第3話
町の状況を知らないルクスエと青年を乗せた走竜は、旧見張り小屋兼自宅へと到着した。
朝から晩まで見張りをする戦士たちが寝泊まりをする為、町の中でも有数の大きさだ。
丈夫な木材と頑丈な土レンガを積み上げ、仕上げに白く塗り固められた二階建ての建物。玄関の柱や扉、窓枠などの見られる木材には花や鳥を模した見事な彫刻が施されている。
「まずは竜小屋へ案内しよう」
「はい」
家の裏手は小さな広場となっている。一本の木が植えられ、最大8頭まで飼える竜小屋、納屋、そして井戸が掘られている。ほとんどの時間を街の周囲の警備に宛てている見張りの為に、近くで完結できるよう設備が整っている。
青年は走竜を降り、竜小屋の中を覗いた。いつでも新しい走竜がきても良い様に竜房の中は綺麗に掃除がされている。
「あっ……」
青年が思わず声を漏らした。一番奥の竜房に、美しい黒い鱗と羽毛を持つ若い走竜がいる。
胸元の白い毛が特徴の走竜は、真っ直ぐに立てているものの、興味津々とばかりに顔が前のめりになっている。
「俺の走竜だ」
2人と一匹は若い走竜へと近付いた。
「名前はアレクア。活発でいたずら好きな所がある」
アレクアは体格が良く、長い距離を走れる体力がある反面、平時ではあり余り、何かとちょっかいを掛けてくる。服を引っ張られる時もあれば、腕や足を痛くない程度に甘噛みをしてくる。結婚式の際には、走竜に乗り町をゆっくりと練り歩くのだが、アレクアの性格では無理だと判断し、今日の所は旧見張り小屋に留守番をさせていた。
「とても綺麗な走竜ですね」
「ありがとう」
青年の瞳の奥に、ちらりと光が見えた気がした。
二匹は威嚇をする様子もなく、お互いの臭いを嗅いだ。穏やかに交流が終わると思いきや、外に出たい様子のアレクアは、ルクスエを見ながらワザと尾を壁に打ち付け、音を立てた。
「早朝走っただけでは足りないか……もう少し待ってろ。あとで外に行く用があるんだ」
アレクアの首を撫でながら語りかけると、言葉を理解したのかすぐに辞めた。
「あなたの走竜の名前は?」
「リシタです」
「良い名前だな。それに、とても落ち着きがあって賢い。アレクアにも少しは見習ってほしい位だ」
カルアの口元がほんの僅かに上がった様に、ルクスエは見えた。
「二匹は初対面だから、慣れるまでは竜房は離すとしよう。隣の納屋に干し草と餌があるから、少し待っていてくれ」
ルクスエは少し早口になりながら言い終わると、急いで隣に立っている納屋に入った。
安心をした。青年には、まだ何かに興味を示し、笑う気力が残っている。嬉しい反面、それを表に出しては彼が戸惑うと思い、隠した。
自分の幼き日を思い返せば、生きるのに必死でそれ以外に関心を持てなかった。町長に拾われ、朝昼晩の食事にありつけるようになってから、ようやく周りが見えるようになった。
青年の心が、まだ死んでいない。それが分かっただけで、大収穫だ。
「餌はこれくらいで足りるか?」
両手いっぱいの干し草の塊に、腕に掛けられた木製のバケツに入った穀物類。納屋から戻って来たルクスエは青年にバケツの中身を確認してもらう。
「はい。充分です……あの、私がやります」
「あなたは長旅で疲れているだろ。今日くらいは、やらせてくれ」
「ご主人様の手を煩わせるわけには……」
「ご、ご主人様??」
思わぬ呼び方に、ルクスエは目を丸くする。
「先ほど、躾けると仰いました」
「あれは嘘だ」
「嘘?」
ルクスエは干し草を竜房に一旦置き、バケツの中の穀物類を餌入れへと流し込んだ。腹を空かせていたリシタは餌入れへゆっくりと歩み寄り、食み始める。
「あぁでも言わないと、あなたを保護できないと思ったんだ」
固まった干し草を使い込まれたピッチフォークで解し、一部を餌入れの中に入れ、大半を竜房の中に満遍なく敷き詰め、ルクスエはリシタ用の寝床を作り上げていく。
「……どうして、保護すると決めたのですか」
「生まれた時にその色を持ったからって、無実の罪で罰を与え続けるなんて、おかしいじゃないか」
ルクスエはありのまま答えた。
「罪を重ねているかもしれないのに?」
「馬を助けて欲しいと懇願したあなたを、罪人とは思えない」
あのままでは彼が殺されなくとも、牢やどこかの納屋に縛られてしまいそうだった。
ラダンの思惑はどうであれ、折角村から逃げられたというのに、また自由を奪われ閉じ込められるなんて、余りにも酷だ。
「あなたを見た時、獣以下の生活を送っていた昔の俺と重なった。俺は、あなたに人として生活を送って欲しいんだ」
ルクスエは迷いなく言い、青年は答えられず口を噤んだ。
「……けれど、現状は難しい。町の皆はあなたを忌み子として、嫌っている。きれいごとを言っても、聞き入れてはもらえない。だから、持ち主になると彼らに言ったんだ」
空になったバケツに井戸から組んだ水を注ぎ入れ、水飲み場へと運んだ。
一通りの作業を行い、リシタを竜房へと案内し終えた2人は、家へ移動をすることにした。
しかし、青年は裸足だ。平坦に整えられた裏手の地面であるが、小石が散らばっている。このまま歩かせては、足の裏は傷だらけになってしまう。
「失礼する」
「えっ」
竜小屋は家と目の鼻の先とはいえ、裸足の青年を歩かせるのは忍びない。ルクスエは彼の腰に腕を回し、軽く持ち上げた。
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