第3話 THE MAN MACHINE
「これで、今回の報告は以上です。詳しいことは報告書にあります」
「ご苦労」
ぱりっとした軍服を着た、特殊作戦群群長の吉田大佐は、おれから今日のことが書かれた報告書の端末を受け取りデスクへと置いた。卓上のコーヒーの香りが、おれの鼻へと入り込む。階級章以外に、大佐の服の胸元には、レンジャー記章と功労章が光っている。
「それで、Bから聞いたが、魔法少女と遭遇したって?」
「はい、大佐どの。四体に分裂したアリのインセクトは、レイという魔法少女と共闘した末に仕留めました」
吉田大佐はため息を付いた。
「レイ、ねえ」
「大佐どのもご存じで?」
「そりゃあ知ってる。テレビで取り上げられていたやつをな。この前までは違う魔法少女の話題だったんだが。こういうのも流行り廃りが早くて嫌な感じだ」
そしてコーヒーを一口飲んでから、
「君から見て、どうだった?」
そうおれに質問した。意図が分からず困惑した。
「どうだった、とは?」
「脅威と成りうるか、だ。力は?戦闘能力は?もしも我々と敵対するのであれば、それは人類と敵対するということだ。私はそれを聞いている」
人類と敵対。おれはその言葉を心のうちで反芻した。魔法少女は人類に含まれていない。得体の知れない強力な力を行使する危険な存在、それがおれたちの認識だった。その数は年々増えていて、ファンも数多くいるようだが、そんなもの言語道断だった。命を失うかもしれない戦いに、ファンだと?
注目される妬みもあるが、おれはそんな魔法少女もそのファンも嫌いだった。魔法少女は、その力で魔物と戦うだけだ。今のところは。そうしているうちはまだいい。だが人類へその力を使ってみろ、おれが始末してやる。
政府と軍、そしておれの魔法少女に対する考えは、そんな一貫してこんな感じだ。
「で、どうなんだ?」
大佐の追撃。おれは答えた。
「今回交戦したインセクトはあまり強くなかったのでなんとも言えませんが、力は強力でしょう。戦闘能力は高いですし、大きなブロードソードを軽々振り回します。また、炎の魔法も使用していました。他の魔法少女と同じように、強引なことをしなければ、我々と敵対することは無いでしょう。第一、正体は隠しましたので」
「······そうだな」
吉田大佐は悩ましそうに言った。大佐のその苦悩も、おれには分かる気がする。魔物どもは四六時中無数にこっちへやって来るし、大幅に規模拡大した特殊作戦群といえど全て対応出来ない。その上未知の力を使う、魔法少女ときた。
問題はこの魔法少女が、政府の管轄に無いことだった。コンタクトを試みても、全ての魔法少女に断られたし、下手に強引に懐柔しようとすればその力を行使される先はおれたちだった。
だからおれみたいな改造人間が作られた。魔法少女や、魔物と戦えるように。魔法少女たちはおれの存在を知らない。世間の人々もだ。おれは人類の科学技術の結晶で、人類の最高戦力なんだ。
おれの存在は、吉田大佐や人類の不安の助けになっているだろうか。
そう考えながらおれは吉田大佐の執務室を後にした。
◇◆◇
『マン、明日は学校です。それに課題も残っていたはずでは?』
自宅のアパートへの帰り道、突然Bがそう言った。
辺りはもうすっかり夜で、静まり返って不気味なくらいだった。おれのアパートの近くは廃虚が多く、灯りも無いからから余計に怖い。そしておれは無性に風呂に入りたかった。
「B、ちょっと風呂に行くぞ。いつものとこだ」
『分かりました、マン』
虫の音一つ聞こえない帰り道に、Bの声だけが頭に響いた。
小林守。それがおれの本名だ。年齢は十七で、高校二年生。好きな音楽は「フランツ・フェルディナンド」で、最近は「ザ・キラーズ」もよく聴く。おれに両親はいない。中学一年生、十三歳の頃に、"災害"と称されたワイバーンが出現して、家ごとおれの家族は吹き飛んだ。特戦群の叔父に引き取られて、高校に入ってからはずっと一人。ここ一年で一番会話をしたのはBだった。
