分隊合同任務:精鋭探索者パーティを追え

第13話 合同

作戦室に集まった俺たちは、美穂が投影するホログラムの地図を見上げていた。彼女の顔には冷静な表情が浮かんでいるものの、その目はいつも以上に真剣さを帯びている。全員が彼女の口から発せられる言葉を待ち、部屋は静寂に包まれていた。


「救助任務よ。」


短い一言で切り出した美穂の声が、静かな緊張感をさらに深めた。彼女は一呼吸置き、全員の顔を順に見渡した後、手元のタブレットを操作して次の情報を映し出した。


ホログラムに投影されたのは迷宮の地図だ。その中でも特に奥深い第七階層が強調され、点滅する赤い印が危機を告げている。


「今回の対象は、精鋭探索者チーム『アウルナイト』。彼らは迷宮攻略のトップチームで、通常なら私たちが関与することはない相手よ。」

そう前置きしながら、美穂は淡々と説明を続けた。


「けれど、彼らが消息を絶ったのが迷宮の奥深く、第七階層。それも、異常な環境変化の影響を受けた場所だというの。」


全員がホログラムをじっと見つめた。異常環境――その言葉が示す危険性を、俺たちはこれまでの経験からよく理解している。迷宮は常に変化し続ける場所だが、稀に観測データを大きく逸脱する現象が発生する。それが探索者たちの命を奪う原因になることも少なくない。


「アウルナイトが消えるなんて、本当にそんなことがあるんですか?」


俺は思わず声を上げた。信じられなかった。彼らはトップクラスの実力を持つチームで、迷宮での経験も豊富だ。そんな彼らが戻れなくなるような状況が、本当にあるのか。


「実際に起きているわ。」


美穂の返事は簡潔だったが、その声には重みがあった。


「彼らが最後に発した連絡は、『地形の変化に巻き込まれた』という内容だった。それ以降、通信は一切途絶えている。」


「地形の変化?」


長谷川が腕を組みながら眉をひそめる。


「それって、あれか?あの迷宮が時々やる、意味不明な罠みたいなやつ?」


「その可能性が高いわね。」


美穂が画面を指差しながら説明を続けた。


「迷宮内では、特定の条件下で地形そのものが崩れたり、全く違う構造に再構築されたりすることがある。通常は予測可能な範囲だけど、今回の環境変化は規模も頻度もこれまでのデータを大きく逸脱している。」


「それで精鋭チームが消息を絶つなんて……」


長谷川が呟く声には、戸惑いとわずかな不安が混じっていた。


「ただし、私たちに与えられた任務は変わらない。」


美穂はそう言うと、視線を全員に向けた。


「彼らを救出し、安全に迷宮から連れ戻す。それが私たち第13分隊の仕事よ。」


その一言で、部屋の空気がピリッと引き締まるのを感じた。任務の難易度が高いことは全員が理解している。それでも、美穂の言葉には、どんな状況でも成し遂げるという決意が込められていた。


俺はホログラムに映る迷宮の地図を見つめながら、自分の拳を無意識に握りしめていた。どんなに広くて入り組んだ迷宮でも、俺の力で行方不明者を見つけることができる。それが俺の役割だ。


「大丈夫なのか?俺たちで……その、アウルナイトみたいな連中を救えるのかよ?」


長谷川の問いに、美穂は短く頷いて答えた。


「可能性がある限り、やるしかないわ。精鋭チームが相手だからと言って、私たちのやるべきことが変わるわけじゃない。」


その言葉に、俺たちは黙って頷くしかなかった。


美穂が再びホログラムを操作し、画面に新たな情報が表示された。それはアウルナイトのメンバーの顔写真と簡単なプロフィールだった。どの顔にも、彼らが今も迷宮の中で助けを求めている姿が重なるようで、胸が痛くなる。


「この任務では、私たちの連携が何よりも重要よ。」


美穂の声が静かに響く。


「特に森本君、あなたの能力が鍵になるわ。」


全員の視線が一斉に俺に向いた。緊張と責任感が一気に押し寄せるが、ここで怯むわけにはいかない。


「わかりました。」


俺は力強く答えた。


「今回は合同任務よ。」

彼女が静かに告げた言葉に、部屋の中にかすかなざわめきが生まれる。


「白石桜の分隊と協力するわ。」


その一言に、全員の表情が一瞬で硬くなった。白石桜――第五分隊のリーダーである彼女は、迷宮内での圧倒的な判断力と行動力で知られている。その名を聞いただけで、この任務の重大さを全員が悟った。


