現代ダンジョンレスキュー隊 ~失敗続きの俺が覚醒したのは、人命救助の異能!?探索者のピンチを次々と解決して命を救っていたら、いつのまにか「英雄」と呼ばれるように!仲間と共に最強の救助隊を目指します!~

☆ほしい

第1話 届かない夢と届いた声

試験会場を出た瞬間、思わず目線を足元に落とした。靴先をじっと見つめながら、足は重く引きずられるように動く。会場の外に貼り出された合格者リストに、自分の名前がなかったことは何度も確認した。その度に胸の奥がぎゅっと締め付けられるようで、息苦しささえ感じた。


深く息を吐いて空を見上げても、視界には曇りがかった灰色の空が広がっているだけだ。「こんな日は晴れてたらもっと悔しくなるのかな……」と、ぼんやりと思った。


人通りの多い道沿いを歩きながら、周囲の人々の笑い声や話し声が耳に入る。軽やかに会話を交わす誰かの声に、なんとも言えない疎外感が湧き上がる。まるで自分だけがこの場所に馴染めない異物になったような気がして、無意識に歩くスピードを速めた。


「……またかよ」


低く吐き捨てるように声が漏れる。誰にも聞かれるはずがないのに、それでも言葉を出すのが恥ずかしく感じた。ポケットに突っ込んだ手をぎゅっと握りしめると、硬く冷たい指先がじわりと汗ばんできたのが分かる。


会場の入口から少し離れたベンチが見えた。誰も座っていないのを確認して、ふらふらと腰を下ろす。肩を落としてため息をつくと、自分の置かれた状況がどっと押し寄せてきた。


「あー……情けないな、俺」


拳を握り締めて膝に押し当てる。周りから見れば、ただ落ち込んでいる人間に過ぎないのだろう。でも、この失敗続きの結果をどう受け止めたらいいのか、もう自分では答えが出せなかった。


ポケットの中に丸めた通知書の感触が指先に触れるたび、胸の奥がちくりと痛んだ。軽く湿った紙の感触が妙に現実感を伴っていて、これがまた結果を突きつけられているようで嫌だった。それでもその紙を捨てる気にはなれず、ただポケットの奥深くに押し込むだけだった。


「……はぁ……」


思わず、長いため息が漏れる。空を仰ぐと、曇天がどんよりと広がり、まるで俺の気分を代弁しているようだった。頭を掻きながら立ち止まり、振り返ることもせずに歩き出す。試験会場の入口はもう視界の外だが、さっきまでそこにいた自分の姿が頭の中にちらついて離れない。


ポケットの中の通知書が重りのように感じられた。それを破り捨てたい衝動に駆られたが、どうせまた受験するだろうと考えると、そんなことをしても意味がないと思い直した。ただ、いつまでも続くこの無力感に耐えるのが辛かった。


「何回目だよ、これで……」


苦笑とも自嘲ともつかない声が、呟きとなって路地に吸い込まれる。通りを行き交う人々の中で、こんなことを考えているのは俺だけかもしれないと思うと、余計に自分がみじめに思えた。


頭を軽く振って気分を変えようとしたが、うまくいくはずもない。目に入る景色が全部ぼやけているように見えた。だけど、それでも足を止めるわけにはいかない。ただ歩くことで、どこかにたどり着ける気がしたからだ。


近くのベンチが目に入った瞬間、無意識に足がそちらへ向かっていた。身体が重い。心の中の負担がそのまま身体に乗り移ったみたいだ。ふらりと座り込み、背もたれに深くもたれかかると、視界に広がる灰色の空がどこか遠く感じられた。


「探索者か……」


思わずつぶやいてしまったその言葉が、風に乗って消えていく。幼い頃から、探索者は俺にとって憧れそのものだった。迷宮の奥に眠る秘宝を探し求める姿。どんな危険が待ち受けていても、その鋭い眼差しで前進する勇姿。テレビのニュースやドキュメンタリー番組で見るたびに、あれこそが自分の目指すべき未来だと思っていた。


「俺も、ああなれるはずだって……そう思ってたんだけどな」


膝に肘をついて顔を覆い、苦笑いが漏れる。だが、それは何も解決しないことくらい自分でも分かっている。実際、今日も試験に落ちた。夢に向かって歩き続けたつもりが、気づけば夢を見上げることしかできなくなっている。


ポケットに手を突っ込むと、通知書の感触が指先に触れる。くしゃくしゃになった紙の感触に苛立ちを覚えながら、それでも捨てられない自分が嫌になる。破り捨てるべきだと分かっているのに、それができないのは、まだどこかで希望を捨てきれていないからだろうか。


