会談
(長閑だ)
そんな外交官の面々は教習所でしか経験したことがないような徐行車両から、窓の向こうの風景を観察して半分程は呆れの感情を抱いた。もう半分は実体験として持っていない筈の郷愁だ。
草で編んだ帽子を被って畑にいる農家の夫婦、井戸で水を汲んでいる若者、鶏の面倒を見ている子供、川で釣り糸を垂らしている老人。
古き良きと言えば響きはいいが、動力付きの機械などどこにも存在せず全て人力で行っているのは、ルラノーア国の人間にすれば刑罰に等しい。
(早く“保護”した方がいいな)
このままでは、未開の国が他国の食い物にされる危惧を感じた外交官達は、一刻も早い保護の必要性を感じ、今後の予定を勝手に決めていく。
「あれが……そうか……?」
長閑な光景ばかりだったが、外交官達の視線の先には壁のような物が現れ、まさかあれが大王のいる首都の城壁なのかと戸惑った。
それはどんどんと近くなり、先導するソハヤが道を変えなかったことで確信となる。
「ようこそ京へ。ここからは徒歩になります」
(なんとまあ……ここが大王のいる京と言うなら首都なんだろう?)
(全部木造なのか。二階なんてどこにもないぞ)
(粗末すぎる)
城壁ではなく単なる壁のような物に囲まれた土地の、異国情緒溢れる門の前に立った外交官達は、その隙間から見える光景に絶句した。
石畳もなく剥き出しの地面、高層建築とは無縁の木造家屋群は首都を構成する要素とは程遠く、分かりやすく言えば外交官達は侮った。
「どうぞ」
チハヤが促し歩を進める一行は、事前に通達があって人がいない大通りを進む。
ただ、煌びやかさの欠片もない通りだったが清潔で、犬や動物どころか人の糞尿に溢れていることを覚悟していた外交官達は、その点だけ胸をなでおろした。
(流石に掃除をしてくれてるか)
これについて外交官は、自分達という使者が来るのだから準備や掃除くらいはしてくれたのだろうと思い、当然のことだったなと受け止めた。
「こちらに大王がいます」
更に進むと都の中にもう一つ門があり、ここからが宮殿や王城のようなものだなと判断した外交官達は気を引き締めた。
しかし、彼らが案内されたのは立派な木造建築の中ではなかったし、人が集まっているのは庭や広場のような空間だ。
「大王、使者殿をお連れした」
「ご苦労様、チハヤ先生」
奇妙だ。
きちんとした宮殿があるのに、ソハヤが大王と呼称した白石は庭から建物に上がるための階段に座り、外交官達を観察している。
「いやあ、ようこそようこそ島の国へ! 大王なんてものをやってる白石です! 姓はありませんので気軽に白石と呼んでください!」
立ち上がった白石が気さくな雰囲気で挨拶をするが、あまりルラノーア国の人間には感銘を与えなかった。
(普通だ)
(そこらにいる中年だぞ)
(服……?)
彼らから見た白石は、服とも言えないようなくすんだ黒い布を纏っている覇気のない中年だ。
大王と名乗った割には気品や勇ましさ、厳格な雰囲気など微塵もなく、夜の酒場にでも行けば誰も気が付かないだろう。
寧ろ控えている大柄な武者達の方が余程威厳があり、どちらが主か分かったものではなかった。
「あ、やっぱり中の方がよかったですかね? 残念ながらここ暫くずっと危ないもんでして、当分は外でお話をさせてください。ささ、どうぞ椅子に座ってお話ししましょう」
気のいい中年そのものの白石が妙な提案をしたが、食人でも勧められないならルラノーア国の人間も受け入れやすい。
ここに、奇妙な会談が始まろうとしていた。
◆
「いやあ……国々の集団転移とは不思議なこともありますねえ」
一通りの挨拶を終えたアロンソは、ルラノーア国の現状や各国の大雑把な説明を行い、白石にどれだけ世界情勢が混沌としているかを刻み込んだ。
「それにしてもなぜ言語や文字が通じるのでしょうね?」
「はい。学者が色々と考えてはいるようですが、全て非科学的なものになります。まあ……今現在がまさに非科学的なのですが……」
白石の言葉にアロンソが頷く。
その世界情勢を白石が全て理解したとは言い難く、単純にして大きな疑問に注意が逸れた。
異なる世界の国々が接触を果たした三週間程前、各国はどうして言葉や文字が通じるのかという疑問が溢れたのだが、具体的な理由についてはなんの見当もついていなかった。
「ふうむ。自分が生まれるよりかなり前の話なのですが、異国の人々が傲慢になって塔を作り天を目指したことがあるそうです。しかし怒ったその神は塔を崩し、共通の言語を操っていた人々への罰として、異なる言葉を植え付けたとかなんとか。案外、その神様が怒る原因がなかったから、我々の言語は互いに認識できるのかもしれませんな。まあ、又聞きの又聞きなので正確な話は分かりませんが」
