楽屋裏
(……何考えてんだか、本当に)
心底げんなりとしながら、肩を落として去っていた
ただ、言葉を交わす度に、呆れと失望が増し、会話を続けるのが億劫になっていった、というだけで、自分が想定していたほどの怒りは湧いてこなかった。
とりあえず――最低限の義理は果たせた、だろうか。
それなりに話し込みはしたのだが、要約すれば、
『どうかバカ娘に、現実というものを教えてやって欲しい。
甘ったれた性根を、叩き直す為のきっかけが欲しい』
と、まあ……最初から、あれへの拒絶を前提としたもの。
流石に、
まあ……言葉の端々から察するに、ひょっとしたら、あわよくば、くらいの事は考えていたかもしれないが。
生憎と、そこまで世話を焼いてやるつもりはない。
(ってか、会ってみて分かったが……中身の方は、悪い意味で変わってなかった。
もう三十路を超えて、未だに悲劇のヒロインを気取りのあの調子じゃなあ。
……そりゃ心配にもなるか)
聞けば、あの時、彼らにとっての、一人娘を止める事が出来なかった事に、負い目もあったのだそうだ。
例え当人には嫌がられようととも
正直に言えば、遅かった。
更に言うなら、それくらい自分たちだけで何とかして欲しいところではあったし、受ける義理など、無かったと言えば、無かったのだが。
最終的には、ある程度の対価に加え、
で、その結果は、先の通り。
しかし――あまりのお花畑ぶりに、早々に会話を打ち切りたくなる衝動に耐えて送った、こちらの
一言で纏めれば、
『いい年こいて甘ったれた事ぬかしてないで、大人になって現実を見ろ』
たた、それだけのことなのだが。
(……まあ、十分の一でも伝わってりゃ御の字ってとこか。
どの道、あれ以上は関わりたくねえし)
再び、自然とため息が漏れる。
当人は、随分と、現状が生きづらいと思っているようだが……
結局の所。あの女が今支払っているのは――自由恋愛のツケ、それだけだ。
自由に相手を選べるという事は、それによって齎されるトラブルの責任はすべて自分で背負わねばならない、ということでもある。
それが出来ないのであれば、そもそもが自由恋愛などする資格がない。
こうなっているのは、半分はあの
(にしても……大分老けてたなあ、
明らかに、記憶の中にある姿のそれと比べ、現在の
肌に張りは無く、顔に小皺が刻まれていた。
そしてその衰えは、これからもどんどん加速していくだろう。
(……まあ、俺もすっかりおっさんだしな)
最近、脂っこいものが受け付けなくなってきたし、
少し激しく動いただけで、すぐに息が切れる様にもなり……
ある程度の睡眠時間を取らないと、身体が持たなくなってきたのに――疲れが抜けきる事も無い。
容姿に関しても――まあ、言わずもがなだ。
もう、身体が
そして、それを一種の諦観と共に、受け入れざるを得ない。
これが老いるという事で、大人になっていくということなのだと。
(で、
恐らく、ぼんやりと年齢を重ねている事は認識しつつも――確定された、破綻の時までだらだらと、気持ちだけ若い頃のまま、ここまできてしまったのだろう。
極めて呑気に、漠然と、幼稚なままに。
浅く、薄っぺらい
実際、上っ面の魅力を失った
その癖、今の現状には不満を覚えているというのだから、まあ。
(やった事を考えれば……相当に恵まれてる方なんだがな、あれでも)
何せ両親にはまだ見捨てられていないし、若さと魅力を浪費しつくした事を受け入れた上で、分相応な生き方ができるなら、まだまだ選択肢はいくらでもある。
若さは誰もに平等に訪れるものではあるが、基本的に有限で――二度と取り返しはきかない、一度きりのもの。
世の中の大多数の人間は、それを飲み込み、必死に懸命に生きているのだから。
ただまあ……俺はこれ以上関わるつもりはないし、興味もない。
今更、あの
それこそ
俺は俺で、自らの現実を生きる必要がある。
「ま……後は、精々勝手にがんばりゃいいさ」
それだけ、声に出して呟いて、俺は次の用事を片付けるために、ゆっくりと立ち上がった。
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