第21話 克服への道のり

「そんな酷い目に遭って、竜を怖いと思わないのですか?」

「今も怖いと思う時がある。でも、特に怖いのは火だな。今は、焚火や竈の火を見るだけでも震えていた当初の時に比べれば、随分とマシになった。先生に訊いて、ゆっくりと克服してきたんだ」


 カルアの含みのある問いに答えたルクスエは、仰向けになる。

 不幸中の幸いと言うべきか、怪我の原因は火球だったことで、竜への恐怖心は大きく膨れなかった。もともと生物として持ち合わせていたものが、肥大化しては戦士として戦えない。戦士でないルクスエを町の住民が受け入れてくれる保証は、当時あまりなかった。


「起きた出来事と向き合う……俺の考え、感情、身体、行動を整理していった。確か、認知の歪みと偏りを直す為だと先生は言っていたな」

「認知の歪みと偏り?」

「火に近付いたら、あの時のように火傷を負ってしまうかもしれない。あの時のように意識を失うかもしれない。俺は、そう漠然と思うようになっていた。でも実際は無暗に触れたり、きちんと制御をすれば火傷をするなんて滅多にない」


 油の減りと共に弱まっていく火の灯りが、ルクスエの顔をぼんやりと照らしている。


「火事はどうして起きるのか。火竜の火球はどうやって生み出されるのか。その仕組みも学んだ」

「様々な方向から、認識を改めるのですね」

「あぁ、大変だったが、考えが整理できて本当に良かった。他にも、体験してみろと先生に言われて、アイアラの手伝いで実際に料理を作って火の番をした事もある。テムンと一緒に焚火の消火もしたな。それと、何かが飛んで来たら避けられるように戦闘の訓練もした」


 火はこういうものだ、と1年かけてゆっくりと認識し直し、ようやくルクスエは戦士に戻る事ができた。


「アレクアの存在も大きいな」

「彼ですか?」

「草原を一緒にたくさん走り回ったんだ。きっとアレクアが居なかったら、家に引きこもっていたと思う」


 火竜と戦えなくとも、見張る事は出来る。そう言って、戦士の元締めはルクスエにアレクアと草原を走る様に促した。飼い始めたばかりのアレクアと一緒に、思う存分走り続けた。

 風を切る感覚。どこまでも広がる草原と空。

 最初の内は何も考えずに思うままに走り続けたが、次第に町の人に認められたいと焦っていた当時を振り返り、自分を見つめ直す時間が出来た。


「だからアレクアは、走るのが大好きなんですね」

「今は苦労させられっぱなしだ」


 苦笑しながらも、ルクスエの声音からアレクアを大切に想っているのが伝わって来る。

 その時、まるで寝かしつけるように、ふっと灯明皿の火が消えた。


「そろそろ眠ろうか」

「はい」


 話している内に、カルアの声の節々に感じた警戒の色が薄まっている。


「俺ばかりが話してしまって、悪いな」

「いいえ。私は、話題を持ち合わせてはいませんから」

「そうだ。今度リシタについて、もっと詳しく教えてくれないか? 時々餌の食べが遅いようだから、好みを知りたい」

「はい。また明日、お伝えします」


 声音はまるで寝かしつけるように穏やかだった。


「おやすみ」

「おやすみなさい」


 ルクスエはカルアへと顔を向け、目を閉じた。

 しばらくすると、ルクスエの規則正しい寝息が聞こえてくる。寝つきの良い彼の意識は、眠りの海へと沈んだ様だ。

 いつも同じ空間で就寝していたが、密着する程の距離は初めてだ。カルアに燻る不快感と恐怖心はルクスエに反応しない。むしろ、母や父の腕に抱かれていた幼い日の様な、安心感すらある。

 カルアはそっと手を伸ばすと、ルクスエの温かい頬に指先が触れた。


 生きている。生きている感触がする。

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