今週のはなし

@ihcikuYoK

今週のはなし

***


 試験期間の到来というのは、あまねく学生たちにとってたいてい憂鬱なものである。

 そしてあまり知られてはいないが、第六感持ちの学生たちにとっては地獄の始まりでもあった。

 その能力が“予知”の類であればなおさら。


「……毎年言ってますし今季の診断書にもある通り、私の第六感はクイズ番組の答えがCM前にわかる程度の、ほんの些細な予知なんです。

 しかも自分の意志でできるような便利さもないので、試験問題の予知なんて大きなものはまずできません。皆から隔離する必要も意味もないんですよ」


 放課後に時間をつくってくれた担任は、腕を組んだまま「う~~ん……」と唸った。

「海野の気持ちもわかるが、学生能力者の試験期間での隔離はお国が決めてることだからなァ……。海野だけ一般学生と同じように扱うわけにはいかないんだよ」

「……他の能力者は試験の結果がわかるくらい、何日も先の予知までできるような子たちじゃないですか。私のちょっとした第六感とはレベルが違うのに一緒くたにされて、おまけに1週間近くも隔離だなんてあんまりですよ」


 隔離される能力者は、たいてい試験の成績が良い。

 別に能力のおかげではない。試験前後の合わせて約1週間、国が指定したホテルの一室にそれぞれが押し込められ、スマホもテレビも使用を許されず、勉強以外にすることがないからどうしたって良くなってしまうのである……。


 これがホテルの名に相応しい豪華な宿泊施設ならまだ慰めにもなるのだが、狭くて小さくて窓も小さいのがひとつしかないような、いわゆるビジネスホテルの一室に缶詰めにされるのだ。

 おまけに能力を使っての不正防止のためと言われ、スマホやゲームなどの個人的な持ち物も取り上げられ(予知以外の第六感にいくらか関係があるらしいが)、試験日の数日前から試験を終えた数日後まで(試験日だけじゃなく前後数日隔離するのも予知以外の第六感と関係があるらしいが)、その小さな空間で家族や友達と連絡すら取れず、かといって他の学生能力者と関わることも許されず、孤独に勉強をするハメになるのである。

 

 いくら予算がないからって、遊びたい盛りの学生を狭い一室に閉じ込めるなんて……。それも何日も先まで読める能力者ならまだしも、私の予知なんてあってないようなもので、一般学生とほぼ大差ない。

 ずっと前から決められているお国の規則と言われても、迷惑極まりない話だった。


 深いため息が漏れた。

「……先生、私知ってるんですよ。

 私たちみたいな能力者が小さな一室に閉じ込められている間、皆がどれだけ仲良く楽しく試験勉強と称して集まって、試験終わりには浮かれ気分で街に繰り出し遊んでいるか……」

 それに混ざれないことの切なさたるや、筆舌に尽くしがたかった。私だって試験終わりの日にみんなとカラオケ行ったり、ファミレス行ったりしたい……!

 能力者がホテルから解放されるのは試験の数日後である。

 そのころには一般学生の解放感もすっかり落ち着き日常に戻っていて、こちらの解放感とは大きな温度差ができているのだ。


「でもな海野」

「なんですか」

 大人の説得モードである。普段は従順な学生が、試験が近づくたびにこうやって愚痴じみた文句をこぼすので、先生もいくらか哀れんでいるようだった。

「たぶん聞いたことくらいあるだろう。

 些細な第六感ほど飛躍する、大きな第六感ほど失われるのが早い。そういう統計がもう出てるんだ」

 もちろん知っていた。そしてその境目になりやすいのが、私と同年代の高校生前後である。

 能力者の大半は年齢を重ねるごとに力を失ってゆき、大人になるころには無能力者に戻っている。

 だが稀に、年を重ねても能力を失わない者もいる。

 そのほとんどが、気のせいに近いごくごく些細な能力者たちである。そしてさらに稀なことに、その些細な能力が10代後半から20代に差し掛かるころになって、何の前触れもなく突然飛躍する場合があるのだ。