「白石桜と?」

長谷川が腕を組み、少し苦い顔をしながら口を開く。「精鋭が消えたってだけでも相当ヤバい任務なのに、合同で動くってことは、それだけ状況が切迫してるってことだろ?」


美穂はホログラムに映る地図を指差し、静かに頷いた。


「その通りよ。」

彼女の声は平静を保っているが、その中に隠しきれない決意が込められていた。

「迷宮の第七階層で消息を絶ったのは、精鋭探索者チーム『アウルナイト』。彼らが消えるというのは、通常では考えられないことよ。」


全員の目がホログラムに注がれる。複雑に入り組んだ地形が拡大され、その一部に点滅する赤い印が映し出されていた。


「彼らの最後の通信では、『急激な地形の変化に巻き込まれた』と言っていたわ。それ以降、連絡は途絶えている。」


「地形の変化……」

長谷川が眉をひそめる。「迷宮が相手なら、どれだけ経験があっても油断できないってことか。さすがに、あのアウルナイトでも厳しい状況なのか……」


美穂は静かに頷きながら、さらに詳細な情報をホログラムに表示した。第七階層全体の構造が表示される中、複雑な迷路のような地形が浮かび上がり、その中に危険区域を示す印がいくつも散らばっている。


「今回の任務は決して簡単ではないわ。でも、慎重に進めば必ず成功させられる。私たち第13分隊の力を見せる時よ。」


その言葉に、部屋の緊張感が少しずつ形を変える。美穂の自信に満ちた声が、俺たちの胸に確かな炎を灯していた。


俺は地図を見つめながら前に出た。迷宮がどれほど深く、危険に満ちていようと、俺の力で行方不明者を見つけ出すことはできる。それが俺の能力だ。


「自分の力を信じて、必ず見つけ出します。」


静かな決意を込めたその言葉が、自分の中の迷いを少しずつ払拭していくのを感じる。美穂は微かに微笑み、満足そうに頷いた。


「その意気よ、森本君。」


彼女の短い言葉に支えられるように、俺は背筋を伸ばした。横にいる長谷川が軽く肩をすくめながら口を開く。


「まあ、お前がそう言うなら信じるしかないか。頼りにしてるぞ。」


その冗談めかした調子にも、どこか真剣さが感じられた。長谷川の言葉が不安を少し和らげてくれる。


美穂は全員を見渡し、最後に締めくくるように言った。


「全員、準備を整えて。この任務は私たち全員の力が試されるわ。」


全員が頷き、それぞれの準備に向けて動き始める。俺はもう一度ホログラムに目を向け、迷宮の奥深くを見つめた。その先に待つ危険と、助けを求める人々の姿を心に描きながら、静かに拳を握りしめた。


***


施設のゲートが開き、第五分隊のメンバーが続々と入ってきた。その中央でひときわ目を引くのは、白石桜だった。肩までのボブカットが軽やかに揺れ、いつもの明るい笑顔を浮かべながら、真っ直ぐこちらに歩いてくる。


「よろしくね!」


桜が声を上げて手を振ると、周囲の緊張した空気が一気に和らいだ。俺たち第13分隊のメンバーも、その元気な挨拶につられるように軽く頷き返す。


その後ろに続くのは、第五分隊のリーダーらしき女性だった。長い黒髪を後ろでまとめ、鋭い目つきと冷静な雰囲気を漂わせている。彼女は一歩前に出ると、全員を見渡してから静かに口を開いた。


「初めまして。第五分隊リーダーの遠野静香です。」


その声は低めで落ち着いていて、一瞬で全員の注意を引きつけた。遠野静香――その名に相応しい、凛とした佇まいを持つ人物だ。


「今回の迷宮には転移トラップが多いと確認されています。特に注意してください。発動すると、分断されてしまう可能性が非常に高いわ。」


静香の警告に、俺たちは自然と真剣な表情になった。転移トラップ――迷宮の中でも最悪の仕掛けの一つだ。一度引っかかれば、全員が別々の場所に飛ばされ、合流するのも困難になる。


「転移トラップか……厄介だな。」


長谷川が腕を組み、難しい顔をしながら呟く。その声に静香が小さく頷き、さらに説明を続けた。


「このタイプのトラップは、見た目ではほとんど分からない場合が多い。特に探索者が急ぐ場面で発動する傾向があるから、慎重に進むことを最優先に考えて。」


「わかりました。」


美穂が短く答え、すぐにホログラムを操作して転移トラップが予測される地点を示した。青白い光で描かれた地図にはいくつかの赤いエリアが浮かび上がり、その危険度が視覚的に伝わってくる。


