第24話 修復された装飾

 朝食を食べ終え一息ついた頃、カルアの様子を見に医師が旧見張り小屋へとやって来た。

 熱は下がったが、今日の所は静かに過ごすように。そう言われたカルアは、ゆっくりと過ごした。

 そうして、これまで通りの生活に戻る筈だった。


 2人の生活は、大きな変化の波が押し寄せている。


 まず、カルアは信頼できる誰かが傍に居ないと就寝できないと判明した。

 熱が下がったのでその日の夜には布団の位置を元に戻したが、カルアは上手く眠れず、ルクスエの傍で毛布に包まって横になっていた。

 心が小さな子供に戻っているのかもしれない。安心できる人の呼吸音や体温を感じないと、昔を思い出して怖くて震えて、落ち着かない。そう言ってカルアは謝罪し、ルクスエはそれを受け入れ、しばらく一緒に眠る事になった。


 恋愛感情を自覚してしまったルクスエにとって喜ばしいが、身体からじわりと湧き上がる欲望が邪魔をする。その唇に、手に、身体に触れてみたい。喉が渇く様なその衝動が、見え隠れするようになり、ルクスエはカルアとの距離の取り方に戸惑い始める。


 対してカルアは、ルクスエに近付こうとする。相手への興味、信頼を表に出し始めたからだ。率先して動こうとする姿勢は変わらないが、気遣いや態度に柔らかさがより垣間見るようになった。それもまたルクスエにとっては喜ばしいが、誘惑が強くなりジレンマとなっている。


「あんたがルクスエさん?」

「あぁ、そうだ。何の用だ?」


 カルアの熱が治まってから4日が経つ。町長が戻って来る予定日が近づく中、草原で見張りをするルクスエの元に、手紙を持った行商人がやって来た。


「隣のレトの町にいる細工師から、あんたに手紙を渡すように頼まれたんだ」

「そうか。ありがとう」


 行商人が去った後、渡された手紙の封を開けると、装飾品の修理が終わったと便箋に書かれていた。

 逆鱗の首飾りを制作してくれた細工師へと、ルクスエはカルアの装飾品の修理依頼をしていた。ルクスエが頼んだ時、別の依頼で花嫁の装飾一式を制作していたので、修理は遅れると言われていた。それでも良いから、とルクスエは頼んだ。

 エンテムの町にも細工師はいるが、現状では頼むに頼めない。彼が良くしてくれても、周りがどう動くか予想がつかないからだ。

 レトの細工師は竜の素材も扱えるだけでなく、町や村だけでなく国外からも依頼を受ける事があり、金払いさえ払えば、きちんと管理をしてくれる。装飾品の紛失を絶対に避けるためならば、時間は惜しくは無かった。

 そしてルクスエは手紙を貰った翌日に、アレクアの乗りレトの町へと急いだ。

 工房の町であるレトは、多くの鉱石や竜の素材が集まる。装飾、武器、鍋など、様々な金属製品を扱う店が立ち並ぶ。


「ルクスエさん。いらっしゃい」


 店前に露店で装飾品を磨いていた若者が、ルクスエが来たことに気付き手を止める。


「中へどうぞ。師匠が待っています」


 建物の扉の鍵を開け、ルクスエに入るように促す。

 弟子の若者が室内に向かって呼びかけると、工房の奥から黒髪の中年の男が出てくる。


「よく来てくれたな」


 細工師は、落ち着いた声音で言う。


「遅れて悪かった。修理の依頼品なんだが、難儀でな……まぁ、話が長くなるから、そこの椅子に座ってくれ」

「はい」


 ルクスエは扉の近くにあった椅子へと座った。

 壁一面に棚が並んでいる。棚には装飾の部品が入っている木箱類と、竜の鱗や角、爪が無造作に置かれている。使い込まれた作業台の上には、金槌やピンセット、ヤスリなどの道具類が綺麗に揃えて置かれ、壁にはデザイン画や素材の加工法等が書かれた紙が大量に画鋲で止められていた。

 細工師は、さらに奥の部屋から依頼品の入った平たい木箱5個を持って来ると、テーブルへ乗せた。

 1個1個木箱の蓋を開け、慎重に綿の布の包みが取り出される。


「これが依頼を受けた品だ」


 布の結びが解かれる。3本の首飾り、耳飾り、腕輪、額飾り。その装飾品は彫の凹凸や角の細部まで汚れや錆は無く、新品と見紛う黄金の輝きを放っている。埋め込まれた紅玉は、吸い込まれそうな程の透明感と人々を惹きつける艶を取り戻していた。


「見違えますね」

「装飾品は、ほとんど錆びていなかった。全部汚れだ」

「金の純度が高かったのですか?」


 純度の高い金は錆びない。しかし純金では柔らかく傷つきやすい為、装飾品の多くは他の金属と混合させて強度を高めているが、それが錆を生む原因でもある。


「そこに問題があってな。これは、金であるが金ではない。偽物ってわけじゃないぞ」


 細工師は眉間に皺を寄せ、深刻そうな表情を浮かべる。


「どういうことですか?」


 鉱物の中に、金によく似た光沢や色を持つ種類があり、価格の暴落を招き、商人達の信用度も落ちたりと大混乱が発生したと聞く。

 錆びない金であるが、金ではない。ややこしい話に、ルクスエは困惑する。


「これなんだが……」


 細工師は手袋をはめると、一本の首飾りに触れる。

 カルアの下げていた首飾りは3本ある。それぞれ長さが違い、もっとも長い首飾りには、手の平ほどの大振りの円盤状の金の板5枚が細い鎖に繋がれている。祭りや儀礼用であっても、それほど大きな装飾は珍しく、ルクスエは強く印象に残っていた。

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