幸せな体温

ルイ

第1話

日々毎日変化がなく退屈で仕方ない。

日々はどうやら変化していくのが当たり前らしい。

人はどうやら仕分けをしたくて仕方ないらしい。

昔から人と違う俺を人は区分した。

『おかしい子』『変な子』と

ちゃんと説明しておくと俺は、至って普通の家で普通の両親のもとで産まれた。そして、歳の離れた特別優しい兄にも恵まれた。

まぁ、人が語る普通とは何なのだろうと時々考える。

当時を振り返ると考えても仕方がないことなのだろうけど。当時の俺は小さい子供ながら考えて考えた。

昔なんでもない日、公園で刺された刃の数々。

『栞くんって変!』

『全然楽しくなさそう〜』

『つまんないなら言えよ!』

そう言って突き飛ばされた。小さい子供は、その刃を平気で刺してくる。

子供癇癪だ。

俺にはそれしか思えなかった。

そう、それだけ。

刺された刃の数々で『普通』だったら泣くであろう。

だが、突き飛ばされたのに小さな俺は、何事も無かったように。座っていたところから何事もなく立ち上がるように。その姿を見せ、泣かずに首を傾げた。

その姿をみて周りの子供は、化け物を見るかのように逃げて行き、その親たちは口々に噂を立てた。

『あの子は普通じゃない』

それが、初めて俺は『普通』じゃないとわかった日だった。

それが、わかって尚小さな俺は考え続けた。

だが、結局当時小さかった俺が考えて考えたことも無駄だった。そして、何が人の言う『普通』かわからなかったのだ。

そして、俺は考えることをやめて変化をやめた。

‥‥

それから、中学生になっても何一つ変わらない、日々。

理解してくれない人々達。

愛してくれるはずだった両親は時々癇癪を起こし俺を外に追いやった。

冬の寒空、ダウンも着ていない。

寒いのは嫌いだ。

寒いのはツキリ、またツキリと俺の何かを壊していくから。

ただでさえ、冷え切った人間なのにもっと冷え切っていくのに悴む手をこすりながら耐えながら歩き出した。

きっと、しばらくは家に入れてもらえないだろう。

特別優しい兄は、既に違うところで一人暮らしを始めている。しかも、ここからかなり遠い場所で。

つまり、足を動かして適当に歩くしかないということだ。

手が赤くなってきた。擦っても擦っても温まることもなくツキリとした感覚が走るだけ。

空を見上げる。雪でも降りそうだ。

いっそ、降ってくれた方がそれを眺める方が楽しいだろうに。

ため息を吐く。

吐く息が白い。

すると、何処からか何か聞こえてきた。

唸り声。いや、違う。泣き声。

必死に耐えるように泣く誰かの泣き声。

何故か物事に無関心な俺はその時は、足が不思議と動いた。

足を動かしその声を頼りに歩けば、すぐそこにあった公園にたどり着いた。

公園に入っても人気がないのもそうだが、こんな寒い夜に遊ぶ子供なんていない。

改めて辺りを見渡すと暗くてよく見えないが、ベンチに制服を着た綺麗な髪の長い女の子が泣きながら座っていた。

どうやら、声の主は彼女のようだ。

「あの、大丈夫?」

近寄って声をかけると、彼女はビクリと肩を跳ねさせ、こちらを恐る恐るといった感じで見てきていた。

切れ長の目に整った顔。とても綺麗な人なのだろう。

彼女は声をかけてもなお何も話さず、泣いているだけだった。

こんな、手が赤く悴む中でそんなに泣いたら目が痛むだろうに。

袖口を少しだけ伸ばして、力を抜いて彼女の涙を拭う。

切れ長な目が鋭く睨みつけてくる。

「痛くなるよ。そんなに泣いてたら」

溢れ出してくる涙を拭い続けていると、鋭く睨みつけていた目が少し和らいだように見えた。

案の定、目は酷く腫れていて痛そうだが。

スンスンと鼻を鳴らしていた。

しばらく、すると顔を上げて柔らかく笑みを浮かべてくれた。

それに少し、胸の内がドキっと不思議な感覚がした。

「泣き止んだなら早く帰ったら?雪とか降り出しそうだし、風邪ひくよ」

すると、彼女は此方を指差して首を傾げた。

「俺?俺は帰れないから」

すると、彼女は隣に置いてあった鞄から何か取り出して此方に差し出してくれた。

「これ、カイロ?」

彼女が頷き差し出して無理やり持たせてきた。

何かを言う前に彼女は立ち上がり、カバンを持ち、頭を下げて走って行ってしまった。

俺の手には使いかけだろうカイロが悴んだ手に染みるように温めてくれる。

彼女が座っていたベンチに腰掛け、「はぁ」と息を吐くと変わらず白い。

後どのくらいで家に入れてもらえるだろうか。

もしかしたら、朝まで入れてくれなかったり。

なんて、馬鹿なことを思いながら暗く曇った空を見上げていると、白い粒がシンシンと降り始めた。ゆっくりとゆっくりと降ってくる。

雪だ。

これなら、しばらくは暇つぶしになりそうだ。

温かいカイロを握りしめて白い息を吐いて、白い空から降ってくる粒を眺めた。

手で触れて仕舞えば溶けてしまうその白い粒が俺みたいで何故か好きだった。

でも、冷たいだけじゃなくて温かいのがすきだな。

そう考えてると、その脳裏には彼女の浮かべた温かな笑みが思い出された。その笑みが不思議と俺の心を温めてくれてる気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る