第3章 第1話 煽ってくる後輩

あれから2ヶ月が経った。


闇の魔導士スイレンとの出会い、そして仲間たちの突然の失踪。


あの事件があまりにも衝撃的すぎて、時が経ってもその記憶は鮮明に残っていた。


だが、カルは今、目の前に迫った現実に向き合わなければならない。


「怨獣(おんじゅう)が暴れてるって?またかよ……」


カルはぼんやりとした視線で報告を受けた。


京都市左京(きょうとしさきょう)区の出町柳(でまちやなぎ)で発生したという白いカラスの怨獣についての報告だった。


最近、怨獣の発生が異常に激しくなっている。

それに伴い、失踪者も続出している。

死んでしまったのか、怯えて逃げてしまったのか。それとも、上位魔導士たちのいわゆるパワハラが原因なのか――カルには答えの出ない疑問が渦巻いていた。


さいわい、カルの知ってる限りはまだ誰も死んではいないが


だが、今はそんなことを考えている暇はない。


「カルさん、行きましょう!」


隣でBランク魔導士の橋本拓海(はしもとたくみ)が声をかける。


カルよりも後輩である彼は明るくて無邪気な顔で、でも何か言いたげな様子だ。


「了解」


カルは素早く頷き、現場に向かう準備を整える。


出町柳(でまちやなぎ)に到着するまで、あっという間だった。


今回車を運転しているのは、Cランクの魔導士、石黒誠(いしぐろまこと)、通称イッシーだ。


筋骨隆々の体を持つ男で、普段は無口で無愛想だ。車内の空気はいつも以上にピリついていた。


「いやー、Bランクの僕とAランクのカルさんが同じ副隊長なんてウケるっすね。今どんな気持ちっすか?」


橋本拓海(はしもとたくみ)がからかうようにカルに話しかけてきた。

何を言われようと、カルはそのまま黙っていたが、拓海はしつこく笑っていた。


「あー、俺、Bランクっすからね!カルさん、Aランクで副隊長って、ちょっと気まずくないっすか?」


カルは目を細め、そんな拓海を見た。


正直、彼の気持ちは分からなくもない。


でも、今はあまり気にしていない。


むしろ、拓海のような明るい奴と一緒に戦えることに少し安心感を覚える自分がいた。


「ほっとけよ、拓海。お前も頑張れよ」


カルがそんな風に言うと、拓海はびっくりした顔をしてから、にやっと笑った。


「あ、そっか、そうですよね。じゃあ、カルさんの足を引っ張らないようにしますよ!」


石黒誠(通称:イッシー)が突然、ぽつりとつぶやいた。


「Aランクのくせに、魔法美少年とか言って、女みたいな見た目してるから舐められんねん。戦場じゃ、そんなの役に立たん」


車内の空気が一瞬で重くなる。カルはその言葉を聞いた瞬間、少しだけ息を飲んだ。


だが、すぐに顔を向けずに沈黙を保つ。


「……おいイッシー、お前何言っとんや?」


拓海の声が鋭くなった。


普段はおちゃらけている拓海だが、この時ばかりは真剣だ。


「何や? Aランク様に何か文句あんのか?」


石黒誠(イッシー)はただ黙っている。


言葉を返さないまま、無表情で窓の外を見ている。


「ええか、俺に言わせんなよ。Cランクのくせに、Aランクを馬鹿にすんな。俺よりも格上やぞ。分かるか?んで、可愛い見た目の人間に対してお前が偉そうに出来る資格でもあるんか?」


拓海の言葉が石黒誠に向けて放たれた。


彼はそのまま無言を貫き、しばらく沈黙が車内を支配した。


普通の環境下なら寡黙で筋骨隆々な石黒を軽んじる者は誰も居ないだろう。


しかし、魔導ランクと言う明確な序列で形成されているこの界隈では全く違ったのだ。


小さく石黒(イッシー)の舌打ちの音が聞こえた気がした。


その後、出町柳に到着した頃には、すでに白神義影(しらがみよしかげ)と天海(あまみ)トウヤが率いる本隊は戦闘を開始していた。


しかし、カルたちは遅刻してしまい、その結果、二人の隊長から厳しい叱責を受けることとなった。


「遅いぞ、遅刻は許さん」


白神義影の冷徹な目がカルを見据える。


その一言で、カルは思わず肩をすくめた。


「すみません……」


天海トウヤも同じように視線を向けてきたが、その目にはどこか無関心が混じっている気がした。


「気を引き締めて行け。現場はすでに戦闘が始まっとる。お前らはただの副隊長やない、戦士として戦う覚悟を持て」


カルはそれを聞いて、心の中で静かに頷いた。


白神のやり方は間違ってると思う。

だが、従うしかない、、、


また前みたいに民間人の犠牲を顧みない闘いをするのだろう。そのとき僕はどうすればいい?


今、この瞬間も彼の中で何かが変わっていく気がする。2ヶ月前の闇の魔導士スイレンとの出会いが、カルの中のもやもやした感情をさらに増幅させていた。


――言葉に出来ない感情が、この先何をもたらすのか、カルにはまだ分からなかったが、何か大きな波が来る予感だけは強く感じていた。


戦いの準備が整う。怨獣の影が迫り、闇の力が絡みつく――全てが、これからの戦いに繋がっていくのだ。

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