妖異捕物帳 あるいは腹黒美少女とひねくれぼっちの妖怪退治譚
國爺
序
第1話 転校生
絹のようになめらかな黒く長い髪と雪のように白い肌が対照的で、顔は小さく、その造作は神の寵愛を受けているかのように美しい。
背は高く、手足は長く、スラリとした大和撫子な身体もまた男子には魅力的に映る。
そんな天女もかくやと言わんばかりの彼女だが、さてそれでは学校生活はどうかというと、これもまた絵に描いたような品行方正を体現している。無遅刻無欠席は勿論のこと、成績優秀、所属しているテニス部でも県大会へ出場するなど、八面六臂の大活躍を見せている。
そんな風に見た目も中身も完璧であるため、男子生徒からの告白は絶えないが、今のところ彼氏はいないらしい。
「さっちん、昨日バスケ部のキャプテンの告白断ってたよね」
昼休みのことである。
クラスメイトの女友達幾人と弁当を食べている時、そのうちの一人が言った。ちなみに「さっちん」とは宮園のニックネームである。
「え、マジ? バスケ部のキャプテンって
「奈良橋先輩ってあの、イケメンでスポーツも運動もできる完璧超人?」
「うっそ、さっちん断っちゃったの!?」
「ああ、うん。よく知らない人だったから」
宮園が苦笑いして言うと、一同は「はあ」とため息をついた。
「ど、どうしたのみんな」
「さっちんさあ。自分が逃がした魚がどれだけ大きいか分かってる? あんな人日本中探してもそうそういないよ!」
「うんうん。さっちんが恋愛に興味がないのはなんとなく分かるけどさー、人生経験としてちょっとくらい彼氏つくるのもアリじゃない?」
「ね。作りたくてできるもんでもないし」
「うーん。私はそういうのはまだ早いかなあって思ってるから」
「はいはい。さっすが品行方正」
「やめてよも~」
キャッキャウフフと会話をするさまは、まさに男子
# # #
放課後のこと。
今日は部活動もないため、宮園は一人で家路を歩いていた。
片側二車線の道路を過ぎて右手に曲がる小道に入ると、そこから急激に
周囲に人の気配がないことを確認すると、彼女は手近にあった土手との境に設置されているフェンスを思い切り蹴り飛ばした。
「っざっけんなよあのナルシスト!」
誰の言葉かというと、紛れもなく宮園沙月が発した言葉である。その声音はもはや学校で聞かれるような清楚を具現化したものではなく、思い切りドスが聴いてワンオクターブ低くなった声音である。
「バスケ部キャプテンだかなんだか知らねえけどよお! 『君にふさわしいのは僕だけだ』だぁ? キメェよ! 鳥肌立ったわ! だいたいなあ、その程度であたしにふさわしいわけねえだろうが! 一昨日来やがれボケがぁ!」
一言言うたびにフェンスを蹴る。蹴る力がだんだん強まっていく。部活動で鍛えられた脚力は伊達じゃない。
その顔は悪鬼羅刹のように歪んでいた。
「オラァ! ……ハア……ハア……」
やがて落ち着いたのか、彼女はフェンスへの八つ当たりをやめた。
荒ぶった呼吸を整える。
どうしてこうなったのか、と思う。
中学までは適度に本性を隠蔽しつつも、どこにでもいる普通の女の子だった。よく笑い、よく食べ、よく遊ぶ女の子だった。
それがどうしたことか、思春期に突入していくにつれて、男子どもからの視線を受けることが多くなった。端的に言うと、彼女は恋愛対象としては頗る高いレベルにあったようなのである。
それでも中学生で異性とムフフな関係になろうという手の早い男はいなかったため、そこまでエスカレートすることもなく、比較的穏便に卒業することができた。
本格化したのは高校に上がってからである。
銀行員である父親の都合で神奈川から仙台へ引っ越し、知人が誰もいない環境で高校に入学すると、その容姿から彼女は気が付いたらあれやこれやと学校一の清楚美人として祀り上げられてしまった。
そして、色々な奇説珍説が流れた。
ある生徒曰く、
「宮園さんのお父さんは多国籍企業を経営してる敏腕事業家なんだって」
都市銀行の
「家は噴水のある庭付きの豪邸で、軽井沢には別荘も持ってるらしいよ」
会社の借り上げ社宅(2LDK)である。軽井沢には行ったことすらない。
「将来を決めた許嫁がいて、高級料亭で毎週逢瀬してるらしいぜ」
