1本目 逃げ場の無いこの世界で
「こんなこともできんのか!!!」
多くの人にとって、平和な時間のはずの昼下がり。
この場所では、怒号が飛んでいた。
「すみませんっ、すみませんっ!」
ただ頭を下げて、声を出す。この空間に、「小華未来」という人格は存在しない。あるのは、謝り続ける従順な「部下」だけだ。
「この資料、今日までだったよな?簡単な入力だぞ、赤子でもできる!」
「本当に、申し訳ございませんっ!」
その資料を指示されたのは昨日の夜11時。会社に泊まり込んで、徹夜で終わらせたが、このところずっと2時間睡眠を続けていたせいか、頭が回ってなかったみたいだ。
「こんな誤字だらけじゃぁ、先方にも申し訳が立たない!」
まったく…。そう言って頭をかく課長が、私にはなにか大きな化け物に見えていた。
「以降気を付けます…本当に申し訳ございません!!」
課長がため息をつく。そろそろ休憩が終わるので、説教も終わるのであろう。
お決まりの一言が飛んでくる。
「お前は何もまともにできない。ただの無能だな。」
…この言葉が毎日私の心に刺さる。そして、じわじわと内側から破壊する。
ああ、こんな日々、いったいいつまで…
「はぁ…」
何とか仕事を終え、2畳半の自分の城に帰ってくる。
…3週間ぶりかな。
とりあえずメイクを落とすついでにシャワーを浴びて、部屋着に着替える。
冷蔵庫を漁ると、チーズとちくわが出てきた。
「…これでいっか」
チーズをちくわにいれ、適当に食べる。
夜が怖い。いや、眠るのが怖い。
最近は泊り込みばかりで、会社近くの銭湯で汗を流した後に軽く仮眠をとるくらいの生活だった。
普通の新人の生活、なんだと思う。
おかしいのは、仮眠だ。
眠るたび、私は会社にいて、同期に指をさされながら課長に怒られている。
課長はなぜかひどく大きく、顔が歪んでいた。
私から見ると、化け物そのものだった。
もともと寝つきは悪かったが、最近はより悪化した気がする。
そんなことを考えていると、ますます眠れなくなってしまった。
「今日は、オールしよ。」
読みかけの推理小説を開いた。
…読みかけと言っても、読んでいたのはもう2ヶ月前だけれども。
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