~辻田春菜(つじたはるな)~『夢時代』より冒頭抜粋
天川裕司
~辻田春菜(つじたはるな)~『夢時代』より冒頭抜粋
~辻田春菜(つじたはるな)~
気色の優れぬ異様な蜃気(しんき)に見舞われながら、俺の架空(そら)には鈍い女性(おんな)が性器を見せ付け佇んで居る。凶の主(あるじ)が何処(どこ)ぞの〝便り〟を俺の足元(ふもと)へ寄越した時には、未熟に教わる不思議の怪奇が女性(おんな)を連れ添い自粛をして生き、弄(あそ)び心に血表(ちひょう)へ繋げるあやし文句(ことば)を気丈に幻見(ゆめみ)て謡って在った。見慣れた田畑(たはた)のか細い畔から、〝堂々巡りの感覚(いしき)〟を連れ添う弱った女児(こども)がぽそり降り立ち、俺の前方(まえ)には常識(かたち)の向かない手広い陽気が散乱しながら生気を模した。思惑(こころ)の暗(やみ)には金縁(きんぶち)眼鏡の童女が見習い、俺の理想へ駆け行く丈夫を見付けて傀儡とも成り、〝鳴る両脚(あし)の強靭味(つよみ)の源(もと)〟には、俺の孤独が何時(いつ)しか擡げた女性(おんな)の孤独を描いて落ち着き、生きる理(みち)から窪んだ底には童女(おんな)の間(ま)の掌(て)がひっそり息衝く孤独の微笑(わらい)が植えられても在る。涼風(かぜ)の通りは畔の方から根絶やし吹き、横顔示さず真っ直ぐ真面に俺へと佇む女性(おんな)の姿勢(すがた)を辻田春菜へ着せ替えさせて、自分の精神(こころ)は持ち上げ調子に、棚の奥へと当面置き遣る無難の合図を招集していた。陽(よう)の当りが俄かに弱まる、橙色した不思議の景色が、俺と童女(こども)の律儀な間柄(あいだ)をしっかり執り成し憂いに暮れて、白雲(くも)の真綿を黄色に染め行く脆(よわ)い和(わ)を保(も)つ倭人の古郷(さと)へと明暗(ひかり)を投げた。辻田春菜の異名に纏わる俺の記憶の旧巣(ふるす)を行けば、旧巣を取り巻く一つ一つの小さな殻から大きな殻まで、一つ束ねに剥き出されて在り、端正(きれい)な魅惑を人の軌跡に不意と置き遣る記憶の行為に彩りを見て、〝景色〟の主(あるじ)は俺の水面(もと)から充分羽ばたく女性(おんな)の記憶に熱(あかり)を模した。
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幻(ゆめ)の素通り―俺の脳裏を過(よぎ)る型にて―
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辻田春菜と俺は付き合って居た。初め、大学か何処(どこ)か分らない場所で沢山の男女が戯れて、次の遊びを考えていたが中々方向が定まらず、唯、わいわいがやがやと時の流れるのを皆で見ている様(よう)で、その群れの内では一人一人の生活が確かに在る、と言った感じであった。俺は他の女を探して居そうだったが他には見付からず、ただ辻田春菜との出会いから恋愛のストーリィがゆっくりとだが、展開されて行くのを親心を交えつつ、仕方無く見えていた様子が在る。
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幻(ゆめ)から生れて白い叫(たけ)びがするする解け入り、俺の記憶を次第に遠退け、女性(おんな)の灯(あか)りを女性(おんな)の肢体(からだ)へ染(し)ませた儘にて旧い記憶は日々の許容(うち)にて更新され行き、俺と女性(おんな)は記憶へ宛がう小さない輪舞曲(ロンド)を耳にして居た。これまで経て来た自分の躰が既知であっても未知の体(てい)した旧来(むかし)の気色を程好く独歩(ある)き、嫌な自質(じしつ)をそれでも吟味(あじ)わう幻(ゆめ)の境地に対して在った。細かな記憶が各自己の破片を連れ添い、辻田春菜の居所(いどこ)を識(し)るのを寝床と知るのと、如何(どう)とも付かずの自由な宙(そら)にて、俺が這入れる無理の空間(すきま)を気丈の表情(かお)して探して在った。苦労に絶えない日々の暮らしは煩悩(なやみ)の尽きない涼風(かぜ)の許容(うち)にて、自分に割かれた小さな定めを小さく刻んで彼女へ投げ込み、彼女の孤独が小さな洞穴(あな)など俺の両眼(まなこ)へか細く目掛けて注意を引くのに気付いた折りには、果ての見得ない孤高の立場を男女(だんじょ)の憂いを置き遣る内にて、俺と春菜は交互に代われるときの定めに身を乗り出すまま遠くの囲いに失走(はし)って行った。黄泉の圀(くに)から男女に敷かれた旧い記憶が脚色(いろ)を携え俺まで着て居り、虚空の許容(うち)にて拡がる縁(えにし)は幻(ゆめ)の強靭(つよ)さに関心する儘、自分の未完(みじゅく)が何時(いつ)まで経っても果てを識(し)れない脆(よわ)い感覚(いしき)を堪能している。犬の幻(ゆめ)から人間(ひと)の幻(ゆめ)まで、意味を解(かい)せぬ両者の像(すがた)は俺へと入(い)って、巧みな文句(ことば)に灯(あか)りを明かせる水の畔(ほとり)を示してさえ居た。