第25話 護衛メンバー

 六課事務室。七月十八日。今日は七名全員が揃っていた。


「それじゃあ……ボス護衛のことだけれど。誰か、立候補は?」


 沈黙が流れる。

 そりゃそうだ。新人二人は経験不足で、前線に出すには早すぎる。リコシェは課長であるのだから本部を離れるわけにはいかない。シルバは興味なさげ。

 レイン、シガー、キリギリスは、シルバとは違った意味で、護衛なんてやるもやらないも同じと考えている。何か起こっても「自分がいるから問題ない」と胸を張って言い切る連中だ。


「そうよね……そうだと思ったわ」


 リコシェが思考を巡らせる。


(あの三人は、できるだけ重要な場には出したくない……特にレインとシガーは絶対に何かやらかすからダメ! でも、丸二日の護衛と聞いてキリギリスが私から離れてくれるか……いや離す! あの二人に何かされるより、私がキリギリスに休日返上で幼児プレイされる方がマシ!)


 ここで、「二日間リコシェと会えずボスの護衛」と「プライベートでのキリギリスの幼児プレイに付き合う」という混沌とした交換条件が確定した。


(シルバさんには行ってもらうとして……シュガーとプドルはどうする? ボスの言ってたことも、あながち間違ってないし)

  

 もし五人が引退、もしくは死亡した時のためにも、できるだけ保険はあった方が良い。

 新人に経験を積ませる、という意味ではなく、現六課が死んだとしても、他の組織に新たな脅威として認識させるためだ。実力に見合わずとも、戦力として計算させれば、派手に手を出してくる組織はいない。

 

(あーもう、前回まで適任者がいたのに引退しちゃったし、今回からは慎重にならないと。問題を起こさず戦力としても申し分ない逸材なんて……うっ、胃がっ……)


 戦力として申し分ないトラブルメーカーと、常識人の新人。唯一の希望はシルバがいることだけ。

 本気で新人育成に取り組まなければ、次回の護衛メンバー選出もリコシェの胃を痛めることになる。それもシルバ任せになってしまうのだが。


「……決めたわ。ボスの護衛はシルバさんとキリギリス、見学としてシュガー。今回はこの三人に行ってもらうわ。良い?」

「まぁ、そんなところだと思ったよ」


 頼りの綱であるシルバは、リコシェに優しく微笑んだ。やはり救いはこの人だけだ。何を振っても荒立てずに解決してくれる。

 しかし、選ばれた他の二人は非難の声を上げた。


「待ってください! 自分はまだ新人ですし、先輩方のお邪魔になるはずです」

「私も護衛には行きたくありません。二日も拘束されるのでしょう? 課長といちゃいちゃする時間が減ってしまいます」


 やはりきた。

 六課異動からまだ一ヶ月も経っていないのに、見学とは言えボスの護衛を任せるなんて早すぎる。戦場になる可能性もあるのだから、反対するのは仕方ないだろう。

 それに比べて、私情百パーセント、想定通りのドン引き発言をしたキリギリス。こっちは良い、最悪の切り札があるのだから。


「シュガー。あなたはボスを守る側ではなく、護衛に守られる側よ。シルバさんとキリギリスがいるのだし、安全は確保されるわ」

「……ですがっ! 足を引っ張ってしまうのは事実です!」

「それなら大丈夫よ。あのボスが、大人しく護衛されるわけないでしょう?」

「…………」


 確かに。

 例え命を狙われている状況でも、焦ることもなく敵を煽る姿が想像できる。まぁ、その想像はレインをボスに置き換えたものなのだが。

 なんにしろ、一番足を引っ張るのは、護衛されるべきであるボスなのだ。それと比べれば、大人しく縮こまってられる新人一人守るくらい容易い。


「それでも嫌だと言うのなら断ってくれても良いけれど」

「……わかりました、行かせていただきます」

「ありがとう」

「ちょっと待ってください、私は嫌ですよ。課長との時間を犠牲にしてまでボスの護衛をするだなんて納得できません」


 無表情で抑揚のない話し方でありながら、頑として譲ろうとしないキリギリスに、リコシェはため息を吐きながら耳打ちした。

 混沌とした交換条件の内容を。


「受けてくれるわね?」

「もちろん。反対する理由がありません」


 キリギリスは欲望に忠実だった。


「必要なものは現地調達でも良いそうよ。沖縄でやるらしいから外貨両替は必要ないし」

「え、今回の会合って沖縄なの!? やっぱ私も行きたい!」

「ならあたしも」


 今まで黙っていたレインとシガーが、場所を聞いた瞬間に声を上げた。

 今までは、海外や日本のど田舎がほとんどで、リゾート地や観光地で開催されることなんてなかったのだ。


「ダメよ。もう決まったから」

「ねぇキリギリス、譲ってよぉ」

「お断りします。私には課長との大事な約束があるので」

「おじんは!? どうせ興味ないでしょ沖縄とか」

「興味は……まぁ、ないけど」

「なら良いじゃん!」


 特に行く理由などない、消去法で決まったシルバが、助けを求めるようにリコシェを見る。

 ただでさえ迷惑をかけているのだ、フォローはこっちで請け負おう。


「レイン、シルバさんを困らせないで。三人が護衛の間、あなたにはやってもらうことがあるんだから、どっちにしろあなたは留守番よ」

「えぇ、バカンスしたい」

「レイン先輩、もうアラサーなんだから若者に混じってビキニなんか着たら見るに堪えねーよ」


 言ったのはシガーだ。こんな口を聞くのは、と言うか、常時こんなに口が悪いのは、シガーだけだ。

 女性に歳の話なんて、タブーどころじゃない。それも、ギャルノリが抜けないレインにとっては、地雷も地雷だ。


「おいおいノッポビッチ、喧嘩ってんなら買うぜ? ちょっと若くて、ちょっと可愛くて、ちょっと筋肉質で背が高いからって、沖縄県民うちなんちゅの女が相手してくれるとでも思ってんの?」

「相手してくれる、なんて待ちの姿勢はナンセンスだろ。ビッチたるもの相手させてなんぼよ」


 どんな自慢だそれ。

 とにかく、この口喧嘩を止めねば。新人にどんどん事実がバレてしまう。シガーが女好きビッチってだけでも強烈なのに、これ以上ボロを出させるわけにはいかない。




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