第10話 町の娘
「ちょっと、あんた達」
「なんだ……ってアイアラ!?」
背後に立っていた女性に、3人は驚きたじろいだ。
年は16歳ほど。女性としては平均的な身長であるが、威風堂々とした立ち姿が彼女の存在を大きく見せている。
整った鼻立ちをしているが表情にあまり愛想は無く、真っ直ぐとした黒い瞳は何もかも見透かしているようだ。
長く美しい黒髪の2本の三つ編みには、赤い花の刺繍の施されたリボン状の布が編み込まれている。耳にはガーネットが埋め込まれた金の耳飾りをつけ、頭の布と同じ柄の刺しゅうを施した服を着、つい先程まで出かけていたのか皮製の丈夫な靴を履いている。
「お、おかえりアイアラ。随分と早かったな」
「早くないわ。ルクスエの式に間に合わなかったのだから、遅いくらいよ」
フン、と鼻で言ったアイアラに、3人は気まずそうな顔をする。
彼女は同じ年頃の少女達に比べて、かなり我が強く、こうと決めたら曲げない。勇ましくもあり、まるで男を相手にしていると思わせる程だ。3人は彼女を相手にするのが苦手で、上手く話す事ができない。
「ところで、なんでルクスエの家なんか見てるの?」
「じ、実は……」
昨日の出来事を話すと、アイアラの眉間に僅かだが皺が寄った。
「あの短気の割には、マシな判断ね」
3人がどう取り繕うかと思っていた矢先に、彼女の表情は平静に戻り、ルクスエの家へと顔を向ける。綱に繋がれているが家から出そうになった走竜を、布を被った忌み子が慌てて止めている。忌み子が宥めた後、走竜は寄り添うようにおとなしく戻って行った。
「あの走竜は、5、6歳といった所かしら」
「え、あ、あぁ、俺もそう思う」
走竜を育てる家系の青年は、アイアラの言葉に頷いた。
「賢くて、いい竜だわ。お父様に買っていただいたのね」
「え?」
思わぬ言葉に訊き返したが、彼女はそのままルクスエの家へと向かった。
「お、おい」
「行くのはやめとけ」
「町に住むものとして、挨拶は必要よ」
「で、でもよぉ……」
「でもって何よ。新しい住民に挨拶も出来ない貴方達に、私を止める資格は無いわ」
3人は意志の強いアイアラに何を言っても無駄だとして直ぐに諦め、その後姿を見送った。
「お父様だってよ」
「忌み子の父親が? そんな事、ありえるか?」
「ありえないとは断言できないだろ。4日前後であそこまで懐くかって話、昨日あったし」
走竜を育てる家系の青年の言葉に、2人も〈そういえば〉と納得をする。
「俺達は、見張りに徹しよう。それで問題が起きたら、テムンに即報告」
「そうだな。俺らにアイアラは止められない」
「俺ら弱いな……」
忌み子忌み子と大人達が敵視する相手の元へ、毅然と向かっていくアイアラの姿に、3人は尊敬の念を持った。
リシタを繋ぐ縄を建物から出ない様に、カルアは長さを調整した。
走竜は野を駆ける生き物だ。たとえ痩せていても、ある程度好きなように歩かせ、日光と風に当てる機会を作らなくてはいけない。狭い場所に閉じ込め続けては、鬱憤が溜まってしまい健康に悪いからだ。
もう少し広い場所で歩かせ、草を食ませないとカルアは思うが、今は難しい。
今度ルクスエに頼んでみようか。そう考えた時、玄関から声が聞こえて来た。
「ごめんください」
「えっ、は、はい……」
女性の声だ。居留守を使えるはずのないカルアは、家の中に入り、玄関へと向かった。
そこには、近い年頃の女の子が立っていた。
「あんたが、新しく来た住人?」
「え、は、はい。そうです」
威風堂々とした立ち姿に、カルアは怯えながらも肯定した。
「名前は?」
「カルアと申します……」
ふーん、と鼻で言ったアイアラは、カルアをじっと見つめる。品定めをされているのだと直ぐに分かった。
ラダンでは住んでいた小屋に男が押し入り、問答無用で殴られ、暴かれる事は多々あったが、一人を除いて女性が来ることはなかった。男性と違い、女性にどう取り繕えば攻撃されないのか分からない。
思っていなかった来訪者にカルアは、蛇に睨まれた蛙のように縮こまる。
「私の名前は、アイアラ。ルクスエの友人ってところかしら」
自信に満ち溢れた声が恐い。
何をされるか分からないが、ルクスエに迷惑は掛けられないと、なんとかカルアは耐える。
「お邪魔してもいいかしら?」
「は、はい。どうぞ……」
「失礼するわね」
カルアはアイアラを家の中へと入れ、居間まで案内した。
「お茶を淹れますので、少しの間待っていてください」
「えぇ、わかったわ」
カルアは急いで台所の竈へと向かった。
井戸水は綺麗なので飲めはするが、温かいお茶の方が体に良い。そうルクスエが言い、今日の朝食を作る際に、カルアはお茶の淹れ方を教わっていた。
到着すると竈に火を入れ、水を入れた金属製の湯沸かしを置き、お茶の葉、客人用の急須と湯呑を用意する。
「おまたせしました」
しばらくしてお茶を淹れ終えたカルアは、盆を手にアイアラの待つ居間へと戻った。
「あら、ありがとう」
静かに居間で待っていたアイアラの手には、刺繍を始めた壁掛けに使う布がある。
心臓を握られるかのような恐怖がカルアの体に駆け巡った。
「これ、なにを作っているの?」
「壁掛け、です」
アイアラの手前に盆を置き、カルアも座った。
「見せてもらうわね」
「は、はい」
断る事の出来ないカルアは、震えない様に必死に身体に力を入れながら、お茶を湯呑に注いだ。
「あなた、刺繍ははじめて?」
布には、6枚の花弁の黄色い小さな花が2輪しか咲いていない。
「い、いえ、小さい時に母から……少しだけ教わりました」
アイアラは〈ふーん〉とまた鼻で言うと、改めてカルアの刺繍を吟味する。
「久しぶりのわりには、上手ね。縫い目がきちんと揃っているし、伸びしろがあるわ」
「あ、ありがとうございます……」
忌み子が人の真似事なんておかしい。男が刺繍なんて変だ。
そんな罵倒をされると思い、出来るだけ心をこの場から遠ざけていたカルアは、褒められてしまい驚いた。すこしだけ肩の力が抜けたが、油断できない。
「あなたのお母様は、とても教えるのが上手なのね」
刺繍を見ながら微笑するアイアラに、癖でカルアは口を噤んだ。
「そうだわ。ちょっと待っていなさい」
突然何かを思いついた彼女は立ち上がり、そのまま出て行ってしまった。
全く意図がわからずカルアは呆然とその後姿を見送った。
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