第28話 状況
似た造りの客席を何度か通って、シルバとシュガーは操縦席まで辿り着いた。念の為にシュガーは身を潜め、操縦席と客席とを繋ぐ狭い通路にシルバは立つ。
コンコン、とノックした。
「おう!」
「……なんだ、無事なのね」
「あ? あたしがそう簡単にくたばるわけねーだろ」
「そりゃ良かった」
安心する二人だが、しかし、元より空船が攻撃されることはないとわかっていた。
搭乗者全員の命を抱えるパイロットの空船が危機に陥れば、それは襲った自分達も一緒に墜落することになる。
空船はボスへ襲撃を通達したが、それでも「どうせ《今際》とは関係ない」人間なのだ。ボスを殺した連中と心中してやるなんて考えるはずもない。
敵側の考えでは、そうだった。
「で、状況は?」
「奴ら、さっきここに乗り込んできやがってな。襲撃のことをアナウンスで伝えろ、着陸するまで運転しろ、自分の命だけ考えてろ、それだけ言って行っちまったよ。あたしが見たのはごつい銃ぶら下げた奴が三人、まぁそれだけじゃねーだろうがな」
「……待って」
「あ? なんかあったか?」
アナウンスは分断が目的だ。パイロットが危険なら、例え安全がわかり切っていても確認しに行く。一人でもボスから遠ざけれれば、襲撃側は数の利が生まれる。
それはわかる。
しかし、だとするならば。
「おじさん達は、ここに来るまで誰ともすれ違わなかった。隠れている人間も、じっくり探したわけじゃないけど見てない」
「……そんなはずねー。あたしだって、ここから奴らが出て行く姿は、音で聞いてる」
この機体は、電車で言うなら四両編成。似たような客席ワンブロックが四つずつあり、その間には通路がある。
操縦席から見える第一ブロックから、襲撃者が去るのを空船が見たと言う。ボスのいる第三ブロックには離陸前からいたのだから、隠れていられるはずがない。
第二ブロック。そこに潜んでいた。分断後、すぐにボスへ攻撃できるように。
「それって、まさか……!」
「いや、危ないってことはないよ、シュガーちゃん。あっちにはキリギリスちゃんがいるんだ」
「だな。でもよ、やっぱ隠れる手段なんてあるか? あたしも何年もパイロットやってるが、隠れられる場所なんてそうねーぞ。客席の下、荷物置き、せいぜいそんなとこだ」
「だから、そうなんでしょ。おじさんもシュガーちゃんも、結局のところカラブネさんの安全確認を優先してた。そうなれば、どうしても捜索は荒くなるし、そもそも見つけようとすら思ってなかったんだ。息を潜めて隠れられれば、素通りするのも仕方ない」
「……いや、それは違うと思います」
自分の無能を露見させたと言うのに、それをシュガーに否定されてしまった。一瞬「えっ」と固まってしまったシルバに、申し訳程度に謝るだけして、シュガーは自分の推測を語った。
「第二ブロックに隠れてたとして……問題はその後、ボスへの襲撃。分断することが目的だったとしても、第二ブロックに隠れてしまえば、例え襲撃しても、第三ブロックのボス達と第一ブロックの私たちに挟まれる形になって不利なはずです」
「たしかに……」
「頭いいなそいつ」
「それで?」
「はい。だから、敵の本体は第四ブロックに元から隠れてる部隊で、カラブネさんに接触したのは囮……なんじゃないかなぁ、と」
「……確かに、それなら挟み撃ちは回避できるか」
いや、しかし、そうなると。
空船が見た三人は、今どこにいる?