そしておれは、日本政府が未知の力を持つ魔物と魔法少女に対抗しようと秘密裏に開発、改造した、第二十一世代型自律ユニット━━━即ち二十一人目の改造人間━━━なのだ。おれは自律ユニットの中でも最新型で、日本政府のみならず、先進国の多大な技術協力に作られた。ただし改造と言ってもおれの生殖器は残っている。
おれは十種類以上の義手と義足を付け替えて戦術を変更するし、トン単位のパンチ、キック力と強靭なサイボーグの体を持っている。
ちなみに第一から第十九世代までの自律ユニットは、皆魔物との戦闘で死んでいる。これは自律ユニットの宿命と言うべきか、倫理と人道に反した末路と言うべきか。おれもいつかそうなるのかもしれない。ただしおれは今はまだ、死ぬつもりは無い。
Bの正式名称は「B7-T2型戦闘サポート補助ユニット」で、こいつはおれの頭にインストールされており、おれをスマホやスピーカーなど外部デバイスへ接続しなければ外に声は聞こえない。B、こいつはおれのことを「マン」と呼ぶ。なんでも、ロバート・A・ハインラインの「月は無慈悲な夜の女王」を読んでから、作中に登場する巨大コンピューターの「マイク」に影響を受けて、おれをそう呼ぶらしい。
そんな人類の開発した兵器の最高傑作と言えるおれたちでも、魔法少女たちと戦って勝てるかは分からない。それぐらい奴らは強力なのだ。
こんな人類の行く末は、一体どうなる?
備え付けのドライヤーで乾かした髪は、櫛でとかしても浮いてしまい、頭が大きくなったようでなんだか面白いことになっていた。おれはそれがたまらなく嫌で、両手で頭を押さえつけながら家まで歩いた。
『マン、そろそろ散髪をした方がいいでしょう』
玄関を通ってそこそこなアパートの部屋に入るなり、Bがそう言った。
「最近暇が無いのは、Bが誰よりも知ってるだろ」
おれは戦闘靴から履き替えたスニーカーを脱ぎながら、返事をする。
『しかし、あなたの髪型は日が経つにつれ目も当てられなくなっています』
「お前はおれの頭を客観的に見れないだろ」
『しかしあなたのレンズから、目に掛かる前髪を見ました。今どのような状態か、容易に想像出来ます』
その言葉に、おれは全てをBに見られている気がして、ぞわっとした。
「勘弁してくれよ。お前、起動してないときもおれのこと見てるんじゃないだろうな?」
『いいえ、マン。私はあなたの言葉で起動し、そして切断もします。切断中は、私の機能は全て使用出来ません』
Bのその返答も、おれは疑わしかった。
「本当か?」
そしておれはリビングへ入る。煩雑に散らかった制服、ジャージ。ソファの上はかろうじて安全地帯だった。そこにどっと腰掛け、ため息を付いてから言った。
「B、今日はもう切ってくれ。おれも寝る」
『分かりました。おやすみなさい、マン』
Bはそう言って、それっきり声は聞こえなくなった。
おれは姿勢を改めてソファに寝転がると、スマホの電源を入れて、有線イヤホンを接続した。最近は毎日のようにバックグラウンドで音楽を垂れ流し、SNSを見るようになっている。
タイムラインは、レイやその他魔法少女のことでいっぱいだった。テレビのインタビュー、映像の転載で溢れている。そしてそれと同じくらい、日本政府に憤っている投稿をみた。年端もいかない魔法少女に魔物と戦わせ、政府は何をしているんだ、そればっかりだ。
特殊作戦群だって、連日馬車馬のように駆け回って、メディアに映らない所で戦っているというのに。政府も魔物駆除の成果を発表してはいるが、批判は絶えない。
おれはそんな現状に怒りを覚えるが、実際民間人はおれたちのことを何も知らないのであって、責めることは出来ない。SNSはそんなおれの不安定な感情や無力感を煽ってくるから、精神衛生上非常によろしくないが、スマホ中毒たるおれはやめられないし、やめもしないのだった。心はぐちゃぐちゃと複雑だが、おれはおれに出来ること、即ち魔物の駆除を裏でやるだけなのだ。
おれはタイムラインを小銃の弾速と張り合えるくらいの早さでスクロールし、そのうちソファの上で意識を沈めたのだった。
魔法少女と改造人間 さら @sar4
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