即席パーティー、揉める

@hiyorimi_syugi

即席パーティー、揉める

とある町のとある宿屋、その一室で4人の男女がテーブルを囲んでにらみ合っていた。

安宿に似合いの小さな丸テーブルの上には、赤い宝石のはまった指輪が置かれている。

「だから! 一番のお宝は一番活躍したヤツのモンって、そういう取り決めだったよなあ!?」

他の者に噛みつきかねない勢いで剣士の男が言った。

「そうだ。そういうルールだった」

剣士の右隣に居る大男が腕を組んで頷く。

「私もそれは承知してるわ」

剣士の正面にいる気の強そうな魔法使いの女が剣士を睨みながら言う。

「僕もです。でも、今思えば失敗でしたよねえ~」

剣士の左隣に居るへらへらした僧侶がそう言うと、他の3人は一斉に彼を睨んだ。

「だってそうでしょ? 僕らが数年来の仲間だったというなら一番活躍した者に宝を、ということで良かったと思うんです。でも僕らは今日出会ってノリでパーティを組んで勢いでダンジョン攻略して帰って来た。絆とか信頼とかありません。そんな中で活躍という曖昧な基準で宝の分配をするなんて、揉めないわけないですよね~」

剣士が僧侶をさらに鋭く睨む。

「曖昧だあ!? 何言ってやがる!? ダンジョンのボスを倒したのはオレだろうが! だから、この指輪はオレのモンだろうが!」

女魔法使いの口の端が吊り上がる。

「はあ? ダンジョン内で誰が一番モンスターを倒したと思ってるの? 私でしょうが!? だから、この指輪は私の物よ!」

「雑魚狩りがイキんじゃねえよ! ボスに魔法が効かなくて半泣きだったくせによお!」

「はあ~? その雑魚が多すぎて死にかけてた人はどこの誰ですかね~!?」

売り言葉に買い言葉でヒートアップしていき、剣士と魔法使いが互いに噛みつき合うのではないかと思われた時、大男が大きな咳払いをした。

大男は一拍を置いて話し始める。

「お前たちの主張はわかった。お前たちがボスや雑魚モンスターを倒したのは認めよう。しかし、それができたのはなにゆえだ? ボスの攻撃や雑魚の攻撃をまともの受けなかったからこその成果だろう? そう、この俺の大盾で守ってやったからだ。故に俺こそその指輪を手にする資格があるのだ」

大男の主張を聞いて剣士と魔法使いは鼻で笑った。

「あんな攻撃避けられたっつうの!」

「むしろアンタに当てないように気を遣ったんですけど?」

彼らの言いように大男の太い眉がピクンと跳ねた。

「ほう? お前たちの目は節穴か? 俺の大盾は攻撃を防ぐだけではない。攻撃を防いだ後、お前たちが攻撃しやすい場所に相手がよろめくようにしたし、この大盾には攻撃を行った者に対して呪いを与える効果があるのだよ。思わなかったか? このモンスター脆いな、遅いな、と」

