4・2 腹痛
朝起きたときから、お腹に違和感があった。今日の昼食はひとりのはずだから、なしにしてもらえばいい。それとエマにこっそり胃薬を調達してもらおう。でも、ランベルト様を見送るまではきちんと過ごすのだ。
気合を入れて臨んだ朝食は、今日も豪勢だった。食卓には数種類のパンが並び、傍らのワゴンには数種類のフレッシュジュース。料理はもちろん、前菜から始まる。夕食よりは簡素で品数も少ないけれど、質素で少量の食事に慣れた身には多すぎる。
……ああ。お腹が痛くなってきた。
でも、私は知っている。供される料理は、私の好みに沿っている。きのうの子羊も、今日の前菜の小エビのマリネもオレフィーノ家がまだ裕福だったころに好きだったものだ。パンだって昔大好きだったクランベリーとチーズの入ったものが必ずある。
どれもこれも、エマが初日に執事に私の好物を訊かれて答えたという品だ。
だから、少しでも食べないと。今日のお昼ご飯は休めるのだから。パンとジュースを控えれば、いけるはず。
んんっ、とランベルト様が咳ばらいをした。食事中にするのは初めてのことだ。
なにかのどにつまらせたのかと思い見ると、目が合った。鋭い視線にすくみあがりそうだ。
「きのうの子羊は口に会わなかったか」
ドキリとする。二、三口しか食べられなかった。
「そんなことはありません」
「ほぼ口をつけれれていなかったと報告が上がっている」
「……お腹がいっぱいだったのです。料理長にもエマからそのように伝えてもらったはずですが」
「そう言うほど、他の物を食べているわけでもない、と言っていた。合わないのならば正直に教えてくれ」
「本当にとても美味しかったです」
「……そうか」
ランベルト様がひと睨みしてから、視線を下げた。
ほっとしたものの、お腹の痛みが強くなる。
はじめて、一文で終わらない会話をしたのに。嬉しいことのはずなのに、それどころじゃない。
「それと」とランベルト様が続けた。「マナーの授業だが」
「はい……」
「なにができない」
ランベルト様が射るような視線をふたたび私に向けている。
「すべてが。特に所作がうまくできません」
「は?」
不機嫌な声だった。
「申し訳ありません」
「きのう、そういう発言はするなと言ったはずだが?」
そうだった……!
でもそれなら、どうすればいいの?
「旦那様」と執事長。「ミレーナ様が怯えていらっしゃいます」
ランベルト様が執事長を睨む。
「も……」謝ろうとして、それはダメなのだと気がつく。
「ミレーナ様。旦那様がおっしゃりたいのは『謝る必要はない』ということです。どうぞ、気を楽にお持ちください」
そうなの?
ランベルト様を見れば、小さくうなずいている。
「私は尋ねているだけだ。それに、所作ができていないとは思わない」
「ですがセニーゼ侯爵夫人が――」
彼女を思い浮かべたとたん、お腹に激痛が走った。思わず体を丸める。
「どうした!?」
脂汗がこめかみをつたっている。もう、ごまかせない。
「……すみません。お料理が多くて。お腹が疲れているみたいで……」
「そんな顔色ではないだろうが!」
ランベルト様が椅子を引き、そばにやって来る音がする。
でも、動くことができない。
「痛みはどこだ? 手を当てているところか? 触れるぞ?」
お腹を押さえていた手をどけられて、そこにランベルト様の大きな手が当てられた。温かい。
しばらくすると、痛みが和らいだ。
「私ができるのはここまでだ。すぐに医師を呼ぶ」
ランベルト様を見ると、ものすごく険しい表情で私を睨んでいた。だけど――
「もしかして魔法で治してくださったのですか?」
「いや、そこまでの能力はない。痛みを緩和した程度だ」
その返答を聞いた次の瞬間、私はランベルト様に抱き上げられていた。
「あの!?」
「今すぐ休め。もし、大病だったなら……」
「そうしたら婚約は解消になるでしょうか」
病気の令嬢なんて、陛下だって可愛い弟の妻にはふさわしくないと考えるだろう。ランベルト様もさぞかし安堵するに違いない。
ほっとしたせいなのか、ぽかぽかとするお腹のせいなのか、ランベルト様の手を煩わせているというのに急激な眠気に襲われて目を閉じた。
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