「森本君。」


美穂が俺の名前を呼ぶと、全員の視線がこちらに向いた。


「転移トラップで分断された場合、あなたの能力が鍵になるわ。全員を見つけ出すまで、諦めないで。」


「もちろんです。」


俺は力強く頷いた。この任務で俺の力が試されることは分かっている。それでも、自分にしかできない役割があるのだと感じると、不思議と心が落ち着いてきた。


「さて、具体的な動きを決めましょう。」


美穂が話を進めようとしたその時、桜が手を挙げて口を挟む。


「みんな、あんまり緊張しないで!私たちがついてるから大丈夫だよ!」


その無邪気な笑顔に、俺たち第13分隊のメンバーも思わず表情を和らげた。遠野静香が小さくため息をつきながら、桜に目を向ける。


「桜、少しは真面目な顔をしなさい。」


「してるよー!これが私の真面目な顔!」


桜の軽い返しに、場の空気がさらに和らいだ。厳しい任務であることに変わりはないが、彼女たち第五分隊の存在が少し心強く感じられるのも事実だった。


作戦室での打ち合わせが終わり、美穂が全員に向けて声を上げた。


「全員、注意を怠らないで。目標は探索者たちの無事な救出よ。」


彼女の言葉に、部屋の緊張感がさらに高まる。俺たち第13分隊にとっても、第五分隊にとっても、これは失敗が許されない任務だ。その場にいる全員の表情が引き締まるのが分かった。


俺は前に一歩踏み出し、美穂を真っ直ぐ見据えながら力強く答えた。


「はい、必ず見つけます。」


その言葉には、自分でも驚くほどの確信が込められていた。これまでの経験を信じ、そしてこのチームと自分の力を信じているからこそ言えた言葉だった。


美穂は微かに頷き、優しくも毅然とした表情で全員を見渡した。


「それでは、準備に入って。」


その指示に従い、俺たちはそれぞれ自分の装備を再確認し始めた。防護服の細かい調整、通信機器のチェック、非常食や医薬品の確認――どれも怠ることは許されない。迷宮に入ったら、一つのミスが命取りになるからだ。


長谷川が手元の端末を弄りながら、俺に声をかける。


「おい、拓也。お前の道具は全部揃ってるか?新人が先にやられるのだけは勘弁だからな。」


その軽い口調に少し笑ってしまいながらも、俺はしっかりと自分の装備を点検した。


「大丈夫です。完璧に準備してますから。」


「それならいい。」


長谷川は軽く笑い、今度は自分の装備に戻る。彼のそういう軽口が、少しだけ場の緊張を和らげてくれる。


遠野静香も第五分隊のメンバーと装備を確認しながら、時折静かな声で指示を出している。その動きには無駄がなく、彼女のチーム全体が統率の取れた動きで準備を進めているのが印象的だった。


準備が整うと、全員が集合し、美穂が最後の確認を行った。


「全員、問題ないわね?」


全員が頷き、それぞれの顔に決意が浮かんでいるのが分かる。


「よし。それでは、行きましょう。」


準備が整い、全員が迷宮の入り口に向けて移動を始めた。列を作って進む中、俺は気持ちを落ち着かせるために深呼吸を繰り返していた。


隣から明るい声が聞こえた。


「森本君、力を合わせて進もうね!」


桜が笑顔でこちらを見ながら声をかけてくれる。その無邪気な笑顔には、緊張感を和らげる不思議な力があった。


俺は少し驚きながらも頷き返し、緊張を隠せない声で答える。


「よろしくお願いします!」


その言葉に、桜はにっこりと笑いながら「こっちこそ頼りにしてるよ!」と続けた。彼女の元気な声に少しだけ肩の力が抜けた気がする。


美穂を先頭に進む隊列は、徐々に迷宮の巨大な入り口へと近づいていく。施設の外に出ると、辺りにはひんやりとした空気が漂い、どこか不穏な静けさが支配していた。


迷宮の入り口は、無数の古代文字が刻まれた巨大な石の扉。その存在感に、自然と全員の足が止まる。第五分隊も俺たち第13分隊も、一瞬だけ沈黙する。扉の向こうに待つ未知の危険が、言葉にしなくても全員に伝わっているのだ。


「よし、ここからが本番よ。」


美穂が振り返り、全員を見渡して静かに言った。


桜が俺に小声で話しかけてくる。


「森本君、迷宮に入るのって緊張するよね。でも大丈夫!私たちが一緒にいるんだから!」


彼女の明るい声に、俺は自然と頷き返す。


「はい、頑張ります。」


その返事が自分でも驚くほど自然なものだったことに、少しだけ自信が湧いた。


全員が準備を確認し終え、ついに迷宮への扉が開かれる。石が軋む音とともに、冷たい闇が目の前に広がった。


「行くわよ。」


美穂の短い一言を合図に、俺たちは迷宮の中へと足を踏み入れた。次第に足音が反響し、冷たく湿った空気が体にまとわりついてくる。未知の世界への第一歩が、静かに始まった。

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