月のいくさ

のんぴ

第1話

 人類が初めて地球以外の天体で戦闘を行ったとき、最初に死亡したのは、民間人の女の子だった。その子は僕の娘で名前をユミといった。


 僕がムーンベースに異動となり、娘を連れて月に引っ越してきたのは二年前のことだった。

そのころ、各国のムーンベースは次々と、居住可能区画の拡大と、人員の増加を推し進めていて、僕の異動もその一環だった。


 初期のムーンベース、人工重力の開発される以前のそれは短期の滞在にしか使用できず、地球との行き来には莫大な費用が掛かることもあり、数名が百日前後の滞在を交代で行うことしかできなかった。


 また、その業務に携わったものは月の低重力による筋力の衰え以外にも放射線の影響など様々な健康上の問題を発生することが報告されていた。


 地球上とほぼ同じ環境が実現できて、それらの問題が解消されたあとでも、単身赴任するものが多かったのだが、そのころになると家族での移住が推奨されるようになってきていた。


 僕は妻を病気で亡くしていて、ユミを預けられるような親戚もいなかったので、彼女を連れてこざるをえなかった。


 月の重力は地球の六分の一。三十年前に遂に開発された人工重力によって、地球の八十五パーセントまでの重力を作り出すことが可能になったが、子供を長期間滞在させることはできれば望ましくなかった。


 心肺能力を含めた筋力の衰えについては、月の住人は日常の中で定期的な筋力トレーニングを義務;付けられていることもあり、地球に戻った際も十日もあれば適応が可能になるが、骨が八十五パーセントの重力なりの強度になってしまうことが、成長期の子供にとっては特に問題だった。

 

 月の人口の増加。横軸を暦にしたグラフを描けば、その線は、急激な右肩上がりを示し、それは新しく生まれたばかりの国の繁栄の象徴のようにも見えたが、実際それは、人間がこんな世界の果てまで来てさえも、争いから逃れることはできないのだということを、残酷に見せ付けているだけのものであった。

 

 ユミのことを思い出すときに、まず浮かぶのはあの子が天体望遠鏡を覗いている後ろ姿だった。腰まで伸びた長い漆黒の髪の毛は、彼女が母親から受け継いだ、いくつかの美点のうちの一つだ。ユミは地球を見るのが好きだった。


「地球に帰りたい?」

 真っ暗にした部屋で望遠鏡を覗くユミに尋ねたことがある。


 僕の所属するムーンベースにも、村の分校程度の規模だったが小学校が建設されていた。


 ユミもそこに通うようになり何人か友達ができたようだったが、やはり地球の友達が恋しいのかもしれない。僕はそう思った。

 

 振り返ったユミは首を横に振って、にこにこして答えた。


「お父さんも見る? とっても綺麗だよ」

 僕は望遠鏡を覗いてみた。ユミにねだられて、誕生日プレゼントとして買ってあげたそれは、僕も使うつもりだったこともあり、思い切って奮発した最新式のものだった。それを覗いて見る地球は、確かに美しかった。


 肉眼で見る場合でも、月から見る地球は、地球から見る月よりも四倍近く大きく見える。


 白い雲は大いなる意思を持っているかのようにゆっくりと流れ行き、深い青色をした海の上を、砂漠を、森を、雪に覆われた山脈の上を、覆い隠しながら舞っていた。


 地球が夜の時に観察すれば、人口が密集した地域が輝いて見える。


 人間は地球の全てが自分たちのものだと思っているようだけど、大陸のなかでも光っている部分というのは意外に少ない。


 地球にいるときは、趣のかけらもないと思っていた街の明かりは、違う星から見ていると僕のなかに様々な感傷を起こさせた。


「綺麗だね」

 僕は望遠鏡から目を離して、ユミに言った。


 月での赴任期間はかなりの長期が予想された。五年、十年、もっとかもしれない。僕たち二人はこれから、空に浮かぶ地球を見上げながらこの場所で生きていくのだ。

僕はそのとき改めて覚悟を決めた。ユミ、僕たちは月で幸せに暮らそう。

 

 生物は、自分の生命が脅かされる場合に戦闘を起こす。


 人間の歴史を振り返っても、動物の行動をみても一致していることは、攻撃に対して抗う為に戦う場合もあれば、そのままでは自分の生命が維持できない、やがては重大な危機に陥ることが明白である場合に戦闘によって状況を打破しようとする。


 違う種の群れ同士、もしくは、単体と群れの戦闘行為というものは生物界でよく見られるものだ。


 例えばスズメバチの群れが大きな動物に襲い掛かることも集団での戦闘行為だし、数万匹のありの群れが一斉に襲い掛かる時の攻撃力は、地球上でも屈指とされる。


 人は恐らく歴史上のかなり早い段階から、群れを成して生活をする動物であったと思われる。そして人は、同じ種類の生物の群れ同士で戦闘を行う、数少ない生物である。


 同じ類人猿であるチンパンジーは人間と同じように群れを作る。そして、縄張り争いのために、群れ同士での戦闘を行い、それによって、数十頭の群れが全滅した例が確認されている。

 

 つまり戦争とは、人間の生物としての優位性を示すものではない。文字通り、サルでも出来る。


 交通手段の発達によって、人類はより遠くの敵と戦争ができるようになった。それを進歩と呼んでいいのかどうかは、僕には分からない。


 船による物資の運搬が盛んになると、それにつれ制海権という考え方が生まれた。そして紀元前十五世紀には海戦が行われるようになった。


 これと同じ流れで二十世紀には航空戦が行われるようになる。だから、宇宙に人間が進出した以上、そこでの戦闘がいずれ起こることは歴史の必然であったのだろう。


 ただし、それは必然ではあったがもうしばらく先のことであろうと予想されていた。

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