「はっはぁ!」
大きな笑い声と共に、銃弾が発射される音が鳴り響いた。
「おらおらおら! 死ねやクソどもがぁ!」
シルバは操縦席の扉を閉めて、シュガーを一人残さないために第一ブロックへ戻り、客席の前で屈んだ。
第一ブロックと第二ブロックの間の通路で、空船の言った「ごつい銃をぶら下げた三人」が立っていた。そのうちの一人はさっき撃ってきた男で、銃撃が止んでも未だ銃口をこちらに向けている。
「ちっ、死んだと思ったんだがな」
「なぁにやってんだバカめ」
「るっせ! あのジジイちょこまか動くんだよ」
「老いぼれと女相手にこの様かよ」
「黙ってろ!」
言い争う三人の男。
シュガーはガクガクと震え、シルバは操縦席の扉を見る。何発分も銃痕があるものの、破壊されているどころか歪むこともない。
撃ってきた、空船共々。パイロットが死ぬこと覚悟で。敵側にもパイロットがいるなら最初に見逃すこともしないはずだ。間一髪だったが、運が良いことに頭の回らない敵らしい。
「あぁ……一つ、良いかい?」
「あ、なんだよジジイ」
体を出さないまま、シルバは聞く。シルバの質問に答えたのは、銃を撃ってきた男だ。どこにでもいそうな不良、チンピラもどき、そんな印象の男。
「君らの作戦は分断で、今頃ボス達も第四ブロックにいた君らの仲間に襲われてる……ってことで合ってるんだよね」
「はっ! だったらなんだよクソジジイ!」
「いや別に、気になっただけだよ」
相手の狙いは確実にボス。投下する戦力も、囮の三人とは別格のはず。助けに行くのが正しい選択だが、キリギリスがいれば負けるはずもない。
だから、まずは目の前に集中。
震えるシュガー、銃を持つ三人の敵。
やることは一つだけ。
「それと君、ジジイはやめてくれよ。四十代はそういうのに一番敏感な時期なんだ。せめておじさん、もしくはおっさんと呼びなさい」
胸ポケットから拳銃を取り出す。簡単に隠し持てるサイズのため、彼らが持つ機関銃とは射撃速度にも威力にも雲泥の差がある。
しかしそれは、恐れる理由にも諦める理由にもならない。《今際》六課の席に座る者が、この程度で負けるはずがないのだから。
「シュガーちゃん、頭出しちゃダメだよ」
「は、はい……」
「おい! さっさと出てこいやクソが!」
屈んでいたシルバが立ち上がる。
すぐには銃弾が降って来なかった。勝ちを確信している故の油断。シルバが持つハンドガンなど、彼らの眼中にはない。
「おいおい、そんなおもちゃで俺らに勝つつもりなのか? はっはっは! 笑わせんなよジジイ」
「おもちゃはお互い様だろう? 恥ずかしげもなくでっかいのぶら下げて、邪魔で仕方ないだろうに」
「でけー銃は男のロマンだろーがよぉ!」
「それは若さかい? それともバカなだけなのかな。おじさんみたいなのは、見てくれよりも利便性を重要視しちゃってね。軽くて薄くて短くて小さくて、コンパクトなのが好きなんだ」
「そりゃてめぇがジジイだからだろ、あんたみたいなのを見るとつくづく老いたくねーって思うぜ」
男が、引き金に指をかけた。
「あばよクソジジイ!」
シルバが姿勢を低くしたまま、ハンドガンを握って直進する。
銃弾が届くギリギリで再び近くの客席に隠れて、少しだけ距離を詰めることに成功。しかし、こんな作戦が何度も通用するはずもない。
機関銃なら一発当たれば十発当たったのと等しいが、ハンドガンとなると近距離でなければ心許ない。
このまま距離を詰めたいところだが。
「カッコつけてその程度か、次出てきたら頭ぶち抜いてやるからなぁ!」
それにしても。
さっきから、一人しか撃ってこない。左右に立つ二人の男は、銃を構えることもなく、シルバが死ぬのを待っている。
三人で撃てば当たる確率も上がるのに。
「窓です!」
後ろから、シュガーの声が。
「あいつら、窓を撃たないようにしてる! 気圧差で外に出されるから!」
「……ちっ、おいバレてんぞ」
真ん中の男が悪態をつく声が聞こえた。
無論、シルバもそのことは知っていた。飛行機の窓が割れれば外に追い出されることは。しかし、空船も関係なしに撃ってきた相手だ、何を考えているのか確信がなかった。
