古の?日本?多次元世界転移に巻き込まれ、刀や馬の時代に戦車と相対する。勝てるかって? 勿論。平安の化け物達程じゃないでしょ。
福朗
接触
前書き
年末なんで死蔵してたのを引っ張り出す。
◆
某年某月某日。
異なる何十もの世界は謎の光に包まれた。
「なんのひ⁉ ぎゃあああああ⁉ 目が! 目がああああああ!」
粗末な麻の服を着て、河原で魚を焼いていた男が目を押さえてごろごろと転がる。一瞬だけ太陽を直視するよりはマシな程度の光だったが、どうも男には眩し過ぎたようで脂汗が浮かんでいた。
「ついに来たのか⁉ 対宿敵戦闘の用意だ! こっちは準備万端……だ……ぞ?」
暫く転がっていた男だが、なんとか立ち上がると空を睨んで定められた宿敵に宣戦を布告する。しかし、思っていたような光景は続かず、困惑したように首を傾げた。
「大王様ー!」
「
「あ、はいはーい! ここ、ここー!」
すると偶々近くで弓の練習をしていた鎧武者。刀と呼称される武器を身に着けた者達が現れ、貧相な男の前に集った。
「白石大王様、今の光はいったい⁉」
「さてねえ、喧嘩相手がやって来たかと思ったけど、どうもそんな感じじゃない……でも単なる自然現象ではない。俺の目が眩むなんて相当も相当のナニカ。うーむ……」
跪いて問う武者達を見ながら、白石大王と呼ばれた男は手ごろな岩にどっかりと腰を下ろし、自分なりの考えを纏めようとした。
しかし、大王と言う呼称には相応しくない男だ。
四十歳は軽く超えている年齢。覇気がなく眠たげな瞼。あまり意志の強さを感じさせない黒目。五日は剃っていないであろう無精髭。ふくよかとは口が裂けても言えない痩身。
これに粗末な麻の服が加わると、寒村で畑を耕している農村の男と言われてもなんの違和感も感じないだろう。
「分かんね。俺は一旦、都の方に戻ることにするよ」
「はっ!」
結論が出ず頭を搔いた白石は、自分の拠点に戻ることにした。
「大王様!」
「白石大王様!」
それほど大きくはない、一階建ての木造宮殿の前に白石が突然現れると、周囲にいた武者衆が気付き大声で名を呼ぶ。
「どんな感じ? 光だけ? 隕石が落っこちたみたいな報告はある?」
「一目で分かる異変は奇妙な光だけのようです!」
「……本当に何があったんだ?
「皆様こちらへいらっしゃるとのことです!」
「了解。ひとまず各地の調査とその報告が必要だねえ」
「はっ!」
宮殿の中には入らず、そこへ入るための短い木の階段に腰を下ろした白石は、武者衆からの報告を聞きながらどうしたものかと思い悩む。
(どうしたもんか。お飾り大王の手に余らない事態だと嬉しいんだけどなあ)
人と人との争いなど殆どなく、最大の敵は野生動物な地で大王と呼ばれている白石は、自分が単なる置物という自覚があった。
そのため白石は単純な話の解決は得意だと自負しているものの、様々な意図や問題が絡まったような事態が起こると、途端に役立たずになってしまうのだ。
「ううむ」
白石が呻き声を漏らそうと、世界は確実に変化していた。
事態が急変したのは三週間程後のことだ。
-ルラノーア国・強襲揚陸艦【緑一番】艦内-
「外交官殿。まもなく目標の陸地に接近いたします」
「分かりました」
白い海軍服を着た兵士の声に反応して、金髪碧眼に白い肌の五十代男性。柔和な笑みを浮かべているスーツ姿の外交官が椅子から立ち上がる。
人口約三億人。最も強大な大国と比べるた場合、人口はそれ程でもないが引け劣らない科学力を武器に先進国の一つに数えられるルラノーア国の外交官、アロンソは歴史的な仕事を任された人間の一人だ。
「仕事の時間か……」
「どうなることやら」
「確かに」
アロンソの部下達は口々に不安を吐露する。
三週間程前、突然奇妙な光が輝くと、ルラノーア国は異世界に迷い込んだとしか表現できない事態に見舞われた。