「な、なるほど……」
ふと思い出したような白石が、神という言葉を持ち出して語りだした。普段の外交官達なら荒唐無稽な話だと思っただろうが、今現在はそれこそ神の御力でも働いていなければ説明不可能なものであり、絶対にそんなことはあり得ないと言い切れない状況だった。
「おっと、話が逸れましたね。国交の樹立、願ってもないことです。貴国のブラウン王によろしくお伝えください」
話を戻した白石は、アロンソが持ってきた国交の話を受け入れる。
なにせ隔絶されているに等しい島の国にとって、外の異変を知らせてくれる情報源を拒否するのは馬鹿のすることであり、国交は拒否するが情報だけ寄越せとは言えないのだ。
(すげえややこしい話になってるなあ……国が幾つも集団で転移するとかどうなってんだ? まさか外交することになるとか夢にも思ってなかったんだけど)
にこやかな顔の白石だが心の中では溜息を吐きたかった。
それぞれ別次元にあった筈の複数国家が転移してしまい、一つの世界で顔を突き合わせる羽目になるなど予想外も予想外。島の国の知識人を全て集めようと、主神の類が関わってもこれほどの御業を行使できない筈だと結論されるだろう。
しかしここでまた別の問題が生まれた。
「ありがとうございます。ですがその、大統領は王ではなく……国民が選ぶ選挙というものに密接に関わります。少し長くなりますがよろしいでしょうか?」
「おっと、これはすいません! 是非お聞かせください!」
ブラウンから大雑把な選挙の仕組み、大統領、二大政党制であることなどを伝えられ……。
(ひょっとして代表に連続性がない上に、公然と足を引っ張り合うことが出来るの? え? ヤバくね?)
白石は交渉や約束事、条約を結ぶ相手として不適切な国家なのではと考えてしまった。
「ちなみに選ばれた代表……大統領でしたかな? 勤める期間はどれほどです?」
「基本的には四年ですね」
「四年ですか」
(つまり全部の方針が変わる可能性が定期的に付き纏うのか。腐敗と馬鹿をある程度は押さえることはできるだろうけど、煮詰まれば実現出来ない大きな夢物語と相手への非難に終始するんじゃね? まさかとは思うが前任のやってきたことを全て貶し、あいつがやったことは間違いだから正すと言って、人気取りに熱中する者が代表になるんじゃないだろうな……)
最悪の想定をした白石は、国内へのアピールを最優先する者が代表となり、無茶苦茶なことばかり言い始めて島の国がそれに巻き込まれるのではと恐れた。
「ちなみにですが、どのような方が代表に立候補されていますか?」
「我が党からは現職のブラウン大統領閣下が立候補していますが、栄光党からは過激派のアッシャーです。このアッシャーは国粋主義者ですので、現状維持が貴国にとって望ましいでしょう」
(あ、ヤバイかもしれんぞこりゃ)
白石は一瞬気が遠くなった。
自国第一主義者が代表になるから……ではない。
これだけで国内で酷い対立が生じていることが察せられるし、捉え様によっては他国からの援助を受けてでも、選挙で勝利することが至上になっていることが伺える。
(め、面倒臭すぎる。定期的に入れ替わっているのに仲が悪い王だって? どちらかと親しくなったらもう片方に目の敵にされるし、様子見すれば外交で出遅れるって……)
国としての硬直を感じ取った白石は白目を剥きそうだった。
彼の感覚では余程面倒な国でなければ、王やその周囲の人間と関係を築けば自然と後も続いていくものだ。しかし、国の中に複数の王がいるとなれば少々話は変わる。
どちらかと親しくなれば逆とは疎遠になり、ある程度の距離を保てば片方と癒着しているような国に出遅れてしまうだろう。
「つきましてはご支援の話ですが」
「ああ、そうでしたそうでした。紬久実、悪いんだけど……どうしよっか。名物の中からなんか持って来て。あ、平蜘蛛は駄目だから。こびりついてるおっさんがしつこ過ぎて引き剥がせねえ」
「はーい!」
繋がりを確立した……と思っているアロンソは更に話を進めようとしたが、その前に白石が背後に振り返り、建物の中にいる誰かに頼みごとをした。すると妙に可愛らしい声が壁の向こうから聞こえ、トタトタと足音を響かせながら遠ざかった。
ここに、妙な勘違いがある。
「いやあ、情報を貰い続けるのもあれかと思いましてね。城に匹敵すると言われてる名物なら幾つかあるので、どうぞ持って帰ってください」
