第2話 孤立
昨日出くわした男子が今日転校生としてやって来たことに、宮園は大いに混乱した。
人として大丈夫なのか。
昨日みたいに襲われたりしないか。
――昨日の本性を見られてはいないか。
最後の項目が何よりも重要だ。もしも見られていたとしたら一大事である。彼女が高校入学以降必死に守り抜いてきた「高嶺の花」のイメージが、彼の言動一つで完膚なきまで破壊されかねない。別に守りたいイメージでもないが、その後を考えると怖くなるのだ。
「宮園の隣が空いてるから、そこに座ってくれ」
折が良いのか悪いのか、彼女の隣だけが空席だった。そこに転校生が座るところまでを凝視する。天羽は彼女の視線に対して一瞥をくれたが、興味がなさそうに目線を窓の外へ移した。「なんであたしを見て赤面しないのよ」と一瞬思ったりもしたが、彼女は我慢した。
(今すぐに声をかけるのはまずい。周りから変に勘繰られる)
行動に移すのは1時限目が終わった時だ。
彼女はそう思い、まずは友好的なクラスメイトを演じるべく切り替える。
「天羽君まだ教科書持ってないよね? 見せるよ」
と言って机をくっつけると、「ああ」とこちらを見もせずに大儀そうな返事をされた。
(何その態度!? こちとら善意でやってるっつーのに!)
態度がデカい。
それが転校生に対する第一印象であった。
# # #
休み時間。
なけなしの10分間をなげうって、宮園は旧校舎の2階にある教室に来ていた。人を待っているのである。
彼女が来てから間もなく、ドアがガラリと開き、転校生の天羽が顔を見せた。
「何? 俺忙しいんだけど」
(黙れ態度デカ男)
心の中で毒づきながらも、表面上は笑顔を取り繕う。
「ごめんね、急に呼び出したりなんかしちゃって。ちょっと聞きたいことが合って」
「聞きたいこと? 昨日の夜のこと?」
向こうがいきなり核心に触れてきた。思い切り動揺したが、そこは流石の猫かぶり。余裕そうな表情を一切崩さない。
「そうそう。昨日会った人にそっくりだったから、もしかしたら〜なんて思って」
「もしかしなくても俺だしな。つうかアンタ、外と学校では全然喋り方違うんだな」
「それ以上言ったらコ・ロ・ス♡」
気がつくと彼女は転校生の学ランの襟首を掴んで思い切り締め上げていた。
「え、な、なに?」
「呼び出した本題がそれ。薄々分かってると思うけど、あたし学校では品行方正な清楚美少女で通ってるわけ。けど昨日アンタにあんなところ見られちゃったから釘刺しとこうと思って。誰かに言い触らしたらぶっ殺すってね」
「なんだかよく分からんけど、分かった」
「ほんと? 本当に?」
「ああ」
彼女が腕の力を緩めると、転校生は距離をとって襟元を直した。
「よかった〜。じゃあ、これからはお隣さんとしてよろしくね♡」
「この流れで猫かぶりは無理があんでしょ」
「あ?」
「いやなんでもない……」
(よかった〜。とりあえず席隣だし、変なこと言ったりしないか監視できるのは助かるかも)
宮園は腹の中で考えながら、
「よかったらお昼時間とかに、校内案内しよっか? ウチ結構広いからさ」
「必要ない」
「え?」
「余計なお節介だっつってんの」
宮園は一瞬固まったが、
「……は、はあ〜〜!? 何よその態度! せっかくこっちが親切心で申し出てんのに!」
「それは親切の押し売りだから。とにかくそういうのいらないんで。じゃあな」
転校生はポケットに手を突っ込み、彼女が立っている横を通り抜けて教室の出入口のドアを開けた。「あ、そうそう」と彼は思い出したように声を上げ、
「心配しなくても、アンタのこと誰にもいわないから。構ってこなくていいよ」
と言い残し、教室を出ていった。
宮園はイマイチ釈然としない思いだったが、少し時間を置いてから、誰にも見られてないことを確認して部屋を出た。
