***番外編小話【秘密のトンネル】***


「ふわぁ~! おはなのトンネルだっ」


 キャサリンたちは子供二人を連れて、王立庭園に来ていた。

 そこには大人二人がゆったりと立って歩けるようなアーチ状のトンネルがあった。

 咲き誇った色とりどりのバラが美しい。

 宝石みたいな赤い目を輝かせ、キャッキャッとはしゃぐ息子二人にキャサリンとオーウェンは目を細めた。


「母様の実家のお庭にもトンネルがあったのよ」

「かあさまのおうちのトンネル……みたことないです」

「レオナルドが生まれる前にお庭を大改装してね。トンネルなくなっちゃったの」

「どんなのだったんですか?」

「大人はすっごく小さくならないと通れないくらいの大きさでね。今のレオナルドなら走って通り抜けられるくらいの……──秘密のトンネルなの。通り抜けた先にはね、子供の頃の母様が大好きな場所があったの」

「なに!? トンネルとおったら……なにがあるの!?」


 早く教えて! とドレスの裾を引っ張りながらレオナルドが見上げてくる。

 敬語を勉強中だけど、まだ感情的になるとすぐに口調が戻るのがかわいい。


「ふふふっ! 秘密のトンネルを抜けるとね、一面のお花畑とブランコと……木の上におうちがあったの。子どもだけのツリーハウスだったのよ」


「えーーっ! ツリーハウスって、えほんにでてくるあのおうち? いいなぁ。ぼくもあそびたかった……」

「母様も見せてあげたかったわ」


 子供しか素早く通れない緑のトンネルを抜けた先にはツリーハウスがあったが、残念ながら庭の大改装と共になくなってしまった。

 ツリーハウスから見ると迷路のようになった庭の造りや屋敷の様子がよく見えて、なんだかワクワクしたのだ。


「我が家にもツリーハウス作ろうか?」


 残念そうなレオナルドを見て、オーウェンが提案する。

 レオナルドはうーん、と首を傾げ悩んだあと「……ううん、いらないです」と言った。


「だってあぶなそうだから。でも……ちょっとだけみてみたかったなぁ」


 レオナルドに向かいトテトテとアンバランスに歩いてくる満面の笑みの弟を見つめながら、呟いた。


「にーしゃ!」


 ガシッと小さな身体がレオナルドに抱きつくと、レオナルドもぎゅっと抱き返し、破顔した。

 弟がかわいくて仕方がないらしい。

 小さな弟がツリーハウスを登り、危ない思いをするのを心配してるのだろう。

 確かに下の子だとかなり危ない。というか無理だ。

 レオナルドが遊んでいたら、下の子も気になってツリーハウスに登りたがるだろうし。


「とうさま、かあさまっ! はやくっ!」


 トンネルをどんどん進んでいく息子たちが、キャサリンたちを振り返り手を振った。


 ──もうなくなってしまったあのツリーハウスが、もしもまだ実家に残っていたとしたら。

 下の子はまだ危なすぎるけど、レオナルドだけなら連れて行けたかもしれない。

 

 あの小さなトンネルを抜けた時の光景を目にしたら、どんな反応をするだろう。

 色鮮やかで、手作り感あふれるあのツリーハウスを見た瞬間、キラキラと目を輝かせはしゃぐことだろう。

 でも……。

 たくさんはしゃいで遊んで、ふと冷静になったときに……彼はきっと弟のことが恋しくなるんじゃないか。

 あのツリーハウスで一人、泣いてしまうかもしれない。

 本当はとても寂しがり屋だから。

 やはり下の子が大きくなったときに遊べる場所を作るのがいいなと思った。


 「すぐ行くから待って」と子供に言うと、キャサリンにオーウェンが手を差し出した。

 赤い両の瞳がキャサリンを見つめ、やわらかく緩んでいる。 

 木漏れ日の中、愛する人と共に歩くその先には、何よりも大切な宝物がふたつ。


 ──病魔が王都を襲い始める半年前の、ある昼下がりのことだった。


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婚約したばかりの公爵子息が「俺たちの子だ。……多分」と子連れでほざいてきたので、とりあえず殴ります。 月白セブン @Tsukishiro_Seven

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