第29話 制圧

「いちにぃさんしぃ……十二人。ボス、思っていたより多いのですが」

「わお、びっくりだね」


 第三ブロックにて。

 シルバたちが出て行った直後、操縦席側とは反対の、第四ブロックと繋がる扉から、ゾロゾロと武装した男がなだれ込んできた。

 合計、十二人。それが全員であることを、キリギリスは知らない。第四ブロックにまだ残っている可能性を考えて、その上、ボスを護りながら戦うことになる。


『おい敵共! こっちの奴らは全員制圧したぞ! 大人しくしやがれ!』


 再び鳴ったアナウンスで、空船の叫び声が機内に響いた。

 キリギリスの頭の中で思考が巡る。

 空船の安全、シルバとシュガーの敵制圧、本丸は目の前の十二人、明らかにボス狙い、単独にて制圧可能か。……考えるまでもなく、イエス。


「はっ、あいつらやられたくらい痛くもなんともねぇ。おいお前、その男をこちらによこせ。そうすればお前は見逃してやる」


 その男は、顔に大きな傷のある男だった。後方から全体の指揮を取っているようで、その役割がリーダーであることを示していた。

 

「いえ、結構です。ボスに死なれると困りますし、私が負けるとも思えませんので。そちらこそ、降参する気は?」

「調子にのるなよ。お前が今、手に持ってるその武器で、俺らに勝てると思ってんのか?」


 キリギリスが持つのは、二本の刀。

 一つは、立てれば首ほどまである大太刀。

 一つは、腕よりも短い小太刀。

 文字通りの一長一短。


「刀が銃に勝てると本気で思ってんのか?」

「思ってますよ。私にはこれしかできませんし、これしかありませんから。思わねばやってられません」

「あっそ。でもよ、俺らも負けるだなんて思ってねえし、必要以上に殺したいとも思ってねえんだわ。これが最後の忠告だ。そいつをこちらへよこせ」


 キリギリスが、小太刀をボスへと投げ渡す。そして、大太刀を鞘から抜き、その長い刀身を武装した敵連中は向けた。


「二度も必要ですか?」

「残念だ」


 傷の男がキリギリスに手を向ける。それを確認し、前線で構えていた二人の男が、咄嗟に引き金を——


 ザシュッ。


 銃弾が出るよりも前に、銃口を縦に、引き金にかけた指ごと斬り落とされていた。

 それも、二人とも。


「私も残念です」

「……次、撃て」


 あくまで冷静に、傷の男が命令した。悲鳴をあげる二人は、指が無くなった痛みとショックで膝から崩れている。

 足元の二人を除いた、次の前線。そこにいる二人も同じように構えて、それとほとんど同時に引き金を引き、それより早くキリギリスが指ごと斬る。

 

「っ、一斉射撃だ!」

「だけどリーダー、そしたら前の奴らも……」

「前衛はできるだけ左右に散れ!」


 場所は飛行機機内。客席に挟まれた通路は一直線であり、後ろからの銃撃は仲間も道連れになる。そのため傷の男は、前線に立つ敵を客席の奥まで移動させた。

 しかし、そうなれば。


「リーダー! こっからじゃ窓撃っちまうかもしんねぇ!」

「構わんやれ」


 左右と、斜めの左右と、正面。一斉とは言ったものの、銃を構えた人数は六人だけで、傷の男とその側近らしき三人は見ているだけだった。

 ボスは客席に座ったまま、体を出さずに大人しくしている。


「どうなっても知らんぜ!」


 左右の男が銃を撃つ。

 普通の刀であれば届かない距離だが、キリギリスの大太刀は、刃渡だけで一メートル半を超える。横に薙げば、無論、届いてしまう距離だ。

 先程までは殺さないように銃を狙ったが、元より、キリギリスがそうする理由はない。最悪でも、リーダーである傷の男さえ生かしていればそれで良い。

 横に薙いだ大太刀は、無常に、左右の二人の首を刎ねる。次いだ二度目は奥の二人を、それを繰り返して正面の二人を。計六人を、一瞬で屍とした。

 放たれた弾丸はほとんどが客席に当たっており、キリギリスまで、もちろんボスにも、一発たりとも届いてはいない。しかし、敵の予想通り、窓には何発か命中してしまっている。


「あっ」

 

 やってしまった、と言うキリギリスの声が漏れた。

 キリギリスには、窓が傷付けばどうなるかなど知らない。その知識がない。しかし、敵の言葉から、それが危ないことであることは察していた。


「大丈夫、君が思ってることにはならない。最も、君が知っているのかどうかも、怪しいところではあるけれどね」


 それをボスが否定する。


「そんな十八禁エアガンみたいな銃じゃ、傷一つとて付かないよ。まぁ、壁紙が穴だらけになるとカラブネちゃんに怒られるからやめてほしいけれど、僕だってそこまで我儘じゃないさ。それくらいは我慢するよ。銃痕は、ね」

「…………」

 

 銃痕は。刀による傷は、キリギリスのせいだ。それで機内が傷ついて空船に怒られるのも、キリギリスだ。

 そんなこと、言っている余裕もないが。


「なんだよこいつ、ちょっと強い一般人って話だったじゃねえのかよ……」


 傷の男の独り言に、キリギリスは耳を傾けようとするが、それ以上は続かなかった。

 何にしろ、捕縛後に聞けば良いことだ。


「これが最後の忠告です。降参してください」

「煽りのつもりか? 二度目だぜ」


 傷の男の側近三人が、それぞれ独特な形の銃をキリギリスに向ける。

 が、今まで同様、一瞬で距離を詰め、一瞬で刀を振り、一瞬で指ごと銃を破壊した。

 どれだけ異質な武器であろうと、使う前に壊してしまえ。脳筋ロリコンと罵倒される、キリギリスの言葉だ。

 残る傷の男は。


「はっ、こいつらもやられるか。楽な仕事だと思ったのによぉ」


 傷の男以外は無力化に成功している。六名は死亡、五名は銃の破壊と指の切断。

 話を聞くためには、リーダーである傷の男を殺すわけにはいかない。しかし、負けを認めさせなければいけない。となれば、痛めつける他ない。そう考えたキリギリスが、大太刀を傷の男に向ける。


「待て待て、参った! もう戦うつもりはねえよ、俺ぁ武器も持ってねえしな」


 両手を上げて、降参ポーズ。

 リーダーのくせに情けないな、と思うが、それは自分たちのボスにも言えてしまうので口にはしない。内心では、ボスの方が傷の男より情けないと思ってしまっている。

 大太刀を傷の男から離す。

 

(こいつバカか? 敵の言葉まんまと信じて。切り札は最後に取っとくもん、って相場は決まってんだろ。……俺にはねえけど)


「制圧完了です」

「ありがとう。負けるだなんてちっとも思ってなかったけれど、怪我がなくて良かったよ。首チョンパで血生臭くなったことと、僕にコレを投げつけて来たことに目を瞑れば、最高の成果だね」

「……嫌味ですか?」

「もちろん」

 

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