、カゲはそのままリュックの中へ突っ込んだ。
「うわっ、騙しやがったな!」
リュックの中でカゲが暴れるが、航は素早くファスナーを閉めながら息を切らして答えた。
「だから言っただろ!目立つことすんなって!」
周囲の参拝者たちは何が起きたのかわからず、ぽかんとした表情で二人を見つめている。航は愛想笑いを浮かべつつ、リュックを肩にかけた。
「ほら、もうちょっとおとなしくしてろよ、貴族様。」
「くっ!またギュウギュウ詰めの刑か!どんな貴族への仕打ちだ!」
「貴族も狸も関係ねぇ!とにかく黙ってろ!」
航は汗だくになりながらカゲを捕まえ、参拝者たちの注目の的になりながらリュックに押し戻すことに成功した。
「……お前、ほんとに正月から手間ばっかりかけやがって。」
リュックの中からカゲが不満げに声を上げる。
「いやぁ、でもいい影だったなぁ。お前も少し影喰いに協力的になれよ。」
「俺はお前の影探しに来たんじゃねぇ!」
周囲のざわめきが収まらない中、航はリュックを背負いなおし、足早に神社を後にした。
「ほんとにお前、影喰いの貴族じゃなくてトラブルメーカーだろ……。」
「いいじゃねぇか。トラブルも影の味付けには最高なんだぜ。」
リュックの中からカゲの満足げな声が聞こえた。
「でも、いい年明けだな。来年もよろしく頼むぜ、航。」
「……勝手によろしくするな!」
元旦の朝、航とカゲの騒がしい一年の幕開けはこうして始まった――。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★読者のお悩み相談コーナー: 「カゲさんに聞け!(ↀДↀ)✧」
お悩み:
「カゲさん、今年はどんな年にしたいですか?」
(読者: OL・25歳)
カゲ:
今年の目標か……影喰いの俺には、そんなもん関係ねぇと思うだろ?
でもな、俺だって夢くらいあるんだよ。
そうだな……もっと美味い影に出会いてぇな。特に、初詣で喰いそびれたやつな。
あとは、航がもう少しマシなツッコミ役になってくれるといいんだが……
まぁ、期待してねぇけどな。
お前らも、目標なんて気楽に決めりゃいいんだよ。
影が増えたら俺が喰ってやるから、失敗を恐れずに行けや!
次のお悩み相談、待ってるぜ!
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【影喰いの黒ねこ】本編はこちら
https://kakuyomu.jp/works/16818093090548222724
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