今度は剣士と魔法使いの目が見開かれた。

「そ、そういえば! あのモンスター急に動きが鈍くなってた気がするわ……!?」

「い、いや、勘違いだ! 嘘っぱちだ! 適当言ってんじゃねえぞ!」

動揺した剣士は大男を指さして今の話は嘘だと言うが、大男は山のように揺らぐことなく剣士を睨んだ。

「ならば試してみるか?」

大男にそう言われ、剣士は思わず大男が背負った大盾を見た。剣士を覆い隠せてしまうほど大きな黒い盾に彼は今、禍々しさを感じていた。

「あの~」

剣士が答えられずにできた沈黙を僧侶ののんきな声が払った。

「忘れてませんか、僕の事?」

大男が僧侶を見る。

「ダンジョン攻略で君は何かしたか? 俺たちはほとんどケガをしてないから活躍なんてしてないだろう?」

そう言われても僧侶はへらへらした顔でゆるく主張した。

「やだな~、僧侶が治癒魔法しか使えないと思ってるんですか? 皆さん、今日は調子がいい、よく動けるって思ってませんでしたか?」

そう言われて3人は心当たりがあるようで互いの顔を見た。

「あ、やっぱり思ってましたね。それ、僕の補助魔法です」

へらへらと告げられた言葉に3人は驚愕の顔を浮かべた。

「僕の補助魔法があったからこその成果なんですから、この指輪は僕のものってことでいいですよね?」

そう言って僧侶が指輪に手を伸ばすと、その手を剣士が掴んだ。

「勝手な事言ってんじゃねえよ。補助魔法のおかげだあ? 確かに調子はよかったが、それがお前の補助魔法のおかげなんてオレは認めねえぜ! お前らもそうだよな?」

剣士に言われ、大男と魔法使いがうんうんと頷いた。

僧侶は困ったような、あるいは駄々をこねる子供を諭すような顔をして言う。

「まいったなあ。分かっていただけると思ったんですけど……そうだな~。今、補助魔法をかけてあげたら信じていただけますか?」

「おう、やってみろよ!」

僧侶の提案を剣士は二つ返事で受け入れた。どうせ大した補助魔法ではないと思っているのだ。

「では……!」

僧侶が補助魔法の呪文を唱え、魔法が発動する。

「!?」

僧侶の補助魔法が発動した瞬間、3人は体の内から溢れてくるやる気とパワーに驚愕した。それはダンジョン攻略中に感じていた調子の良さそのものだった。

「こ、これは!?」

「そんな!?」

「馬鹿な!?」

3人が驚いているところを見て、僧侶はにこりと笑った。

「信じていただけたようですね。じゃあ指輪は僕が……」

「ま、待て!」

僧侶が指輪に手を伸ばすと、先程とは違って大男が僧侶の手を掴んだ。

「……まだ信じられませんか?」

「いや、君の補助魔法が大きな役割を果たした事は認めよう。しかし、聞いてくれ」

大男はそこで一旦区切り、呼吸を正して3人の顔色を窺うと、意を決して口を開いた。

「俺には病気の妹がいる」

「「「!」」」

「妹の病を治すために薬がいるのだ。頼む、俺に譲ってくれ!」

大男は言って頭を下げた。

家族のためという理由を聞かされ、他の3人の間に微妙な空気が流れた。顔を見合わせて、そんなことを言われては譲るしかない、という雰囲気ができていった。

しかし、大男に病気の妹など存在しなかった。指輪を得るために吐いた嘘であった。彼には金が必要だった。背負った強力な効果を持つ大盾を買うために大きな借金をしていたのだ。一定期間ごとに決まった金額を金貸しに返さないと、どんな目に遭うかわからなかった。

「病気の妹がいるんじゃあ……」

しょうがないか、と剣士が口に仕掛けた時、

「私は村を人質に取られているわ」

魔法使いが事情を話し始めた。

「村を……人質?」

この女は何を言っているんだ、という表情を隠しもせずに剣士が呟く。それを気にせず魔法使いは話を続けた。

「私は雪深い場所にある小さな村の出身なんだけど、その村が盗賊の襲撃を受けてね。そいつらは村の稼げない者を人質に取って、私のような稼げる者たちに毎月人質の安全を買わせるの。もしも私がお金を払えなければ、村のみんなは殺されてしまうわ!」

妙に演技がかった口調で魔法使いが叫んだ。

「だからこの指輪、私に譲ってちょうだい!」

無論、魔法使いの出身の村は盗賊になど襲われていないし、人質に取られてもいない。彼女の故郷は雪深い場所ですらなく、どちらかというと暖かい場所の比較的大きな町出身だった。大男の話が嘘であると直感し、より大きな話で対抗したのだ。