# # #
宮園沙月が転校生である天羽真一郎を一日観察した結果を一言で表すなら、『陰険ぼっち』という言葉がピッタリだろう。
昼休みのことだ。
クラスメイトたちが転校生を囲んで飯を食おうと虎視眈々と4時間目の授業終わりを待ち受け、いざ行かんとすると、天羽はおもむろに立ち上がって教室を出た。
「どこ行くんだろ?」
「購買かな? 場所分かるかな」
一人の男子生徒が立ち上がって彼に声をかける。
「よっ、どこ行くんだ? 購買なら案内するぜ」
そんな気さくな声かけに対し、天羽は煩わしそうに顔を顰めた。おや、と宮園が思う間もなく、
「アンタに案内してもらわなくても結構」
そう言って、足早に教室を出ていった。
残された教室の空気は最悪だった。
「ねえなにあれ。態度悪」
「
「俺アイツになんかしたっけ……?」
「親の仇とかなんじゃね?」
風見とその友達が茶化して重々しい空気を払拭しようとしているが、こういう空気感はむしろ女子が得意としているところである。女子たちは頻りに転校生の陰口を叩いていた。
「ほんっと性格わる。さっちんもそう思うよね?」
「え? ああ、うん……どうだろ」
「え〜さっちん優し〜」
「あんな奴でも悪く言わないって、ほんとウチらのさっちん品行方正すぎでしょ」
宮園としてはむしろ彼の悪口をマシンガンばりにかましたいところなのだが、学校でのイメージがそれを許さない。ゆえに口を濁さざるを得なかったが、むしろそれによって彼女の校内イメージはますます上がったのだった。
# # #
放課後のことである。
昼休みにあんなことがあったとはいえ、クラスメイトたちはそれでも彼を歓迎しようという態度を崩さなかった。
ほとんど何も入ってなさそうなペラペラのカバンを天羽が肩に提げて立ち上がる。そこにクラスの中心人物である
「よっ。どうだ、高校生活は慣れたか?」
「まだ一日目だけど」
取り付く島もない返事に、「それもそっか」と飯島は笑いながら、
「今日、この後時間あるか? よかったら都合つく奴らと一緒に歓迎会でカラオケでも行こうかと思って」
「そういうのいいんで。お構いなく」
「……なあ。昼休みの時も思ったけど、クラスメイトとは仲良くしといた方がいいと思うぞ。これから一年間一緒にいるわけだし」
「だからいいって、そういうの。多分俺いると空気悪くなると思うし」
「じゃあそういうことだから」と行って、転校生は教室を出ていった。
残された教室の空気は、昼休みよりも最悪だった。転入一日目にして、早くも彼は教室内の居場所を無くしたのだ、と宮園は悟った。さっきまで若干残っていた歓迎ムードもすっかり雲散霧消している。
(馬鹿なヤツ。生きるの下手すぎ)
彼女は心の中で笑った。別に彼に対して同情心などない。しかも彼から進んで孤立するのであれば、仮に彼女の本性を暴露したところで誰も信じる者はいないだろう。彼女にとっても好都合だった。
「なんかごめんな、宮園」
天羽にフラれて肩を落とした飯島が、近くにいた彼女に話しかけてきた。
「え? ううん、別にいいよ」
「どうしちゃったんだろうな、転校生」
「元々そういう性格だったと思うよ。だから飯島君が落ち込むことないよ」
「ありがとう。宮園は優しいな。……なあ、もしよかったら、転校生がいないけどこの後」
「ごめん、今日は習い事があって」
お誘いの気配を敏感に察知した彼女が、先回りして両手を合わせて丁重にお断りをすると、飯島は「あ、ああ。そっか。じゃあまた今度」と言って自席へ戻って行った。
(やれやれ、油断も隙もない)
勿論宮園にとって飯島などアウトオブ眼中である。多少顔と性格が良くても所詮は高校生だ。
(総資産1兆円超えてから出直してこい)
恋愛するなら、金持ちで顔が良い男と。
結婚するのも、金持ちで顔が良い男と。
それが彼女の信条であった。
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