第25話 黄金の竜

「この楕円形の装飾は竜の鱗だ」

「竜の……? 金の様に見えます」


 幻獣の王、生物の頂点と言うべき竜であるが、彼らの間でも生存政略が存在する。非力な雛の時代、縄張り争い、繁殖のための同種同士の争い、上位捕食者との戦いなど、彼らにも危機はあるのだ。

 身体の派手で目立つ配色は、毒等の危険を表すと共に、成熟した強者の証でもある。

首飾りの装飾である竜の鱗は、色、艶、そして光沢は、まさに黄金だ。生物として目立つだけでなく、人間にも狙われてしまいそうだ。


「あぁ、そうだろうな。金を多く含んでいるから、一見するとそう見える。それだけじゃなく、この宝石の台座や板状の装飾は、全部竜の素材で作られている。金を主成分にした金属の塊で、鱗の上に生成される鎧のようなものだ」

「鱗のさらに上って……金属を溶かす程の高熱を発する竜なんて、聞いた事がありませんよ」


 ルクスエの住む地域には生息していないが、竜の中には鉱物を食べる種類が存在する。その竜は岩のように硬いと聞くので、鱗に鉱物の成分が含まれているだけなら納得が出来た。

鎧のように金属を身に纏う力をもつ竜がいるなんて、噂の1つも聞いた事が無い。

 金属を液体状に溶かす程の高温を長時間発生させるだけでなく、さらに冷えて固まるまで耐えうる強固な体を持っている。

 ラダンは山の中に在る為、鉱山を保有していてもおかしくは無いが、そんな竜が生息していたら国を巻き込む程の大騒ぎになる筈だ。


「いるにはいるらしい。俺の親父が竜の鱗って看破した後、どう扱うべきか国の専門家を呼んで、教えてもらったんだ。依頼もあったが、それで時間かかってな……あぁ、専門家が弄らないようにちゃんと見張っていたから、装飾品に傷はないから安心してくれ」


 竜の存在は、時に国の存亡に関わる。一夜にして西の大陸の大国が滅んだ、なんて伝説がある程だ。その為、国や世界をまたに駆ける竜の討伐組織が調査を日々行っている。

 竜の素材の中には毒や可燃性の物質を含む物もあり、時に検査が必要なのだ。


「その専門家は、判明した途端にどこに生息しているのか興奮気味で訊いて来てきたんだ。俺は、預かりモノだから分からないって答えたけどよ……物凄い勢いで追及するものだから、おまえの名前を教えちまったんだ」

「国が抱える専門家ですから、嘘は言えませんよ」

「すまんな」


 王都。世界をまたに駆ける竜の討伐組織。そこにいけば、忌み子と呼ばれ避けられ続けるカルアの待遇も良くなるだろうか。ふとルクスエはそう思った。


「それで、これがその竜の資料だ」


 細工師は、作業机の引き出しに入れていた3枚の紙をルクスエに見せる。

 紙に描かれていたのは、翼は無く、トカゲと狼を掛け合わせた様な体つきの4足歩行の竜。

 大きさは、建物2階分相当と巨体だ。長く太い尾や冠の様な4本の角、顔などの周りには、金を主成分とする鎧が生成され、溶けて固まる段階で人間の装飾品に似た繊細な造形を作り出している。どのように鉱物を溶かし、金属の鎧を生み出しているのかは不明。発見された個体によってその鎧は、木や根のように枝分かれした柄、鱗や切り株のように何層もの輪の柄と多様性があると、事細かに書かれていた。

 主に金鉱石が採掘される地域に住み、自ら掘った地下洞窟を縄張りとするため、翼は退化し無くなったが前足に痕跡が残っている。外に出るのは極めて稀。出る時は、繁殖か新しい住処を探す時のみと考えられている。そのため発見例と人々への被害は極めて少ない。

 竜は比較的温厚。竜が作った洞窟の浅層では様々な生物が発見され、共生関係を持つ種がいると推測される。生物が住み着く事もあって、人が縄張りに入ろうとも荒らさなければ襲っては来ない。しかし、近年鉱石の採掘に人々が彼らの領域へ足を踏み入れ始め、無作法を繰り返したがために怒りを買い、被害が発生する大きな事件が起きた。鉱夫15名の内、生存者は1名のみ。彼は体調不良を起こして、外に出ていた為に助かった。残りの14名は、未だに行方不明。当時、動物や虫達が一斉に逃げ出したその洞窟の出入り口からは、強烈な熱波が噴出したとされる。


「おまえのところにいる忌み子は、ラダン出身だよな? 俺は、あそこで金が採れるって聞いた事がないぞ」

「……ラダンの村の住民を見た限り、普段はこちらと同程度の装飾しか着けていませんでした。カルアの母方は砂漠出身のようなので、そちらから来たのかもしれません」


 余りの内容に驚いていたルクスエだが、冷静に答えた。


「あぁ、山を越えた先の砂漠か。あっちは、こっちに比べて装飾が派手なものが好まれやすい。砂漠を抜ければデカい港があるし、何代か前に買った可能性あるか……」


 細工師は納得した様子で、首飾りに目線を向ける。

 金は錆びない分、高価な装飾品となれば家宝として代々受け継がれる場合もある。古い装飾の中には、現在では滅多に流通しない希少な宝石、竜の素材を使用している品もある。なので、あり得る話なのだ。


「彼にも一度聞いてみてくれ。遅かれ早かれ、専門家が聞きに来るだろうからな」

「はい。出来る限り、聞いてみます」


 その答えに満足した様子の細工師は、引き出しからそろばんを取り出す。


「それじゃ、支払いについて話すか。金具は一般的な部品とほぼ同じだったから、壊れかけの部分だけ付け替えた。少し特殊な部品もあったが、それ以外は汚れ落としだけだから、金額は……」


 細工師はそろばんの珠を弾きながら、計算を始める。

 その合間に、ルクスエはもう一度竜に関する資料に目を向ける。

 黄金の竜。不思議とカルアの髪と片方の瞳の色と重なった。


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