試験会場の罠

「勇者候補の皆様!!王都へようこそ!!」


 勇者認定試験の期限ぎりぎりについた2人がみたのは、勇者志望者の歓迎ムード一色に染まった王都だった。


 勇者志望者と申し出ると、門番もあっさり通してくれて試験会場である宮殿内の広場に直ちに案内される。そこで2人が試験官へウッドゴーレム百体あまりの魔石を提出すると、会場でどよめきが起きた。


「おい、ウッドゴーレムを百体も倒した奴が来たぞ」

「巣に到達するだけでも大変なのにな」

「美少女と野獣だ」

「最終日に有力候補の登場だな、面白くなってきたぜ!」


 新たなライバルの登場だが試験会場は盛り上がる一方だ。それも無理はなかった。志望者を歓迎すると称して、酒と食事が無料で提供されているのだ。明日の勇者の発表を控えて、会場は前日祭の様相を呈していた。


「すごいすごい!大きなお祭りみたいっ!」


「アリシアは楽しんでこい。おれはおんぶで疲れたから休ませてもらう。」


「え、そんな……じゃあ私も休みます。」


「冗談だ。賑やかな場が苦手なだけだ。軽く食事だけしていくか。」


 コウスケとアリシアは、ひとしきり食事を楽しむと旅の疲れと試験に間に合った安堵の気持ちから、会場内の一角に設けられた宿泊場所――テントも小屋もなく雑魚寝するだけの場所だったが――にて早々に寝入ってしまった。





 深夜、会場内は煌々とした灯りに満ちており少数の冒険者達が酒を飲んで騒いでいたが、大半の冒険者は酔っ払ってそこかしこで眠りこけていた。


 賑やかな空気が流れる中、会場を取り囲む城壁の上から突如として矢と魔法が降り注ぐ。さらに会場内へ完全武装した兵士が続々となだれ込み、志望者達を草でも刈るように殺していく。


「な、何がおきてるんだっ?!」

「くっそ、王国の連中に騙されたっ!」

「力が入らない……酒に毒でも入ってたか。」


 宿泊場所は城壁のそばに設けられていたため、矢と魔法の激烈な攻撃をいきなり浴びてしまい、寝ていた冒険者の大半が為す術なく死傷していた。


そんな中でもコウスケは、練達の忍者らしく当然のように無傷だったが――


「アリシア!大丈夫かっ!」


 1本の矢がアリシアの体を深々と貫いている。腹部を貫き血が止まらない。矢と魔法の攻撃が続く中、アリシアを抱えて難なく物陰へ移動したコウスケだったが、かつてない後悔の念に襲われて吐きそうになっていた。


「アリシア、本当にすまない。この程度の奇襲、少しでもアリシアのことを気にかけていればっ」


 自分の身をただ守ればよいことに慣れすぎていた。何より勇者試験を夏休みの暇つぶしと思って舐めていた。おれは大馬鹿者だ。


「ごめんね、コウ……。私、ドジだから……」


「アリシアのせいじゃない!王国の奴らが悪いっ!」


 アリシアを助ける術がないのは明らかだった。冒険中に死ぬならまだしもこんな卑劣な騙し討ちで死ぬなんて。


「王国の奴らを必ず殺してやる!!」


 瞳術さえ使えたら国王の命にすら届き得るのに。後悔と復讐の念で胸が張り裂けそうなくらい苦しい。そんなコウスケを宥めるように、アリシアが優しい声で話し始めた。


「……コウくん。私、最後に思う通りに生きて、コウくんにも出会えた。こんな結末だけど、本当に良かったと今でも思ってるの。」


「……おれもアリシアと出会えてよかった。」


「ありがとう。勇者になれなかったのは心残りだけど。」


「大丈夫。オレがアリシアを勇者にする。」


「ほんと?嬉しいなぁ。そしたら、いっぱい冒険しようねっ」


 アリシアの声は、弱々しいが死を予感させない明るさを伴っていた。だが、そんなアリシアの目にも徐々に涙が浮かんでいく。


「……悔しいなぁ。やっと私の運命を変える人に出会えたのに。そうだ、コウくんは本当の名前なんていうの……?」


「コウスケだ。コウスケ・カゲサキ。」


「……素敵な、名前だね。ありがとう……」


「アリシアっ!!」


 アリシアの瞳に俺の顔が映る。こんな汚い泣き顔じゃだめた、せめて笑顔で見送らないと。コウスケは涙を流しながらも精一杯の笑顔を作ろうとする。


 その時、コウスケの脳裏に閃きが走る。


 首領は「瞳術を他人に使うな」と言って封印した。ならば、自分に瞳術を掛けたらどうだ?


 術の対象者を狂戦士に変える瞳術、“悪鬼ノ影舞”を自分に掛けたら……国王だって殺せるかもしれない。


自身に瞳術を掛けると解除が非常に難しい。ましてや、己を狂戦士に変えてしまう瞳術となると絶望的だ。


 ――それでもアイツらに思い知らせてやる


 瞳から光が消えていき体の熱を失っていくアリシアの身体を抱えながら、コウスケは復讐の炎に胸を焦がせていた。



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