なにせ今まで観測されていた星が消え去り、別のものに変わったかのように滅茶苦茶。遠くに見えていた他国の島が消え失せる。空から偵察すれば、知らない大陸が発見される。等々様々な異変が起こっていた。
最も不幸中の幸いは、恐る恐る接触した未知の国々も同じような状況であり、とりあえず現状を把握するため協力しようという話が纏まったことか。
そんな混乱の中、調査を行っていた軍艦が一つの島国を発見して原住民と接触した。
『オリエンタルな鎧武者が海岸を守っていた』
『彼らは自らを土の民と名乗っていた』
『科学文明は無いに等しく、馬が移動手段の様だった』
『軍艦に酷く驚き、金属製であることを知ると大慌てしていた』
これまで接触した文明が理性的かつきちんとした科学を持っていたことから、ある意味で油断していた一行は軽はずみで接触してしまい、非常に劣った文明に驚愕した。
下手をすれば千年以上の技術格差どころか、科学という概念があるのかも怪しい未接触部族ならぬ未接触国家は、軍人達をタイムスリップしたかのような感覚に陥らせてしまったのだ。
しかし、逆を言えば資源などは手付かずであることが考えられ、複数国家の転移などという訳の分からない事態ではそれらの確保が急務だ。
幸いなことに交渉はなんとか可能であったため、後日正式な外交官が派遣されるという話で纏まり、アロンソ達が今この場にいるという訳だ。
(食われないといいんだが……)
ただ、話は可能でもアロンソ達からすれば未開の部族に等しい国であり、なにかの拍子で殺されるどころか食べられることだって考えられる恐怖の仕事だ。
陸地が見えて嬉しいどころか、今すぐ帰りたいと思っているのは当然だった。
「ふう……」
それから少し。溜息を吐くアロンソ達外交官は車両を乗せた揚陸艇の上だった。
港らしい港などこの国には存在せず、強襲揚陸艦を停泊させることが出来る港湾施設など夢のまた夢であることが判明している。そのため乗り心地のいい移動などあり得るはずもなく、アロンソ達は軍人でもないのに揚陸艇に乗せられ、更にはオフロード車での移動が想定されていた。
(他の連中が羨ましい……)
アロンソは同僚達を羨む。
今まで転移国家同士の接触はある程度の文明が保証されていたため、外交官はきちんとした車などが利用できた。しかしアロンソ達はその真逆であり、明らかな貧乏くじと言っていいだろう。
(しかし急がねばならない)
それでもアロンソ達はこの未開の国を無視することが出来ない。
接触当初はこの島国だけが悪い意味で特別だと思われていたのだが、遅れて世界各地で似たような、自分から外の様子を確認できない未接触国家が複数確認され始めた。
そして科学文明はこの未開の国家群を保護するという名目で、石油を筆頭にした最重要資源確保のため動き出そうとしており、その流れに乗り遅れれば窒息死してしまう可能性があった。
勿論、本来ならもっと慎重に行動して疫病の類なども調査しなければならないのだが、科学文明の中には物資や資源を輸入に頼り、今すぐ行動しなければ壊死して腐り落ちる国が幾つか存在していた。穏便だった当初の雰囲気は消え去り、焦りと詰んでしまうことに対する恐怖が蔓延し始めている。
だからこそアロンソが所属するルラノーア国も、未開の国を保護して支援し、代わりに今現在の未開国家が不要な資源を確保する必要があるのだ。
「上陸します」
なんの捻りもなく島の国と呼称される未開の地に、優れた科学力を持つ国が訪れたが、その思い浮かべていた光景は別の意味で裏切られた。
彼らの頭の中で島の国は、容姿への意識など欠片もなく汚らしい大男や女が溢れ、毛皮を纏っている様な国だ。
だからこそ、美人に目を奪われるなどあり得ない筈だった。
「使者殿、ようこそ島の国へ。我が名はチハヤ。大王のいる宮殿へ案内させていただく」
海岸で待っていた女にルラノーア国の人間は反応出来なかった。
島の国で巫女装束と呼ばれる白い服、赤いスカートを身に着けた女は、外交官達が今までに見たことがない妖艶な雰囲気を垂れ流していた。
