第1章 23時の王子様に拾われました

第2話

ーーーー今から3週間前。


「えっ、そんな……」


綾乃あやのさん、実はね、以前から、安堂、あ、不動産の方から、お話頂いていて、此処の土地の売買が決まったの……来週中には、出てもらわないといけないのよ。ごめんなさいね、じゃあそういう事で」


大家さんは、申し訳なさそうにしながらも、私の部屋を後にする足取りは軽い。


余程良い値で、この築50年のアパートの土地の売却が決まったのだろう。


「嘘でしょ……」 


私は、古い玄関扉の横に掲げてある、『綾乃』と書かれている小さな長方形の表札を外すと、がっくりと肩を落として、玄関先に座り込んでいた。


なぜなら、不況のあおりを受けて、1ヶ月前に突然5年務めた大手キッチンメーカーの、派遣契約を切られたばかりだったからだ。派遣とはいえ、結婚したら女性の城と呼ばれる、私にとっては、憧れのキッチンを扱い、お客さまに笑顔を届ける、お手伝いが出来る、営業アシスタントの仕事に誇りに思っていた。受注や納品、営業マンのサポート、プレゼンシート、見積書の作成、全てもうすることが無いと思うと寂しさが募る。


「……寂しいなぁ……」


25年間恋人なし、お金も仕事もなし、もうすぐ家もなし、そんな、しがない私の25歳の誕生日に、奇跡が起こるなんて、この時は、夢にも思っていなかった。

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