「ま、マジかよ……! お前、大変な目にあったんだな……!」

剣士は圧倒されたように言った。雰囲気に呑まれてしまったのか、彼らの事情を疑う考えが働かないようだった。

「でもどうすりゃいい? お前に指輪をやっちまったら、こいつの妹が」

「僕に提案があります」

剣士が悩んでいると、大男と魔法使いが何かを言う前に僧侶が割って入った。

「実は僕、とある教団の密命でマジックアイテムを回収してまして。この指輪を回収出来たらそれなりに大きな報酬が手に入る予定なんです。ですから、僕に譲っていただければお二人が必要な分はお支払いできると思いますよ?」

へらへらと曖昧な笑みを浮かべながら僧侶はそう言った。僧侶の恰好から「とある教団」が大陸でもっとも権威を持つ団体であることが予想できた。その教団は慈善活動もさることながら、黒い噂も絶えないところだった。確かに言えることは大金を動かすことができる団体ということだ。それ故に、大男と魔法使いは僧侶の言い分が自分たちに対抗するための嘘なのか本当なのか、はかりかねていた。

「ちなみになんだが……とある教団が指輪を回収できなかった場合……どうなる?」

大男が問うと僧侶は曖昧な笑顔で考える素振りをし、少し間を置くと今まで見せたことのない真剣な面持ちで行った。

「やめておけ。邪魔した者を暗殺してでも手に入れようとするかもしれない」

「「「!?」」」

僧侶を除いた3人は戦慄した。僧侶の言葉の真偽はわからないままだが、その言葉を信じてしまえる凄みは確かにあった。彼の補助魔法の実力や、教団の黒い噂がそれを助けていた。

もちろん僧侶の話も嘘である。とある教団の黒い噂は、所謂やっかみや陰謀論によるものであり、実際のところ噂程のことはしていない。そもそも彼はとある教団に所属しているわけではなく、あくまで関係者であると勘違いさせる見た目をした方が得だと心得ているから似たような恰好をしているだけだった。

