第21話 あつさが増した練習
「じゃあ、よろしくな」
「うん、こちらこそよろしく」
鬼咲さんのときと同様におれ達は足を紐で結び肩を組む。そうすると、当然体が密着する部分が出てくるので、やはり緊張するし気まずい。正直、鬼咲さんのときより緊張していると思う。
「とりあえず、結んでないほうの足から出すってことで」
「うん、分かった」
「じゃあ、行くぞ。せーの」
そんな感じで練習を始めたが、あまり上手くいかず琉奈が転びそうになり、おれが支えてなんとかなるような場面も何度かあった。まあ、琉奈は運動は苦手だし仕方ないか。その状態がしばらく続き、いったん休憩を取ることにした。
「ごめんね、わたしが足を引っ張っちゃって……」
「いや、別に大丈夫だから気にするな」
「うーん、でもこのまま続けても体育祭までに上手くなるかなあ?」
「まあ、そんなに練習時間があるわけじゃないからな……」
「そうだよね……。あ、じゃあもし迷惑じゃなければ……」
そこで、琉奈はいったん言葉を切る。そして、遠慮がちに目を伏せたあと、運動による熱さのためか頬を少し赤く染めながら、こちらを窺うように上目遣いで訊いてきた。
「……その、……つ、付き合ってくれない?」
「…………………………は?」
*****
土曜日、おれは琉奈と待ち合わせをしていた。どうやら、おれのほうがさきに着いたようで琉奈の姿はまだない。と、思っていたら琉奈がこちらに来るのが見えた。
「あ、日希くん。ごめんね、待った?」
「いや、おれも今来たところ」
「そっか、よかった。じゃあ、今日はよろしくね」
「ああ、やるか。二人三脚の練習」
と、いうわけでおれは休みの日に近所の公園で琉奈の練習に付き合うことになった。あの会話の流れで、「付き合ってくれない」を恋愛的な意味だと勘違いする奴いる? いねえよなぁ!!?
……も、もちろん、おれは勘違いなんかしていないからね。そこんとこ、勘違いしないでよね!
さて、練習を始めたものの溜まっていく疲労に対し成果が出ているとは言いがたい。やはり、上手くいかないならやり方を変えるべきだろう。だが、その前に休んだほうがいい。
「琉奈、いったん休憩しよう」
「……うん、そうだね」
「そこのベンチに座って休んでてくれ。おれは飲み物を買ってくるから。水でいいか?」
「うん。ありがと」
というわけで、近くにある自動販売機まで行き、飲み物を買う。どうやら、この自動販売機は喋らないし、『あたりがでたらもういっぽん』という機能も付いていないようだ。ざんねん。
飲み物を買い終え、琉奈のところへ戻る途中でふとあることを思いつく。おれはちょうど琉奈の真後ろの方向にいるため、琉奈からはおれの動きが見えない。なので、よくあるイタズラをしてみたくなってしまった。
というわけで、足音を
「きゃあ!」
と、叫びながら琉奈はおれと反対方向にのけぞり、驚きのためかほっぺたに手を当てている。
「……悪い、そんなに驚くとは思わなかった」
「……もー、今のはひどいよ、日希くん」
頬を少し膨らませながら、恨みがましい視線を向けられた。どうやら、思っていたより怒っているらしい。が、手渡したペットボトルはちゃんと受け取ってくれた。
「いや、本当にごめんな」
「………………あ」
「どうかしたか?」
「えーっと……、見て日希くん、あっちに猫がいるよ」
「猫?」
「うん、ほらあっち」
なんか妙な感じがするが、これ以上機嫌を損ねるのもよくないので、おとなしく琉奈が指差す方向を見る。ちょうど琉奈とは反対方向だったが、猫は見当たらない。いったんどこかに隠れてしまっていて見えないだけで、ここから、颯爽! 登場! ネコサンダー! となるのだろうか?
「えいっ」
「うおっ、冷た」
「ふふっ、引っかかった」
そう言って、琉奈はイタズラが成功した子供のように笑みを浮かべた。どうやら、猫がいるというのは、おれの顔を自分と反対方向に向けさせるための嘘であり、その狙いはおれがやったイタズラをやり返すことだったようだ。まあ、おかげで琉奈の機嫌も治ったようだしよかった。
「じゃあ、とりあえず飲むか。水分補給は大事だからな」
「うん、そうだね」
おれ達はペットボトルを開けて水を飲む。まだ、そこまで暑い時期ではないため水分補給だけで充分だと思うが、熱中症対策には水分だけではなく塩分もとることが重要なので気を付けておきたい。だが、今必要なのは、熱中症対策ではなく二人三脚対策だ。
「そういえば、二人三脚についてなにも調べてないんだよな。というわけで、スマホでコツとか調べようと思う」
「あ、そうだね。そうしよっか」
おれ達はペットボトルを置いてスマホを取り出し、ググール先生にお伺いを立てる。もっと早く調べればよかったのだが、そこまで頭が回っていなかった。
「……なるほど。掛け声を出すほうを決めておいて、手を回す位置は腰がいいのか」
「……紐の結び方にもコツがあるんだね」
調べている途中でまた水を飲もうとしたが、右手側に置いておいたペットボトルの水がない。ないよ、水ないよぉ!! もしやと思い琉奈のほうを見ると、琉奈は水を飲んでおり、さらにその右側にペットボトルがあった。
どうやら、右手でスマホを操作していたから、ついうっかりあいていた左手でペットボトルを取ってしまったようだ。
「……なあ、琉奈。それおれのじゃないか?」
「え? ……あっ、ご、ごめん!」
「いや、まあいいんだけど……」
でも、違う意味ではよくないんだよなあ。琉奈のほうもその意味に気付いているのか頬を赤くしているしどうしよう。
「ほんとにごめんね。もうけっこう飲んじゃったし」
「いや、まじで大丈夫だから」
「…………えっと、だから、よかったら日希くんはこっちを飲んで」
そう言って、恥ずかしさと申し訳なさを混ぜた表情で、自分が元々飲んでいたペットボトルを差し出してきた。いや、新しいのを買ってくればいいんだけどな。
でも、「間接キスなんてキスのうちには入らな~い」と言うし、気にしないで飲んだほうがいいのか? どうしようか考えていると琉奈が口を開いた。
「……やっぱりわたしが口を付けちゃったのは嫌?」
琉奈は不安そうな目でこちらを見てくる。……琉奈にこんな顔をさせてしまった以上、選択肢はひとつしかないな。
「……いや、全然大丈夫だ」
おれは琉奈からペットボトルを受取り水を飲む。これで、琉奈の不安そうな顔は消えたのでよしとしよう。ただ、それはそれとして――
「……あついな」
「……うん、あついね」
互いに水分補給をしているはずなのに、むしろあつさが増すような気がした。
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