第2話 人魚の接吻




 人魚の肉を食べると不老不死になるという。

 では、人魚の接吻を受けた者はどうなるとお思いだろうか。

 身体が作り変えられるという点では同じだった。

 だが、不老不死になるわけではない。

 戦闘能力が格段に跳ね上がるのだ。

 身体能力は元より、見た事がない武器に関する知識も、見た事がない生物に関する知識も、一目見ただけですぐに会得する事ができるばかりか、どのように対処すればいいのかも即座に導き出せ、導き出せた対処方法を難なくこなせる。

 最強無敵の戦闘生物の誕生、というわけだった。


 ただし、人魚の肉を食べた者が誰しも不老不死になれるわけでもない事と同様に、人魚の接吻を受けた者が誰しも戦闘生物になれるわけではなかった。

 そして、人魚の肉を食べて不老不死になれなかった者の待ち受ける未来が即死である事と同様に、人魚の接吻を受けて戦闘生物になれなかった者の待ち受ける未来は即死であった。






 律希りつきは普通の両親の間に生まれた普通の少年だった。

 闇の世界とは無縁の生活を送り続けるはずであった。

 小学校に入学したばかりの時期に、拉致などされていなければ。


 律希は実験体に選ばれた無数の生物の内の一人であった。

 事前に綿密な調査をされた上で選ばれたのか、はたまたランダムに選ばれたのかは不明。


 ただ、

 人魚の接吻を受けた律希が生き残り、戦闘生物になった事。

 戦闘生物になり、あらゆる種族から命を狙われるようになった事。

 戦闘生物になり、権力を持つ人間の庇護を受けられるようになった事。

 戦闘生物になり、部下と呼べる己を守護する者が控えるようになった事。

 戦闘生物になり、元の世界に戻れなくなり、闇の世界でしか生きられぬ事。

 それが、すべてだった。




 ゲームだよ。

 誰かが言った。


 律希を引き取った権力者か。

 律希の命を狙う生物か。

 律希を守護する生物か。


 誰かが言った。

 ゲームだよ。

 どちらかが死ぬまで永遠に続く、ゲームだよ。




 誰かが言った。

 人魚の接吻を受けた者は戦闘生物になるという。

 では、人魚の接吻を受けた者から接吻を受けた者はどうなるのか。


 人魚を手元に置いているのは、たったの一人だけ。

 たった一人のその人物から人魚を手に入れるのは、不可能だ。


 では、人魚の接吻を受けた者はどうか。

 人魚の接吻を受けた者を手に入れて、人魚の接吻を受けた者の接吻を受けた者がどうなるのか確かめたい。

 否。接吻だけではない。

 もしかしたら、人魚の接吻を受けた者を喰らえば、不老不死になれるかもしれない。

 どうなるのか。知りたい。手に入れたい。




 律希を狙う生物は日に日に増えていったが、律希を守護する者は誰も心配していなかった。

 最強無敵の戦闘生物なのだ。

 どのように対処するのかを見物する。

 律希の守護など、ただの肩書である。

 破格の給料が貰える、ただの肩書。

 危機に瀕した状況に出くわしたとしても、律希が必ず無傷で助けてくれるのだから。




 誰かが尋ねた。

 では、律希が何者かに攫われたとしたら、おまえたちはどうするのか。

 傍観だ。

 誰もが即答した。

 居場所を突き止めて、傍観に徹するのみだ。 

 攫われた場所でどのように対処するのかを見物するのみ。











(2024.12.23)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る