許嫁などいない。また、たまの週末に家族で行く回転ずし屋が数少ない楽しみである。
彼女も最初は「え~そんなことないよ~」と、まんざらでもなさそうに否定していたが、周囲の勘違いはやむことがなく、気が付くと取り返しのつかない地点にまで走り来てしまっていた。
そんな猫かぶり腹黒美少女が、宮園沙月であった。
人は抑圧すればするほど、却って内面の歪みは大きくなるものである。そこで溜め込まれる鬱憤も更に大きく肥え太る。
ゆえに、たまにこうして人目のつかない場所にてストレスを発散するのが楽しみだった。
しかし、今日は特別荒ぶっていた。
だからであろう、ごく近くに人影がいたことに、彼女は気が付くことができなかった。
――順を追って説明しよう。
その人影は幾分背が高く、スラッとしており、また日中であれば日の下に照らされた彼の顔が水も
また、なぜか長襦袢に袴、二重羽織という和風な服装をしていることにも。
腰には日本刀、背中に
彼女は気が付いたであろう。
しかし時刻は18時。早春の東北地方では既に
だから無理もないのだ。
彼が弓を構えて異形のものを射抜いていることに気が付けなかったことも。
彼の肩には小さな狐が一匹ちょこんと乗っかっていることに気が付けなかったことも。
――結局のところ、彼女がその人影に気が付いたのは、事がすべて終わった後だった。
頭をかきむしって一通り人間が思いつく罵詈雑言を並べた後、宮園がおもむろに顔を上げると、こちらを見つめているらしい男の影が見えた。
心臓が飛び上がるかと思った。
(え、誰?)
(見られた? 生かしてはおけぬ?)
(というかそもそも誰? もしかしてヤバい人?)
様々な言葉が次から次へと脳裏をよぎっている中、その人影がゆらりとこちらへ近づいてきた。
一歩後ずさる。
また向こうが近づく。
一歩後ずさる。
その駆け引きを3度繰り返すと、「あの」と向こうから声が聞こえてきた。男の声である。
「な、なんですか」
「大丈夫か?」
「何のことですか?」
「いや、無事だったらいい。それだけ」
意味不明だった。無事も何も、今彼女の無事を
もう一歩後ずさりしたところで、彼女は自分が街灯の明かりの中に踏み込んだことに気が付いた。
(顔を見られる!)
彼女は咄嗟に顔を隠そうとしたが、それより早く男が街灯へ踏み込んできた。
宮園は見た。その男が自分と同い年くらいの水も
なぜか長襦袢に袴、二重羽織という和風な服装をしていることを。
彼女の大脳皮質は素早く次の二つの結論を下した。
その一、コイツは変質者である。
その二、ここから即刻逃げるべきである。
そうと決まれば行動は早い。彼女は脱兎のごとく駆け出した。
「あ、おい!」
男が何か言ったが、それで止まるわけが無かった。
# # #
翌日。
「今日は転校生を紹介するぞー」
ホームルームで開口一番に担任の
「転校生? 聞いてた?」
「いや初耳。男子かな、女子かな」
「美少女だったらいいなあ」
「でもうちのクラスには宮園さんがいるし」
「それもそうか」
盛り上がるクラスメイト達を横目に「入っていいぞー」と廊下へ声をかけると、ガラガラと木製のドアが横に開いた。
入ってきた人物をクラスメイト達が一斉に見る。途端、女子たちが色めきたち、男子たちはため息をついた。
「噓、めちゃくちゃイケメンじゃん!」
「背たっか。肌白っ」
「なんで宮園さんと同じクラスに顔のいいオスが……」
クラスメイトの評価通り、背の高い色白の美少年が教卓に立った。海外の血が入っているのか、髪の毛は純白に近いプラチナブロンドである。
彼はチョークを手に取ると黒板へ向かい、『
「天羽真一郎です。よろしく」
「今日からこのクラスに転入する天羽君だ。みんな仲良くな」
「はいはーい! 先生質問いいですかー」
「後にしろ。そうだな、天羽の席は……」
クラスメイトがワイワイと転校生のことで話している中、宮園は時が止まったかのように硬直していた。
学ラン姿だから一瞬分からなかったが、間違いない。
(昨日の――変質者!)
転校生とかいう天羽は、間違いなく昨日の夕方、着物姿に刀と弓を持って広瀬川沿いを徘徊していた変質者だった。
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