火光天女
風座琴文
一
ネット上で一人の女性と知り合った。さきさんと今も呼んでいるのでそう呼ぶ事にする。
リプライを貰ったのが切っ掛けだったが、その時にしていたのはバンドの話だった。私が好きなバンドのライブの感想を書いた所、彼女もいっていたらしく話が弾んだ。
その後、相互になってしばしやり取りをしていた。同じバンドのファンというだけならばきっと、私は彼女に会う事はしなかっただろうと思う。
SNSの場でも日常を写真に写す人はいる。彼女がそうだった。度々上がる写真は古びた家の様子と海近くを思わせる自然の様子……かなり田舎に住んでいるのかと思うようになった。
注意してポストを見るとそうであるに違いなかった。彼女は迂闊に自分の家から通っている病院まで遠い事を記した。近くの病院は評判が悪いなんて事を言う。近所の病院の評判がよくないならば車で遠くまでいく事は珍しくもない。
このようにして彼女の発言を見ていると、巧みにどのような職業についているのか分からないようにしていた。SNSというのは情報の断片に過ぎないから、さきさんのポストを繋ぎ合わせてもどこかに勤めているらしい事くらいしか分からない。それも毎日という形なのか分かりづらい。
私の出身も田舎……ただ、海には遠い山の方だったから、田舎はこうであるという話題では盛り上がったりもしていた。その中で思うのは、彼女は人を傷つけない表現が上手いという事だ。不用意な発言で炎上する事などなく、平和にアカウントを運用するというのは難しい。それを容易くやっているように見えた。
バズりもしないが炎上もしない、何気ないやり取りの過程で、私はさきさんと会う機会を得た。
件のバンドのライブが当たったポストをした所、さきさんも当選した……同じ会場であり、さきさんはどうやら遠くからくるらしい。そこで、二人でいくかというDMを始めた。
その時の様子は以下のように残っている。
「いざさんはお近くにお住みですか?」
「近くという程でもありませんが、当日にいける距離ですね」
「いいですね。私、会場の辺り歩いた事ないので少し早めに待ち合わせしませんか?」
そこで私は迷った。案内したいという気持ちはあるが、かと言って周辺に詳しいわけでもない。調べて外すのは勘弁願いたい。
しかし――この奇妙なフォロワーの不可思議な部分にメスを入れるのはどうか、そんな悪戯心よりも質の悪い好奇心が湧いてきて、私は以下のように返した。
「構いませんよ。ただ、私も会場近くを歩いた事はないので、あまり詳しくはありませんが。何時くらいにしますか?」
そんなやり取りの後、私は彼女と当日の段取りを少しずつ決め始めた。これが、私と彼女の奇妙な縁の始まりだった。
日常は簡単に回り、私はライブにいくという興奮と一緒にさきさんに会えるという気持ち……得体が知れない種類の好奇心を押さえながら日を捲った。
会う日は幸いに休日、バンドが運んでくれた幸運であると錯覚する事にして、私はその日、いつもよりも気合を入れて朝の支度を整えた。
髪を整える間に、さきさんからのDMが届く。
「今日の服装です」
春から夏への変わり目だというのに、長袖のカーディガンを羽織って、下にはシャツを着ている。綺麗目な格好だが、暑くはないのか気になる。恐らく一枚脱ぐのだろうが。私はもっと簡単に、バンドTシャツにジーパンという姿を送って、待ち合わせの駅まで向かう事にした。
途中のやり取りはなかったが、電車に乗ると少し様子を見たくて彼女のアカウントを見た。個人情報管理はしっかりしているらしく、彼女は今日の情報をただ『ライブにいく』というだけに纏めていた。
事前には少しも話していないが、二人で会う事は秘密……その空気は存在していた。私は必要な物を詰めた鞄から鏡を取り出して化粧を直した。
見た目に花があるタイプであるさきさんと実際に会ったら私はどんなに惨めに見えるだろう……そんな気持ちがあるが、祭りの空気感に当てられては惨めもなく、ただ電車が無事に着く事を願っていた。
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