あやし聞書さくや亭
み馬
第1話
❀傘を追うことなかれ❀
どうして、そんな気になったのか。……ただ、川の流れる音や、雨のにおいは好きだった。……角がある蛇を見た。なんて、信じてもらえないよな。青っぽいウロコが魚みたいに光って、きれいだった。
「さて、どうしようか」
黒いレインコート姿の男(顔は見えないけれど、女の声ではない)は、何日も雨がふりやまず、増水した川にのみこまれそうになっている高校生(おれのことだよ)に、ひらいた傘をさしだす。……こいつ、ふざけているのか? おれはいま、からだにぴったりと重たく張りつく学ランのせいで、濁流の水面に顔だけ浮かせ、呼吸をするのもやっとの状況だ。水底にあるなにかの
自力では助からない。だれが見ても
どぶ川で溺れ死ぬか、
なりわいを手伝うか、
選んでもらえるかな。
その二択に、腹をたてるひまもない。力つきてからだが沈む螢介は、運がなかったとあきらめた。水かさの増した川に近づいたのが悪い。角がある蛇なんて、いるわけない。全部まぼろしだったんだ。……神様、どうか。なんて、都合のいい願いごとはなしだ。天蔵螢介は、最初から向こう岸へ渡れない川べりを歩いていた。
まだ……、
きみには、働いてもらおう。
男が、なにか
螢介はよろめきながら歩き、その傘を拾った。手開きのシンプルな黒傘だ。木彫の持ち手に、ネイビーの
「……こんなもの、たんなる傘だ。いくらでも買う店はあるよな」
万が一だれかに盗まれても、似たような黒い傘は売っている。この場に放置しても、責任は問われないはずだ。──突然の死を受けいれるには、時間を要するだろう。まず、本人が気づいていない。そのまま残したものは、彼自身のタマシイだということを。
びしょぬれで帰宅した息子に、螢介の母が
玄関に、見おぼえのある黒い傘が立て掛けてある。
「なんで……これが……」
〘つづく〙
※該当するカテゴリー(ジャンル)が見あたらず、ひとまずホラー作品という扱いにさせていだきました……。
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