4・幕間 氷結王子は頭を抱える

(ランベルトのお話です)


 昼の休憩時間になったとたんにアランが、

「食事に行くのは後です」と言って、騎士団長室の扉に鍵を掛けた。

 くるりと振り向いた彼の顔が険しい。

「フレデリックさんから聞きましたよ。ミレーナ様はものすごい勘違いをされていたそうですね」


 その話か。


「言いましたよね? きちんと会話をしろ、と」アレンがまなじりを上げて、私を睨む。「あなたは通常でも表情が怖いんです。ましてや女性に対しては厳しさが増す。怖がられて当然なんですからね。結婚するおつもりなら、好かれる努力をしてください」

「……たいていの女性は勝手に私に好意を抱くのに……」

 どうしていいかわからず、頭を抱える。


「でました、最低発言。あなたが女性を嫌うお気持ちは、わかりますけどね。もういい歳なのだから、考えを改めてください。あんなどでかい宝石を用意するくらい、彼女を好きなのでしょう?」

「大きいか? 義姉上がお持ちのものよりだいぶ小さいが」

「比べる相手がおかしい」アランがため息をつく。


「暴走した兄上のせいで、無理やり私と婚約させられたのだぞ。気の毒ではないか。せめて贈り物ぐらいは、まともなものを渡さなければ」

「ハンカチをいただくまで、『贈り物』の概念すら頭になかった人のセリフとは思えませんね」


 仕方ないではないか。そんなものは今まで、身内の誕生日にしか用意をしたことがないのだ。


「広場で一目惚れしたわけではないのですよね?」とアランが訊く。

「違うと言っている」

 あの時彼はいなかった。アランも兄上も、同行していた副隊長たちの誇張した話を聞いて、変に誤解をしているのだ。


「でも、いつどこで彼女と出会ったのかは教えてくれないのですよね? ミレーナ様も広場が初対面だと思っていらっしゃるようだし」

 アランがちらりと私に視線を寄こす。頭を抱えている私には見えないけれど、長年のつきあいだから、雰囲気でわかる。


 だからといって、どこで会ったのかを教えるつもりはない。兄上を除けばアランは一番信頼している人間だが、それでもだ。

 そして、彼女自身にも。あのときの男が私だったとは、絶対に知られたくない。


「話したくないのなら、いいですけどね。でもミレーナ様にはちゃんとしたほうがいいですよ」

 だが私なりに、そうしていたつもりなのだ。以前は休日でも近衛騎士団本部に詰めたり、食事を適当に済ませることも多かった。彼女を預かってからは、きちんと規則正しい生活を送っている。


「彼女は真面目そうだから、陛下と契約をした以上、婚約を解消はしないでしょう。だけどあの騙されやすさを考えると、ちょっと優しくされたら相手がどんな男でも好きになってしまいそうじゃないですか?」

「女とはそういうものか?」

「ええ。まあ」


 そんな簡単に感情が動くのか。だから女は――

 待てよ。


 顔を上げてアランを見る。

「ならば私が優しくふるまったら、彼女は私を好きになるのか?」

「かもしれませんね」とうなずくアラン。「念のために聞きますが、女性に優しくするとはどういうことか、わかっていますか?」


 考えてみる。

 が、さっぱりわからない。


「すわるときに椅子を引く、とか?」

「それはただのエスコート! こりゃダメだ」

「ダメなのか……」


 ならば、いったいどうしろというのだ。なにひとつ、わからないぞ。

 

 ――いや。彼女に言われたな。『目も合わせてくれない』と。まずは、そこからだ。

 次からは、彼女の目を見るよう気をつけるのだ。


 ミレーナの顔が思い浮かぶ。

 と、いつものように胸が締め付けられるように痛んだ。

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