第10話

(──ん?)


緊張のあまり聞き違えてしまったようだ。


私は一生に一度のプロポーズの言葉を聞き間違えたことに罪悪感を感じながら再度、博樹に訊ねた。


「……博樹ごめん、もう一度言ってくれる?」


博樹が小さく咳払いすると私を真っすぐに見つめた。



「ごめん、誕生日にこんなこと……好きな人が出来たんだ。だから俺と別れて欲しい」


「……え……?」


(今、何て言った……?)


理解できないまま見つめた博樹が深くテーブルにつきそうなほどに頭を下げた。


「ほんとにごめん! 恋とは付き合ってて楽しかったし、飯もうまかったし、いろいろと相性もよかったと思うんだけど……なんかこう……恋も二十八歳とか思うと段々重いっつーかさ……それに今日みたいにさ、何かイベントとか記念日の度にそうやって着飾って、メイクもバッチリにしてさ……なんかサバンナで肉食獣に狙われてるトムソンガゼルの気持ちになるっつうかさ……」


テーブルをはさんで50センチほどの距離にいる博樹が一気に遠くに見える。


(重い……肉食獣……それって私……?)


私のワンピースの裾を握りしめていた拳は震えてくる。


「あ、恋?大丈夫? ごめんな、マジで誕生日に……でも普段はなかなか言い出せなくてさ。俺ら二年だろ? 俺だって情もあるしさ~でも今日、恋のその気合入ったメイクと服装で確信したっていうか、やっぱ俺このまま恋とは付き合えないって実感したっていうかさ。俺達、結局合わないと思ったんだ」

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