第43話 カルアの過去2

 ラーラがカルアに仲間意識を持っていたのかは分からない。ただ、その場にいる事を許してくれた。それからカルアはラーラの元へ通うようになったが、彼を探しに来た父と兄によってその存在が見つかってしまう。

 2人はカルアが無事で安堵すると共に、竜の学者である父はラーラの発見に大いに驚き喜んだ。黄金の竜カナヤダンティアの発見は、100年に1度と言えるほどに稀だったからだ。

 しかし、ルクスエの読んだ資料のように、熱波による大事故が起きないとは限らない。カルアの父は一定の距離をカナヤダンティアと保ち、生態を調査しつつ静かに過ごす事を決めた。兄はラーラの生え変わりで落ちた鱗や壁の金を剥ぎ取り、こっそりカルアのために装飾品を作った。


「ですが、私が9歳の時……父がラーラの堅殻の一部を家に持ち帰った事で、事態が悪化しました」


 地脈の力を操り、金属の堅殻は体の成長や代謝によって割れて剥がれ落ち、新たな鉱石と共に溶け、再利用される。また、自分の巣と縄張りを示す為に洞窟の壁を覆う。木の枝や葉っぱで丁寧に巣作りをしても何処かでポロリと落ちる様に、それは巣の一部となったはずの欠片だ。

 帰りの道中で通路の端で発見したのは、自然金のような拳大の金属だった。カナヤダンティアがどのような金属を集めているのか調査できるとして、父は其れを持ち帰った。

 布袋に入れていたので、外に出ても誰にも気付かれない筈だった。


「家の中を、盗み見られていたのか」


 町長の屋敷で見せられた金が、カルアの父親のものだったなんて。ルクスエは苦い感情がふつふつと湧いた。


「おそらく……まだ村長では無かったイヴェゼさん達が家に押しかけて来て、父に向って怒鳴りながら口論していたのを隠れながら聞いていました。父と年の離れた兄は、何度説明していましたが、全く聞き入れてもらえませんでした」


 カルアだけであれば、すぐに村を出られた。

 しかし、竜の宗教とカナヤダンティアの存在が問題となった。知られてしまえば、イヴェゼ達は黄金を取りに行こうと聖堂へ押し寄せる。希少な文明の遺産の崩壊、竜の保護と大事件への発展を恐れた父は、学者仲間に手紙を送り、そして村長に相談をしようとした。


「時期が悪かった、と言えるのでしょうか。村に流行り病が蔓延し、多くの人が倒れました。死者も出てしまい、その中に村長もいらしたそうです」


「6年前、か。覚えがある。エンテムでも流行って……」


 ルクスエは言葉を詰まらせた。風邪によく似たその流行り病は、薬さえきちんと飲めば治るものだった。しかし、薬が無ければ悪化を辿り、高熱にうなされながら死に至る。 

 イヴェゼは薬の供給、もしくは販売をカルアの一家に行わなかった。愛憎の念によって計画的に見殺しにしたのだ。


「弱っていく両親の傍らで私はどうする事も出来ず、薬を買いに行った兄を待っていました。嫌な予感がして、家の外の土を掘り起こして兄から貰った装飾品と母から貰ったこの布を隠したんです」


 声が、祈る様に組まれた手が震えている。ルクスエは、咄嗟にカルアを抱きしめた。

 見張り台から離れる時に見せた不安な表情の理由が、分かった。帰って来ない誰かを待ち、失う怖さに苛まれていたのだ。


「家に帰ろうとした私は、あいつらに捕らえられ、流行り病の責任を負わされました」


 絞り出された声に、返す言葉が見つからない。


「両親がいたのに、目の前で家を燃やされました。兄の死を伝えられました。ファティマさんは私を庇おうとしてくれて、でもあいつらは彼女を殴って……」

「カルアの受けた被害は口にしなくて良い。思い出すだけで、今よりもっと痛いはずだ。今はただ、ラーラとラダンの村について話してくれればいいんだ」


 カルアは小さく頷きながらも、縋る様にルクスエの服を掴んだ。


「牢に閉じ込められたあの日、リシタとラーラの無事を知る為に、竜の気配を探りました」


 リシタは感じ取れたが、ラーラだけが見つからなかった。


「あいつらが言っていたんです。聖堂の中で見つけた秘密の通路の先に、黄金の広間を見つけたって。でも、ラーラについて言及はされていませんでした」


 あの場所で、蜷局を巻くように眠っていたラーラがいない。気配の読みが失敗したかと思っていたが、浴びるように酒を飲み、高揚していたイヴェゼ達の話は嘘には聞こえなかった。


