第3章 第15話 怨獣カプリコーニュ

「そもそも、イェシ姉って女いけるのかよ……?」


カルの脳裏にはそんな考えが一瞬よぎったが、今はそれを考える余裕すらない。


黒羽りりぃは容赦なく迫ってきた。


怒りの感情を全身にまとい、カルに憎悪を叩きつけるように叫ぶ。


「カル!あんたさえいなければ!いや!いてもいなくても!スイレンと一緒に殺してやるよ!!」


その言葉にカルの心はかき乱される。


(イェシ姉がスイレンだった……それだけでもショックなのに、怨獣に変身するようになってしまった上に、他の女と関係を持っていたなんて……)


イェシ姉への尊敬と憧れが裏切られたような気持ち。


黒羽りりぃからの猛烈な怒りの矛先。


いくつもの感情が押し寄せ、限界を超えたカルの中で、何かが「プツン」と切れた。




「うるせえよボケ!」

いつものカルとは思えない怒声が戦場に響き渡る。


その瞬間、カルの体に異変が起きた。


筋肉がみるみる膨れ上がり、光の魔導士らしい可憐な姿が変貌していく。


黒羽りりぃにまとっていた黒いオーラがカルの方に吸い込まれていく。


そしてカルはそのオーラを纏いながら、徐々に恐ろしい形へと変わり始めた。



「どいつもこいつも……自分のことばっかり!自分のことばっかり!!」

カルは吠えるように叫び、周囲に禍々しい波動を放つ。


その声はもはや人間のものではなかった。


変化は止まらない。肌は灰色がかり、頭にはねじれた山羊の角が生え、瞳は赤黒く光る。


彼の背から突き出た黒い翼は怨獣の象徴そのものだった。


そして――。


「そんな……まさかこれは…うちが取り込んだはずのカプリコーニュ……!?」


黒羽りりぃがかすれた声で呟く。


カルはついに山羊の怨獣・カプリコーニュへと変貌してしまったのだ。


四つ足の獣へと、魔法美少年は変身したのであった。




黒羽りりぃの怒りや憎しみは、すべてカルに吸い取られていく。


その負の感情がピークに達したとき、カルの周囲を包む禍々しいオーラが「パリン!」とガラスが割れるような音を立てて消えた。


「……っ!」

オーラが消えた瞬間、黒羽りりぃはその場に膝をつき、力尽きてしまう。


魔力も、気力も、すべてカルに吸収されてしまったのだ。


「……もう、勝てない……」

黒羽は息も絶え絶えに呟く。


彼女の瞳には、怨獣と化したカルの姿が映るだけだった。


闇の魔導士は負の感情をエネルギーにして戦う。


今の黒羽りりぃはそれらを全て吸い取られて無力化してしまっているのだ。





「こんなもの……どうして僕が……」


カプリコーニュとなったカルは、自分の姿を見下ろし、苦悶の表情を浮かべる。


だがその体はすでに彼の意識を超えた存在となり、制御不能な力が周囲を破壊していく。


(……イェシ姉……僕を……救ってくれ……)


そう呟きながら、カルの意識は闇の中に沈んでいった。


突然、身に覚えのない記憶?が大量になだれ込んできた。


一家無理心中するシーン、恋人に死なれるシーン、苛烈なイジメを受けているシーン


あまりにも悲惨な記憶のオンパレードで、カルはショックのあまり意識を失ってしまった。



そして、その瞳に宿るのは――人間だった頃の温かさではなく、怨獣としての冷徹な光だった。


運命の歯車は、もはや誰にも止められない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る