「どうせ私の第六感はショボめの予知です。飛躍しないとおかしいくらいちょっとしたものですけど」

「、先生はそんなこと言ってないぞ。些細なものでも立派な予知だ、転びそうになったのを海野に助けてもらったって生徒が何人もいるしな」

その代わり、予知できず目の前で転んだ人には文句言われますけどね、と内心うなだれた。

 それでも私は自分の第六感を気に入っていた。

 助けられる数と範囲は実に狭いが、階段から落ちかけたクラスメイトが無事だとほっとするし、車に轢かれかけた幼馴染が無傷で済むならなによりだ。

 些細な力だからこそ、余計そう思うのかもしれない。この予知はすでに私の一部だ。


「先のことはわからんが、海野の予知も明日にでもとんでもない先まで見通せるようになる可能性があるわけだ。そうなると試験の不正もし放題になってしまうし」

「……仮にそうなったとしても、そんなことに能力なんて使いませんよ」

 教師は意外そうな顔をした。ずっと無能力で育った人は、こういった反応をよくする。

 彼らにとって私たちの第六感は、自己実現を助ける幸運なものとして映っているのだ。

 だが実際の能力者たちは違う。自分の能力がいつ失われるかもわからないから、愛着のある者は失うことを恐れ怯えているし、嫌な思いや怖い思いをした者はどうか早くなくなってくれと願っている。

 たいていは、誰かの無理解や偏見から自分の心を守ったり、家族や友人が困らないようにするだけで精いっぱいだったりする。


「じゃあもしもっと強い予知ができるようになったら、どうするんだ?」

幼馴染の呑気すぎる笑顔が浮かんだ。結局私も同じことをするのだろう。

「今と変わらないですよ。家族友人が事故や怪我をしないように気を遣うくらいです。そういう大きな予知もできたとしたら、ですけど」

先生だってそうですよね? と問うと、慌てて作り笑いをして、もちろんだと笑った。

 個人的な楽しい予知しか想像しなかったなこの人、と呆れた。


 数十年先まで見通す予知を持って生まれた幼馴染は、幼稚園児のころにその能力を失った。幼かったので私もあまり覚えていないが、期間で言えばたったの数年ぽっちだったという。

 彼は自分の能力が完全になくなる日もすでに予知しており、失う直前までクレヨン片手に画用紙へ熱心に何か書きつらねていた。幼い私はそれを横で見ていた。

『まーくんそれなぁに?』

『だいじなことー』

 いつどこで誰がこういう目に遭う、とかそういう類のものだった気がする。

 そして時間が来るとクレヨンを放って、彼は私の母と喋っていた母親のもとへ走っていって飛びついた。

『おかーさん、まーくんもうあしたのことわかんない』

喪失感とは程遠い、実に晴れやかな顔であった。


 そして私は、相変わらず少し先のことしか予知できないままだ。

 どうもお国の前回の測定では、数秒先から数分先まで少し範囲が広がっていたらしいが、とてもじゃないが飛躍とはいいがたく誤差みたいなものだろう。

 すごい予知なんてこれからもできなくて構わないと思っている。もし恐ろしいものが見えてしまっても、受け止めきれない気がした。


***


「~~ただいま!」

 おかえりーとなんとか返事をした。ビジネスホテルに缶詰めにされていた幼馴染が、土曜になってやっと自宅へと帰ってきたのだ。

「やっと……! やっと解放された……! ね、ね、試験終わったしなんかしよ! 遊ぼ!! お菓子バリバリ食べて夜更かしして遊び倒そ!!」

 普段はむしろ冷めた態度なのに、試験明けの幼馴染はだいたいこうである。閉鎖環境のストレスから解き放たれて、若干のハイ状態になっているのだ。

 こずえの弟は炬燵の対面の穴に足を突っ込んだまま、仰向けに寝転がった状態で口を開いた。

「姉ちゃん、テスト終わったのなんてもう何日も前だよ」

「だからなに。こっちはもう毎日ツラくてツラくて」

弟が放った冷めた声に、こずえは身を震わせた。

「試験終わってからもロビーにすらいさせてもらえなくてすぐ部屋に帰されて……! 誰とも連絡できないし……!」

「かわいそう」

「そう言われたら言われたでなんかヤだ……」

と溜め息をついた。


 ぼんやり見上げていたら目が合った。

「? 雅樹も来てたんだ」

「なんなら俺は颯太より先に海野家に着いてたからね」

「ふつう、自分ちに先帰るでしょなにやってるの? ……? なんか疲れてるの?」

フッ、と鼻から息が漏れた。

「だってずーっと試験受けてたから……」

「皆は3日だけでしょ」

3日じゃ済まなかったんだよ……とは言葉にできず、俺は黙って海野家の炬燵机に沈み込んだ。


 いわゆるタイムリープというやつである。

 予知能力を失ってから10年ほど経ち、高校生になってから自覚した次の能力であった。害どころか有益性もないので誰にも言っていない。

 タイムリープなんて証明する術もないし、だいたい第六感関係はお国の審査をいくつも受けてようやく診断がおりて、それからも定期的に能力の変化を調べられたりと、それに関わる手続きが死ぬほど多い上にどれもこれもが面倒くさいのだ。