白石の言葉にアロンソは幾つかの疑問を覚えた。
アロンソは国交を結べば支援を行うと提案して、それが受け入れられたものと認識していた。自国の優れた科学力を見せるように幾つかの資料も見せたし、音速を超える兵器の類だって説明した。
そのため、島の国は独力での自立は不可能だと判断し、ルラノーア国が提供する様々な支援を受け入れるのだと思った。
しかし白石の口ぶりでは、情報面での提供を受けた代わりに、お返しをするという程度の話になっている。言ってしまえばルラノーア国が有利ではあるものの一方的ではなく、島の国は独自にやっていくつもりのようだ。
「いえ、支援は情報だけに留まりません。農業を飛躍的に高める機械などの輸出も検討されています。よろしければ実物を持ち込みますよ」
アロンソはこの勘違いを正すため、ルラノーア国で検討されている支援の内容をきちんと説明することにした。
(問題です。なぜ食べ物のことで他国がいなければ成立しない技術を入れなければならないのでしょうか? 答え、俺には分かりません)
だがお飾りの大王と言えども、食料に関することで他国に依存する危険性くらいは分かる。
分からないのは、それを堂々と提案されてさもいい話の様に持っていかれていることだ。
「機械や肥料を使えば農作物の管理が楽になり何十倍、何百倍の収穫が見込めることでしょう」
(でもそれってお前さんとこの気分次第で色々止まるじゃん。べったり依存した後に止められたら面倒。そんなことくらいは俺でも分かるんだけど、ひょっとして善意? 純粋な善意なの? だ、誰か教えて!)
劣った文明の思い違いに対して優しく説明するアロンソだが、白石は疑いを通り過ぎて困惑が強まり、裏切りなんて存在しないとんでもない善人だけの国なのかと考えてしまう。
「外貨が必要であれば資源の調査も請け負いますよ。それを売れば纏まった金額が手に入ると思います」
(ふーむ。資源の調査かあ……え? ひょっとして戦争するって話になった? 俺ってちゃんと正気?)
慌てた白石は周囲を見渡し、自分が聞き間違えたという確証を求めたのだが、ぎょっとしていたのは彼だけではなく島の国の全員が同じだった。
島の国にすればルラノーア国の提案はお前の財布を見せろと言っているに等しく、途轍もなく非常識なものだ。
そんなことを、お宅も得する話ですからと言わんばかりの態度で提案された白石は、ひょっとして自分はいつの間にか正気を失ったのではないかと思ってしまった。
「う、うちは伝統農法でやってますし、資源の方は我が国の未来の人間が使うものですから……」
なんとか声を漏らした白石がやんわりと拒否する。
ここで発生したすれ違いはルラノーア国の傲慢が僅かに滲んでいた。
というのも足元を見られて資源の値を吊り上げられたくないルラノーア国の政界、並びに経済界は、そう遠くない将来に資源で困窮することを、未開の国に知られたくなかった。
そこで話のついでの様に資源開発の話を持ち出し、目論見通りあくまで交渉の一部であることを島の国に誤認させたのだが、それは取引が成立する前提で考えられた傲慢だ。
結果、意図した情報の遮蔽が生んだ誤認は、島の国にすれば別に急いでいない話であるし、自国の物は自国で使いたいというある意味での島国根性が、その支援と取引の必要性を感じさせなかった。
「その……よろしければどなたか我が国を直接ご覧になりますか?」
一方、アロンソ達も困った。
千年以上技術格差がある島国が、自分達だけでやっていけると明らかな思い違いをしていることを察し、他所の国に付け込まれる前に現実を教える必要が発生したのだ。
「それはいい! 百聞は一見に如かずとも言いますから、是非お邪魔させてください! チハヤ先生、すみませんが少しの間、代理をお願いします」
「はあ……分かった。それならミキを連れて行け」
アロンソの提案に手を叩いて喜んだ白石は、傍にいたチハヤに大王としての代理を頼んだ。
つまりは……。
「国外に出るのは初めてなもんで、色々ご迷惑をおかけするかもしれませんがよろしくお願いしますね!」
大王という立場にいる者が、直接ルラノーア国を訪問することが急遽決定するのであった。
「ところで倭、もしくは日本という国は確認されていますか?」
「……いえ、我々は確認出来ていません」
「そうですか……」
最後、非常に大事なことを尋ねた白石だが、アロンソの頭の中にそのような国の名前は存在しなかった。
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