成人男性より背が高く、巫女装束では隠せない体の起伏の差が激しすぎる三十代の女。そこらの小娘では再現できない妖しさを湛えた切れ長の目と艶めいた唇。人間のものとは思えない、炎が揺らめいているかのような赤い瞳と、腰まで真っすぐ流れる赤髪。
ルラノーア国へ赴いたなら即座に権力者の愛人にスカウトされ、ただその美貌と体だけで頂点に駆け上がることが出来るような女。名をチハヤが艶然と微笑んで外交官を迎えた。
「こ、こ、これはお待たせしました」
アロンソは外交官にあるまじきことに、女の色香に惑わされて言葉に詰まった。
しかしそれでも何とか各々の自己紹介を終え、自分達がルラノーア国から正式に派遣された外交官であると告げることが出来た。
「……ああ、そうか。言われてみれば国外への名乗りには役職も必要だな……我は島の国で巫女頭の地位にあります」
「み、巫女頭?」
「仕事は大王の相談役兼女房のようなものですな」
「なるほど……」
自分のことを知っているのが当たり前だから盲点だったと言わんばかりのチハヤが僅かに目を見開き、改めて地位を名乗るとアロンソ達は困惑した。
不思議なことに入り乱れた国々の言語は統一されており、巫女頭の言葉の意味は理解できたが、ルラノーア国ではほぼ絶えているに等しい単語だ。
しかもそんな珍しい役職の仕事は儀式や祭事との関わりではなく、大王の相談役兼女房というかなり政治的な物であったため、アロンソ達は二重に困惑していた。
(まあ……そうだよな)
(そりゃこれだけの美人なんだ。大王なんて言われてる奴なら見逃すはずがないか)
(うちの国も人のことを言えたものじゃない。どんな国でも変わらないな)
ついでに外交官達は、中世レベルの国なのだから大王と呼ばれている者が美女を自分のものにしているのは、寧ろ当然のことだろうなと納得し、自国の歴史や逸話が脳裏によぎって苦笑しかけた。
尤も大王に対し僅かな嫉妬が混ざっているあたりも、男女で揉め続けている人の歴史と言えば歴史だった。
「それでは案内と言いたいところですが……牛のいない牛車のようなあれは移動手段ですかな?」
「ぎゅ、牛車?」
首を傾げたチハヤの表現に、ルラノーア国の者達は面食らう。
揚陸艇に搭載されている土色の軍用オフロード車を、てっきり馬車と表現されると思っていた彼らだが、鎧武者が乗る馬がちらほら見えるのに、速度など欠片もない牛車に例えられるとは想定していなかった。
「は、はい。牛や馬を必要とせず走れる乗り物だと思っていただければ」
「ふうむ。鉄の船といい途轍もない術をお持ちですな」
流石は外交官と言うべきか、価値観の違う劣った国の常識を肯定したうえで、簡潔な説明を行うことが出来た。
美人が得なのは古今東西変わりがない。
もしむさくるしい男が牛車など言いだせばルラノーア国の人間は、やはりここは未開の文明なのだなと侮りを強くしただろう。しかし絶世の美女ならば侮りよりも愛嬌の方を感じ、正しいことを教えたくなってしまうものだ。
ところで馬など容易く凌駕する車両という科学文明の結晶だが、場合によっては過剰という他ない。
「それではご案内しましょう」
具体的には先導するチハヤが馬に乗るのだから、後に続く車両は徐行を強いられる羽目になった。
が……。
ソハヤと名乗った女に魅入られていたルラノーア国の面々は、彼女の背後にいた屈強な武者衆が酷く緊張していたことに気が付かなかった。
尤も気が付いたとしても、島の国より遥かに進んだ軍艦や揚陸艇を見て、圧倒されているのだなとしか思わなかっただろう。
ルラノーア国の者達が知りようがなかった。
無力な民が天変地異に抱く畏れと同じ類のものを向けられている女が、極々少数の例外を除けば、なにが来ようと殲滅出来る最強の一角だということを。
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