今の言葉を聞くまでは。
「ありがとうシュガーちゃん。これで、おじさんの勝ちだ」
客席から隠れていたシルバが、窓側に移動してから立ち上がる。
「これでも撃てるかい、チンピラ諸君」
「……なめんなよクソがっ! そんくらいでビビるとでも」
必要だったのは、その問答。
心許ない距離、と言うのは、あくまで致命傷を与える上での話であり、無力化とは別である。
男より速く撃ったシルバの弾丸は、真ん中の男の右肩を撃ち抜いた。
「ぐっ!」
動揺する三人に、続け様に二発。
左の男の左肩、右の男の腹部。全員の体勢が崩れたのを見計らって、シルバは一気に距離を詰めて、三人を足払いで横にし、その上に乗り制圧した。
「制圧完了」
「……えっ、もうですか?」
「うん。それより、結束バンド持ってる? おじさんのカバンに入れたままで」
「はい。どうぞ」
六課メンバーには、結束バンドの携帯が推奨されている。尋問などのために殺害以外の方法で無力化せざるを得ない時、それを拘束具として使うのだ。
シュガーから受け取った結束バンドで、三人の男の親指を体の後ろで括った。念の為に機関銃を回収する。
「くっ、そがぁぁ!!!」
「てめぇのせいだろ新入り! 雑魚のくせに粋がってんじゃねぇ!」
「ごほっ……一人でやらせろって言ってこのザマかよ」
「っっあぁぁああぁ!!!」
三人の口論が、先程よりもヒートアップして再開した。
三人がかりで中年に、それも武器のハンデがありながら負けたのだ。例え実質一人しか撃っていなくても、二人が手出していなくても、殺さずに拘束されたとしても、それはあくまで現段階の情報確保のためであり、このまま帰すと言うことわけじゃない。
これから死ぬのだ、こいつらは。
「言い争ってるとこ悪いけど、別動隊の人数は?」
「言うわけねぇだろ」
答えたのは、左の男だった。
真ん中の男は意気消沈しているのか、不甲斐なさに打ちひしがれているのか、歯を食い締めた表情をしている。右の男は、腹部を撃たれて、内臓にも損傷があり、その重症では一度の悪態が精一杯だった。
「何か勘違いしてるようだけど、それなら殺すよ?」
「やってみろ。だが先にそのクズからな、オレらが負けたのは全部そいつのせいだ」
「ダメだよ責任逃れは。日本の忌まわしき文化の一つ、連帯責任さ」
シルバが、男の頭に銃口を突きつけた。
「最後のチャンスだ。君はこれだけ答えればそれで良い。さぁ、数は?」
「……十五人、オレら含めてな」
「思ったより多いな。まぁキリギリスちゃんなら大丈夫か」
銃を下ろす。
後ろで怯えているシュガーに目をやって、目が合った瞬間ビクッと肩を振るわせたのが見えた。
「怖いかい?」
シュガーは六課メンバーではあるものの、試遊の見学以外は経験がない。当然ながら、どうしても、人殺しに抵抗がある。
しかも、初めてそれを見たのが、あんなに優しく、先生と慕った相手だったのだ。
「……だ、大丈夫です」
「良いんだよ、怖がって。おじさんも最初は怖かったし。殺されるのにはもちろんだけど、殺すことにも怖がって良い。それを見るのもね」
「…………」
なんて返せば良いのか悩み、何も出てこない。勝手に慕っておきながら、六課の仕事がどういうものか覚悟していながら、それでも怖がってしまったのは変わらないのだから。
「なんだ、おっさんも新入りと一緒か? お守りは大変だなぁ」
「お互いにね」
その皮肉に男は舌打ちをして、シルバを睨みつけた。それ以外にできることはなかった。
「カラブネさんに報告して、アナウンスしてもらおう。ないとは思うけど、もしかしたら、こっちの制圧が完了したことで、あっちも手を退いてくれるかもしれない」
「はいっ」
恐怖と後悔を呑み込んで、シュガーは操縦席の扉を開ける。銃痕により表面がゴツゴツとしているが、開閉には問題なかった。
弾丸は扉を貫通しておらず、正面に座る空船にも傷ひとつない。前だけを見て操縦に専念していた。
「カラブネさん、こちら制圧完了しました。アナウンスでボス達に報告をっ!」
「おう!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます