【短編】奴隷少女は『むそう』する

白水廉

第1話 奴隷少女は『夢想』する

 いくつもの牢が並んだ大きな部屋。

 一つの牢に二人の女性が収容されており、そこにいる者達は皆、暗い表情を浮かべている。

 そんな中でただ一人、金色の髪をした可憐な少女だけが、ベッドの上で笑みを浮かべていた。


(いよいよ明日ですね!)




 今から約四ヶ月前。

 十と少しの幼い少女は両親によって、この奴隷商の店に売られた。


 ――そのために自分は生み出された。

 物心ついた時からそう聞かされていたので、売られたことに関してはなんとも思わなかった。


 でも、やっぱり今後のことを考えると不安になってしまい、それが顔に出ていたのだろう。

 奴隷商に促されるまま牢に入ると、中にいた茶髪のお姉さんに突然抱き締められ、頭を撫でられた。


「可哀想に……よしよし」、と。

 それが89番との出会いだった。


 その後も89番は同じ奴隷の身でありながら、93の番号をつけられた少女を気遣った。

 たくさん話かけたり、優しく頭を撫でたり――そしてその時は記憶していた物語を語ってあげていた。


「――こうして少女は王子様と結ばれ、平和に暮らすのでした。めでたしめでたし」

「わぁ……!」


 それは有名なおとぎ話だったが、少女は両親に物語を聞かせてもらったことなんて一度もない。

 11年の人生で初めて聞く、それはもう素敵な恋物語に93番は目を輝かせた。


「ごめんね、うろ覚えで」


 少々はううんと首を横に振って、隣に座るお姉さんを見上げる。


「あの、私にも王子様が迎えに来てくれると思いますか?」

「えっ? えっ、と……それは」


 女奴隷の運命は決まっている。

 貴族や商人に買われたなら、家の雑事と仕事の手伝い、夜の相手を休みなく。

 買われなければ裏通りの娼館に売り払われ、通常の店では拒まれるようなことをさせられ続ける。


 まだ前者のほうがマシだが、どちらに転んでも待つのは地獄。

 王子様に迎えられて幸せになる――そんな未来は存在しない。


 それを正直に言えば、暗い未来にこの少女は絶望する。

 かといって嘘をつけば、真実に気付いた時に絶望してしまう。


 89番はどう答えるべきか頭を悩ませ――


「……そうね。きっと王子様があなたを助けに来てくれるわ」


 絶望を先送りにすることを選んだ。

 自分達が売りに出されるのは、商品価値を高めるための教育が終わってから。


 少なくとも、あと三ヶ月半はここでの暮らしが保証されている。

 せめてそれまでは希望を持って、少しでも楽しく生きてほしい。

 そうして真実に気付いた時は、騙した自分を恨んでくれていい――そんなことを考えて。


「ほんとですか!?」

「……うん」

「やった! えへへ、その時が楽しみです!」


 優しい嘘なんてものが存在するとは知るはずもなく。

 少女は89番の言葉を素直に受け入れ、そして夢想にふけるようになった。



 ☆



 綺麗に石畳が敷かれた大きな通り。

 その両脇には、石造りの塀で囲まれた庭つきの大きな家が立ち並ぶ。

 貴族街の中央、巨大な噴水がそびえ立つ広場の一角で、壁を背に九人の女が横に並んでいた。


 皆、めかしこんでおり、髪は結い上げられ、胸元を大きく開いた煽情的なワンピースドレスを纏っている。

 そして首からは年齢と金額が記された木板が吊るされており、足元には枷がはめられていた。


 今日から売りに出された奴隷達であり、これはその初お披露目だ。

 揃って暗い表情をしている中、右端に立つ93番だけはニコニコと笑みを浮かべる。


(もうそろそろでしょうか!)


 少女はきょろきょろと周囲を見回す。

 離れたところにタキシードを着込み、仮面を着けた男が数人。

 品定めしているのか、先ほどからじっと動かず自分達を見ている。


 王子様だったらすぐに声をかけてくれるし、そもそも仮面で顔を隠す必要なんてない。

 あれは違うと視線をずらすと、歩いていた中年の女達と目が合った。

 汚物を見るような目を向けられ、露骨に嫌そうな顔をしてそのまま広場を抜けていく。


 両親が向けてきていたのと同じ目、顔。

 嫌な記憶が蘇り、シュンと俯いた途端、目の前に突然影が現れた。


 ハッと顔を上げると、目に映ったのは、茶の髪を角刈りにした体格のいい壮年の男。

 この場にそぐわない地味な服装に身を包んだその男は、鋭い目でじっとこちらを見ていた。

 なんだろう。少女が不思議に思っていると、奴隷商が駆け寄ってきた。

 

「いらっしゃいませ。この娘がお気になりに?」

「ああ。こいつをもらおう」

「……えっ?」


 少女は耳を疑う。

 自分を引き取ってくれるのは、若くて爽やかなイケメンの王子様であって、こんなイカツいおじさんではない。


 そこで少女は、自分の隣の人のことを言っているのだと結論づけたが、


「ありがとうございます。ではこちらへ」


 奴隷商が手を引いたのは自分だった。

 側の天幕に連れていかれ、そこで行われた金の受け渡しを見て、ようやく少女は現実を認める。


(私、これからこの人に……)


 待ち受ける日々を想像すると、怖くて仕方がなく。


「――権利の移動のため、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」

「マゼル・ガンゼンだ」


 奴隷商とマゼルと名乗った男が話している間、震えが止まらなかった。



「――さあ、93番」


 足枷を外された少女は奴隷商に促されるまま、マゼルに頭を下げる。


「……お買い上げ頂きありがとうございます。これより一生をかけてご奉仕いたします」


 そして前もって覚えさせられたセリフを口にした。

 それに対する返答はなく、返ってきたのは「行くぞ」という言葉。

 少女は小さく「はい」と答えると、一緒に外に出て。


 歩き出してすぐ、89番と視線が合い、彼女は悲しそうに目を伏せた。

 なぜそんな顔をしているのか、少女にはわからなかったが、どうあれお姉さんには本当に良くしてもらった。

 少女はこれまでの感謝の気持ちを込めて頭を下げると、マゼルと共にその場を後にした。

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