 タイムリープは同じ日を何回も何回も繰り返すという、いわゆるそういうアレで、恐ろしいことに今回俺は試験2日目に1週間ほど閉じ込められていたのだ(自覚できた日数がそのくらいなので、無自覚の期間を含めたらどれくらいいたのか考えたくもない)。

 好きな科目ならまだしも、苦手な理数系の試験を1週間も受け続ける羽目になり、途中でうっかり本気で泣いてしまいそうになったりした。サボればいいと思うかもしれないが、厄介なことに俺のタイムリープはいつ終わりが訪れるのかわからないのである。

 サボった日がもし最後のタイムリープになれば、試験日2日目がオール0点で留年確定となってしまう。いくら俺が楽観的でも、そんな無謀な博打はできない。


 かといって、嫌いな科目のテスト問題を覚えておいて家に帰ってから勉強して、というのもできないのであった。

 なぜなら俺が自分のタイムリープに気づくのは学校で問題を見た瞬間であるし、なによりそんな理由でも勉強しようと思えていたなら、そもそも苦手科目になんかなってない……。

 時間があろうが問題がわかっていようが、それでも手を付けたくないのが苦手な科目というやつなのである。


 こんな能力なら、ない方がマシであった。


「……どうせならもっと役に立つ能力が欲しかったな」

「お、私の予知に喧嘩売ってる? クイズの答えなんか見たってしかたないって? 食べる前に酸っぱいミカンか甘いミカンかわかるときだってあるんだけど??」

「こずえは知らないみたいだけど、こずえの予知はいい能力だよ……。俺だって、甘いミカンかわかりたいもん」

ミカンの袋を差し出したが、いや今はなんも見えない、とキッパリ首を振られた。

 テレビのクイズの答えがCM前にわかるなんて、ミカンが甘いか甘くないかわかるだなんて、たとえそれが本人の意図したタイミングでできなかったとしても、なんの活用もできない惨めなタイムリープに比べれば心から素晴らしい力だと思う。


 颯太がようやく身を起こした。

「姉ちゃんの軟禁解除祝いにゲームでもする?」

「おけ」「おけー」

3人でやるの久々じゃん? と嘯きながら、投げやられたコントローラーを受け取った。

「――ん? いまもしかして予知戻ったかも。俺たちが颯太にボコボコにされる未来が……」

「うんいつものことだね」

 戯言を述べつつ、動かすキャラクターを選ぶ。誰がなにを選ぶかは、もうだいたい決まっている。

「あのさー。どっちか、もしオレに勝つ予知見えたら教えてよ。覆すから」

やだーカッケェー……と口から洩れた。


 颯太はゲームがうまい。その道のプロかというくらい、どんなゲームをさせてもうまい。

 いつもよくわからないうちに一瞬でボコボコにされるのだ。別に俺とこずえが下手なわけではない。他の相手とやれば俺たちだって充分強いほうなのだが。

 ついでに言えば颯太は頭も運動神経もよかった。近所の高校に進学した俺たちと違い、颯太は中学受験をしてエスカレーター制の私立の学校に通っていた。


 そんな颯太は一般学生で、第六感の類はこれまで一度も、それもひとつも見つかっていない。

「……ある意味、颯太も第六感持ちみたいなもんだよなー」

「えー? なんの?」

「んー……。ゲームつよつよ系のなんか、っヤバ!!」

 慌てて逃げるも、画面の中ではとんでもない早さで間を詰められていく。

「! あっヤだヤだちょっと待っ、」

「いやいや待って、待ってムリこれ、たすけて、」

「待たなーい」

命乞いをあっさりと退け、今日も俺たちは颯太に瞬殺された。


fin.

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