第42話 カルアの過去1

 遥か昔のラダンは、竜を信仰する異教徒の村であった。カルアの母方の祖先は、他の宗教によって淘汰されないよう聖堂の奥に隠し通路を作った。しかし他の勢力は日に日にし、血が混じり、教えは途絶えさせられ、カルアの母方の一族だけが細々と伝承を引き継いできた。


 外国から来た学者であるカルアの父は、貴重な教えを守るべきだとして、母に何度も話を聞き、熱心にそれを記録していた。イヴェゼと違い何事も強要せず、素晴らしい世界に散らばっていると楽しそうに話す父に母は恋をし、やがて結婚をした。


 そして、2人の間に男の子が生まれ、しばらくしてカルアが生まれた。


 先代のラダンの村長は、忌み子であるカルアに対して、慎重な姿勢だった。エンテムの一部の町民と同じく、無下に扱わなければ災いは起きないのでは、と考えていたからだ。しかし、カルアの存在は不安を煽り、村の経済に支障が出てしまうので長く定住は出来ないと彼の両親に伝えた。


 カルアは決して村に来てはならない。10歳になったら、父方の国へ旅立たねばならない。


 先代の村長と両親は、村人達にカルアの存在が知れ渡らないよう秘密裏に話し合い、そう取り決めた。


 幼かったカルアはそれを何度も言い聞かせられ、あちらに行っても生活できるように父から学問を、母から家事や刺繍を学んでいた。

 勉強ばかりの聖堂での暮らしは時に窮屈に思えたが、5歳の頃に卵から育て始めたリシタや、兄の友人であるファティマが遊びに来てくれるので我慢が出来た。


「あの子と最初に出会ったのは、私でした」


 父が金属の多く含まれる地層について調べていた7歳の時のこと。聖堂の奥から風が吹いている事に気付いた。

 聖堂内を隈なく探していると、物置部屋の中に木箱で隠された通路を見つけた。大人ひとりがようやく通れる程の細長い洞窟だったが、小さかったカルアには余裕があった。探検と称して中へと入り、迷宮のように枝分かれし、入り組む洞窟を奥へ奥へと進んだ。


「やんちゃだったんだな」

「えぇ、力に目覚めてからは、特にそうでした。調子に乗って山で育てていた羊を何頭も浮かせた時には、いつもは温厚な父がとても怒ってしまって……驚いて大泣きしたのをよく覚えています」


 イヴェゼの言っていた内容は一部事実であったのか、とルクスエは驚いた。

 娘であるファティマがその話をしたのか。カルアの家族を盗み見ていたのか。どちらにしても、彼らの生活は監視の中に在った。


「長い通路の先に、開けた場所が出来ていました」


 通路の中には所々に壺などを置く部屋はあったが、其の場所はまるで聖堂の祈りの場の様に天井が高く、広かった。

 ここを秘密基地にしよう。

 そう思った幼き日のカルアは、母に内緒で自分の持ち物や木の枝を持って行った。

 其の場所で焚火を点けて本を読もうとした時、何者かの気配を感じた。


「それが黄金の竜カナヤダンティアでした」


 人工的に作られた場所ではなく、竜が掘った巣だった。

 カルアは慌てて逃げたが、黄金の竜は彼に興味を示すだけで牙を向くことはなかった。

 その後も、好奇心旺盛なカルアは何度も竜の巣の様子を見に行った。蜷局を巻くように眠る黄金の竜は、カルアの存在に気付くと目を開けるだけで、威嚇や敵対行動をする様子はない。次第にカルアは竜へと歩み寄り、距離を縮め、触れるまでに至った。


「私はその子に、ラーラと名前を付けました」


 焚火の光を嫌がらず、こちらが傍で本を読んでいても、こちらを見守るだけ。

 どうしてなのだろうと思っていると、その大きな顔に特徴があった。


「あの子は、私と同じ瞳の色をしていたんです」

「堅殻は金だから、全部同じだな」

「はい。私も、驚きました。それ以上に、とても嬉しかったです。私だけ、こんな色でしたから」


 人と相容れない存在。自分にそう言い聞かせている様で、ルクスエは心が苦しくなった。


「俺は! 綺麗だと、思う……」

「ありがとう、ございます」


 声が裏返りながらも必死に伝えられた言葉に、カルアは目を丸くし、恥ずかしそうに多い布で隠した。

 2人は揺れる感情にどうすれば良いか分からず狼狽え、沈黙を生んだ。

 しかし、アレクアの小さなくしゃみに2人は我に返る。


「……これ以上は、辛い話になるんじゃないか?」


 幸せだった日々が、これから転落していく。イヴェゼ達の奇妙な行動は気になるが、それを思うとルクスエはカルアが心配になった。


「いいえ。お伝えしなければなりません。ラーラは、もう山脈の洞窟には居ないのですから」


 カルアは小さく首を振り、話を続ける。

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