誰かの共鳴(さけび)が遠くで立った。他人(ひと)との共鳴(さけび)が互いに打(ぶ)つかり協力(ちから)を観るのはこれまで覗いた記憶の許容(うち)でも稀な描写に分けられており、無駄に排せぬ有力(ちから)の基(もと)には嫌った景色が散行(さんこう)する儘、俺の感覚(いしき)を自由に取り巻く無像の主観(あるじ)が手招きして在る。俗世の底から沸々湧き出す人の憤怒に身悶えしながら俺の両眼(まなこ)は苦労お掴めぬ脆(よわ)い肢体(からだ)を紡いで行って、他(ひと)の雑声(こえ)から奇声が際立つ暇な経過が活き活きし始め、俺の躰は陽(よう)から隠れる〝正男(アダム)〟の容姿を薄ら纏い、男女の表情(かお)から仄かに匂える人間(ひと)の臭味(くさみ)を何処(どこ)に向いても払拭出来ない、予定調和の神の理想(いしき)にふらふら辿り、俺が培う人間(ひと)の感覚(いしき)は俗世(このよ)の理想(ゆめ)から立脚し始め、先立つ覇気には何にも象(と)れない俺の脆味(よわみ)が運転して居た。他(ひと)の生気の蠢く壺から男性(おとこ)と女性(おんな)に気色が分れる岐路の果(さ)きへと脚力(ちから)が傾き、俺が目にしたか細い唖(おし)には幻(ゆめ)の思惑(こころ)が滔々躍付(やくつ)き、払拭出来ない自分の定期(さだめ)を見境無いまま器用に無視する余程の腕力(ちから)を身に付けて居た。母の背中で昨日に観ていた狂いの〝暗(やみ)〟には、これまで識(し)り得ぬ人間(ひと)の悪義(あくぎ)が激しく活き得て、止まり木の無い、連続して行き連動して生く硝子の器へ自己(おのれ)を這入らせ、母と俺との絆の強靭(つよ)さは、果ての観得ない邪推に気取られ脆(よわ)くも成った。白紙に咲き得る俺の肢体(からだ)の活(ちから)の水面(もと)から冷風(かぜ)の態(てい)してひゅうっと吹き抜く昔語りの文句が飛び交い、明日(あす)の私事(しごと)を宜(よ)しなにしながら机上に立ち得て憔悴して生く褥の宙(そら)には母性(ぼせい)が先立ち、他(ひと)の女性(おんな)を全て消し得る魅惑のRoma(ローマ)が精神(こころ)を棄(な)げた。「明日(あす)」の窓から暗(やみ)へと吹き行く過去の現行(いま)から通りが開かれ、四肢(てあし)の捥がれた悪の女性(おんな)が事情を識(し)らずにこそこそ隠れ、白紙の背に立つ、不可思(おかし)な遊戯を朗笑しながら気分を落ち着け、順々冷め行く活きる熱気は過去へ飛び得ぬ不感の主観(あるじ)を追い駆けてもいる。欠伸を始めた宙(そら)に根付ける人間(ひと)の虚無には、俗世(このよ)で有り得ぬ男女の愛情(こころ)が白雲(くも)を突き抜け自体(からだ)を晒され、陽(よう)に照り付く古来(むかし)ながらの生(せい)への儀式は音波の要らない不毛の向きにも達して在った。秩序の乱れた人間(ひと)の体調(リズム)は死ぬまで続き、宙(そら)から見得ない暗(やみ)の主観(あるじ)が生還する時、初めて覗ける無数の四肢(てあし)が万能(ちから)を連れ添い見固めして生く。「人は、自分の為だけに生きる事が出来るほど強靭(つよ)い者じゃないんです」、橙色した益荒男から成る自刃の勇者に色めく表情(かお)にて言われた言葉は俺の胸中(むね)へとすんなり這入り、「人は矢張り、痛苦を味わう故に、そのようになる。独り、孤独部屋にて王国を造り切れぬのだ」と寸度(すんど)呟く俺の勇士は品度(ひんど)を介せぬ無頼の億土を経て来て連なり、見得ない物への恐苦(きょうく)に怯える何物かに成る個人の孤独を、遠くから観てすんなり哄笑(わら)える意味の成しへと歩先(ほさき)を留(と)めた。人の孤独は痛苦から来る永い暗(やみ)への自刃と成るなど、死への恐怖へ安堵を擡げぬ人間(ひと)の域にて突っ伏しても居た。
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夜だった。白いマルチーズのような犬が四、五匹程居り、誰かの平家(ひらや)の玄関先で可愛く戯れていた。戯れている様子だったのだが、中々夫々は動かないで、玄関先に集った民衆が丁度客のように成り、その様子を見守りながら、俺もその客の内の一人と成った。俺は此処(ここ)へ辿り着く前、大学のような場所の暗い廊下、又は暗い階段が見える所に居り、そこでメールをして居て、誰か女を探していたらしい。そこには学生が数人居たようで、その学生達は皆、各々の生活に埋没していた様子で俺の事になんか構っちゃくれずに、内の二人は、結構友人と成ってから時間も経っていたようで、固く遊ぶ約束をしながら出て行った。
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~辻田春菜(つじたはるな)~『夢時代』より冒頭抜粋 天川裕司 @tenkawayuji
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