しかし、大男と魔法使いに僧侶の話を嘘と確信することはできなかった。もしも本当だったら、という考えが彼らの口を塞いでいた。

「逆に良かったんじゃねえの!?」

重い沈黙を剣士の能天気な声が破った。

「お前に任せれば2人の問題も解決じゃねえか! あ、でも、それなら俺にも分け前はくれな?」

問題が解決したことで肩の荷が下りたのか、剣士はやけに明るい顔と声で僧侶に言った。僧侶はその勢いに一瞬引いたが、もとのへらへらした笑顔に戻って言う。

「ええ、報酬が手に入ったら必ず。お2人もそれでよろしいですよね?」

「……アンタの勝ちよ……」

「……致し方なし……」

魔法使いと大男は苦虫を嚙み潰したような顔で同意した。

「それじゃあ指輪は僕が預からせてもらいますね」

言って僧侶は指輪に手を伸ばした。

ちょうどその時、コンコンと部屋の扉を叩く音がした。

剣士が扉を開けると、そこには宿屋の店主がいた。店主は眼鏡をかけた老けた男だった。

「申し訳ありませんが、少々声が大きいようで他のお客様から苦情が来ています。どうかお静かにしてくださいませ」

店主がそう言うと、剣士が申し訳なさそうな顔で言う。

「あーそりゃすまなかった。もう終わったから大丈夫だ」

「左様でございますか。それでは失礼しました」

店主はそう言って扉を閉めようとするが、閉まりきる直前でぴたりと止まった。

「そういえば……宿代をまだいただいていないのですが……大丈夫でしょうか?」

店主は言いながら再び扉を開けた。

これに対しても剣士が対応した。

「大丈夫! 大丈夫! こいつがこの指輪をとあるところに持っていったら大金が手に入るんだってよ!」

言いながら剣士は丸テーブルに鎮座している指輪と僧侶を指さした。

「ほう……それはつまり、今払えるお金はない、ということですかな?」

店主の存在感がグッと増し、メガネがギラリと光ったような気がした。

「えっと、持ち合わせがあるヤツ、いる?」

店主の存在感に圧されながら、剣士が振り返って他の3人に問いかける。

だが、3人は答えずにスッと剣士と店主から目を逸らせた。言葉はなかったが、実に雄弁だった。

「なんでしたかな? その指輪をそこの僧侶さんがどこかに持っていくと大金が手に入る、でしたかな?」

店主は穏やかでありながら、どこか底冷えするような声で僧侶に問いかけた。

「ええ、そうです」

「どこか、とはどこですかな?」

僧侶は極めて平静を保とうとしたが、そう訊かれて少し口ごもった。

「それはちょっと言えません。なにせ秘密の使命なので」

「……それでは信用できませんな」

僧侶の誤魔化しを店主はばっさりと切り捨てた。

「宿代を頂けないとなると、あなた方を憲兵に突き出さなくてはいけなくなりますな」

「「「「!?」」」」

店主の言葉に4人は激しく動揺した。

「ちょっと待ってくれって! こいつが指輪をあの教団に渡したら大金が手に入るんだって!」

剣士が店主を思いとどまらせようと僧侶の言っていたことをそのまま言った。

「あの教団? それはあの教団のことですかな?」

店主が目を細めて僧侶を見た。その目は剣士の剣よりも鋭いように思えた。

「あの教団がこの指輪を求めている、と?」

「え、ええ……」

店主の圧に圧倒され、僧侶はそれしか言えなかった。

「……拝見します」

店主はそう言うと、無駄のない動きで素早く指輪に近づいて手に取った。店主の圧に圧倒されていたこともあって、4人は全く反応できなかった。

「……ふむ」

店主は鑑定でもするかのように指輪を色々な角度から眺めまわし、そして言った。

「これを、あの教団が求めている? 笑わせないでいただきたい。 なんの力も持たないただの指輪ではないですか」

「いやいや! それ、ダンジョンのボスの持ち物だったんだぜ! なんの力も持ってねえハズは……!」

剣士は慌てて店主の言葉を否定するが、他の3人は黙っていた。剣士が彼らを見ると3人はスッと目を逸らせた。

「え、マジで!?」

知らなかった剣士は悲鳴のような声を上げた。

3人はこの指輪の価値が分かっていた。売ったとしても4人で分け合えるほどの大金などは手に入らない。そう考えたからこそ自分の物にしようと争っていたのだ。

「……ですが、売れば宿代くらいには足りるでしょう。この指輪は宿代として私がもらいましょう。よろしいですね?」

店主がそう言うと、さすがに認められなかったようで4人は抗議の声を上げた。

「それはないだろう! 売れればさすがに宿代くらいは越えるはずだ!」

「そうよ! 売った金額から宿代を引いた分を渡すのが筋というものでしょう?」

「それにそれは僕たちが命がけで手に入れた物です!」

「少しくらい色を付けてもいいんじゃねえか!?」

彼らの言い分を聞いて店主は溜息を吐いた。

「騙そうとしたことを憲兵や教団に言ってもいいんですよ?」

店主がそう言うと、3人はもう何も言えなくなった。剣士だけは「騙すって何だ?」と呟いて首をひねっている。

「それでは、この指輪は私がいただきますね」

店主はそう言うと無駄のない動きで素早く扉の外に移動した。

「それでは、ごゆるりと」

言って店主は部屋の扉を閉めた。

店主が去った部屋の中は何とも言えない沈黙が支配していた。

4人は見合って疲れたような顔をした。乾いた笑いが起こるがそれも長くは続かなかった。

「じゃあ……解散すっか」

剣士がそう言うと、他の者は力なく頷いて各自の部屋に戻って行った。

剣士は力なくベッドに横たわって汚い天井を見た。

「ただ働き……かよぉ」

剣士の声が虚しく部屋に響いた。




宿屋の店主の部屋で、店主は指輪を見つめて手紙を書いていた。

その文面にはこうあった。


あなた方が求めていた指輪が手に入りました。

いつもの方法で届けたいと思います。

全ては教団のために。

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