第26話 当日
七月二十日。裏組織会合、つまりボス護衛当日。
六課事務室へ訪れたボスと共に、シルバ、キリギリス、シュガーが本部を出た。
いつもの社用車をシュガーが運転して、最寄りの空港まで走らせる。四人とも荷物はほとんどなく、シルバとキリギリスの武器だけだった。
空港到着。
「ふー、ずっと座りっぱなしだと腰が痛くなるよ。僕ももうおじさんかな」
「ははっ、本物を前におじさんを自称するなんて、嫌がらせのつもりかい?」
伸びをするボスと、逆に腰を曲げるシルバ。まだ四十代のはずだが、肉体の老化とはかなり深刻らしい。
「それでボス、どの飛行機ですか? というかチケットは?」
シュガーが質問すると、伸びをしたままの状態でボスが答える。
「チケットなんて要らないよ。乗るのは一般の旅客機じゃなくって、俗に言う、プライベートジェットってやつさ」
「……え」
絶句した。
プライベートジェットって、大富豪が見栄を張る為に買うんじゃないのか?
言わずもがな、言動や見た目から忘れがちだが、ボスだって立派な裏組織の長である。各課によって差はあれど、表社会よりも給料は高い。そんな組織のボスなのだ。
会合の移動中に襲撃されたこともあるため、その対策として必要だったのだ。
「えっと……どれだったかな。キリギリスちゃん覚えてる?」
「青いやつじゃなかったです?」
「え、おじさん白だと思ってたんだけど」
「……みなさん、覚えてないんですね」
普通、自分の、もしくはボスのプライベートジェットの外観を忘れるものだろうか。
年に二回も使っているのだし、せめてボスだけでも覚えているべきじゃないのか。
そんな疑問……と言うか文句を、胸の内にしまい込む。シュガーは、この人たちの価値観がおかしいことを再認識した。
「まぁ、パイロットが近くにいるはずだから、その人を目印にすれば良いさ」
「あ、そうでしたか」
ボスは「まぁ見ればわかるでしょ」と能天気に駐機場へ歩いていく。今日のためにパスポートを申請したシュガーは、無駄な苦労だったわけだ。
移動の途中で、キリギリスにパイロットについて話を聞いた。
「パイロットさんはどのような方なんですか?」
「
できませんけど?
というか見た目、パイロットじゃなくて船のキャプテンなんですけど。港にある名前のわかんないアレに足乗せてる姿めちゃくちゃ似合いそうなんですけど。
キリギリスからその姿を聞いた途端、不安になった。コスプレにしたって間違えている可能性があるのだから。
「あ、いた。おーいカラブネちゃーん!」
ボスがその姿を見つけ叫ぶと、聞いた通りの格好の大柄な女性が手を振っていた。
飛行機の色は水色だった。どっちも外れていたわけだ。
「おうボス! こちとら準備完了してんぜ! いつでも飛べらぁ」
「いつもありがとね。言ってた通り、今回は沖縄まで頼むよ」
「おう!」
元気な人だ。シュガーの頭の中にそんな言葉が浮かんだ。クラスに一人はいた、仕切るタイプじゃなくて、波を作るタイプの人気者を思い出した。
本当にそんな人なのか、すぐに知ることとなった。
「キリギリス、久しぶりだな!」
「お久しぶりです」
「シルバ、あんたまだやってたんだな。歳なんだしさっさと引退した方がいいぞ!」
「心配してくれてありがとう」
「……初めましてだな! あたしは
「しゅ、シュガーです。よろしくお願いします、カラブネさん」
「よろしく!」
屈託のない笑顔で挨拶され、期待を裏切ることのない性格だった。人の良さがこれまでかと滲み出ているのがわかる。
ボスと呼んではいるが、会合の移動時のみ協力しているだけで、《今際》に所属しているわけではない。
「よし、それじゃあ挨拶も済ませた事だし、とっとと乗れ!」
機内へ入り、すぐに空船とは別れた。運転するのだから当たり前なのだが、もっと話していたかった、とシュガーは思う。
あれだけ自信たっぷりな人間を見ていると、もっと話していたくなってしまう。自分には無いものを持っているからだろう。
想像していたより小さな飛行機は、横六席縦五席しかなく、しかし四人だけなら広さは十分だった。
「さぁて。どうせ、到着どころか離陸するまでにも時間かかるだろうし、何かして遊ぶ? 僕トランプ持ってきたよ」
まるで修学旅行だな、と修学旅行未経験のシュガーは思う。だからパスポートがないのだ。
それにしても。
ボスとトランプなんて、どんな面持ちで挑めば良いものか。接待するべきか、それとも本気で勝ちに行くべきか。そもそも付き合う必要もないのだが、断って良いものなのか。
「良いでしょう、その挑戦受けて立ちます」
「おじさんも良いよ。離陸すれば襲撃はないから、どうせ暇になるし。シュガーちゃんもやるよね?」
「あ、はい」
こんな感じなのか。
ボスとの初対面の時にいたのは、レインとリコシェだけだった。レインはいつも通りのノンデリっぷりをかましていたが、リコシェはちゃんとボスとして接していた。
今の二人を見ると、気を遣っているようには見えない。立場上リコシェは畏まっていたが、彼女以外はラフに接しているらしい。
「ババ抜きで良い?」
「なんでもどうぞ」
「おじさんが配るよ」
「あ、いえ、私に配らせてください。先生はごゆっくり」
「それじゃあ任せるね」
「仲良いですね、お二人」
「ねー。六課で誰が一番面倒見いいか、一目でわかっちゃうね」
「私だって身長が150センチ以下の女性なら、喜んで面倒を見ますよ。むしろ、頼み込んででも面倒を見させていただきたい」
「きもちわるー」
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