「忌み子の力に竜を操る逸話があります。私にもあるのだとしたら……ラーラは私の〈逃げたい〉と言う強い気持ちを感じ取り、巣を手放したんだと思います。家が燃やされる中、あの子が別れを告げる聞こえた気がしたんです」


 リシタは力に逆らい、カルアの傍に居ようと留まり続けていた。

 おとぎ話の魔法使いの様に呪文を持たない忌み子にとって、自分の力がどの様なモノか全てを把握することは難しい。逸話の忌み子達も、カルアと同じように強い思いによって無意識に力が発現し、災厄を生んだ可能性が高い。

 それを裏付ける現象がある。


「イヴェゼが、忌み子の力は竜避けに使えると言っていた。カルアの力に竜達が反応し、ラダンから離れていたんだろうな」


 カルアが生きる気力を完全になくした結果、火竜が来た。

 酒を浴びる程に飲んでいたとなれば、男衆は黄金を売って怠惰な生活を繰り返していたのだろう。奴らの中には戦士も含まれている。武器を用いた見張り台への襲撃が確たる証拠であるが、鍛錬を怠った結果走竜すら相手に出来ない程に弱くなっていた。

 無理やり見知らぬ人に嫁がされかけたファティマも、愛憎の末に殺されたカルアの一家も、やつらに欲を満たす道具として扱われていた。


「忌み子に黄金を掘らせるとも言っていた。忌み子の力で、黄金が生まれているとでも勘違いしているのだろう。最初から最後まで身勝手な外道だ」


 だが、自業自得の言葉では済まされない。


「……ラダンは、大丈夫なのだろうか」

「先代の村長は聡明な方で、慕う人も多いと父が言っていました。彼の意思を継いだ方の中には、ラダンを守ろうと頑張っている方がいらっしゃると思います」


 僅かだが、カルアの表情が明るくなる。

 ラダンを訪れたルクスエに羊の丸焼きをご馳走してくれた人々は、ラダンが滅びないか心配し、エンテムの戦士へと期待を寄せていた。

 綺麗な寝床を用意してくれた夫婦、少ないお小遣いで戦士の為に軟膏を買ってくれた子供達、教えを乞おうとした少年がいた。

 彼らの思いに応えようと、ルクスエは戦ったのだ。


「ファティマさんが私を逃がす時に、イヴェゼ達を懲らしめる人を探すと言っていました」

「こんな広い草原へ1人で……凄い女性だな」


 ラダンへと続く道のりですら、世界は広いと思った。

 山で暮らし、果てのない世界へと飛び出した彼女は、怖くなかったのだろうか。

 その勇気に、強さに感銘を持つと共に、ルクスエは〈自分はこのままで良いのか〉と思い始める。


「はい。彼女はとても凄い人です。私を何度も逃がそうとしてくれて、強くて、かっこよくて……」


 あるがままに話しを聞いてくれるルクスエへの安心感と、過去の開示による緊張の糸が解れて来たのだろう。肩の荷が僅かに降りたカルアの体は疲れを示し、眠りへと意識を引き込もうとしている。


「寝てもいいぞ」

「でも……」

「俺とリシタ達は一緒にいる」


 その言葉に応えるように、リシタとアレクアは2人の元へと歩み寄る。まるで群れの仲間と眠るかのように、ひざを折ると2人へ密着する。

 羽毛の温かさにルクスエもまた眠気に誘われる。


「今度こそ、ちゃんと一緒にいるから」

 もう一度言うと、カルアは泣きそうな顔で微笑んだ。

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