「……やっぱり、才能がないんだろうな」


その言葉を口に出すと、自分の情けなさがさらに突きつけられる。異能がない平凡な俺が、あの迷宮で活躍するなんて、無理なのかもしれない。試験場で見た、他の受験者たちの輝くような姿が頭に浮かんでくる。自信に満ちた態度。異能の力を自在に操る技術。あれこそが探索者の姿だ。


「それでも……それでもさ」


視線を地面に落としながら、手のひらを軽く握る。ぼろぼろでも、みっともなくても、俺はまだ諦めたくない。憧れが簡単に消えるような軽いものなら、こんなに苦しむこともなかった。胸の奥に燻るものが、諦めるなと叫んでいる。


「……どうすればいいんだよ」


ぽつりと零れたその声は、空へ吸い込まれていく。ベンチに腰掛けたまま、何気なく視線を上げると、遠くで楽しげな声が聞こえてきた。声のする方を見ると、数人の探索者たちが迷宮から戻ってきたばかりなのだろう、大きなバックパックや武器を肩にかけて談笑しているのが見えた。


「いやぁ、今回は危なかったな!」

「お前が最後の扉でトラップに気づかなかったら、全滅してたぞ!」


そんな声が風に乗って耳に届く。彼らは迷宮での冒険の余韻に浸りながら、お互いに笑い合い、軽く肩を叩き合っている。その表情には充実感が溢れていて、疲れているはずなのに、どこか活き活きとして見える。

中には腰に大きな剣を下げた屈強な男や、異能らしい光を手のひらに灯す華奢な女性の姿もあった。それぞれが特別な力を持ち、それを当たり前のように使いこなしているのが一目で分かる。


俺は何も言わずに彼らを眺めていた。羨ましい。いや、それだけじゃない。憧れと嫉妬が入り混じった感情が胸の中で渦巻くのが分かる。楽しそうな笑顔を見るたびに、彼らと自分との圧倒的な違いを突きつけられているようだった。


「俺も、ああなりたかったんだよな……」


自分の声がやけに乾いて聞こえる。憧れた姿は、あそこにある。冒険者として迷宮を駆け抜け、仲間と共に困難を乗り越え、成功を分かち合う。その輝かしい瞬間が彼らの日常だなんて、なんて眩しいんだろう。


一方で、俺はここに座っているだけだ。ポケットの中の通知書は、失敗を裏付ける重りのように感じられた。何度も挑戦して、何度も弾かれて、それでも夢を捨てられないでいる自分が、ただ滑稽だった。


彼らの笑い声が遠ざかっていく。楽しげな話題を続けながら、彼らは迷宮から戻ってきたその先へ進んでいく。俺のいる場所には目もくれずに。


「……違う世界にいるみたいだな、ほんとに」


呟きながら、ふと目を閉じた。その光景を見ていたら、自分が小さく、透明になったような気がしてならなかった。それでも、心の奥で小さな炎のようなものがまだ揺れている気がする。消えない炎。消せない憧れ。


探索者たちの声が完全に聞こえなくなると、俺は視線を再び曇った空に向けた。曇り空の下、ぼんやりと通りを眺めていた時だった。どこからか、かすかな声が耳に届いた。それは風に紛れるような微弱なものだったが、確かに言葉らしき響きを含んでいる。


「……た……すけて……」


反射的に顔を上げ、辺りを見回す。声の出所を探ろうと耳を澄ませるが、通りには人々が普通に行き交うだけで、誰も異常を感じている様子はない。誰もこちらを見ないし、声など聞こえなかったかのように過ごしている。


「……今のは?」


ひとりごとのように呟き、さらに目を凝らす。声はまるで風の中に溶け込むように消え、方向すら掴めなかった。通り沿いの建物、遠くの路地、そして頭上の空。どこを見ても、声の主らしき姿は見当たらない。


かすかな声が耳に残ったまま、どこから聞こえてきたのかを考え続けていた。けれど、通りを行き交う人々の様子はいつも通りで、特に異常な様子はない。普通なら聞き流してしまうような微かな声なのに、なぜか頭の中にこびりついて離れなかった。


足は自然と動いていた。自分の意思というよりは、何かに引っ張られるような感覚に近い。声の出所を探ろうとしているつもりだったが、いつの間にか目的地など考えずに歩いていることに気づいた。


「……なんで、こんな方向に……?」


気がつくと、街の外れにある迷宮の入り口が視界に入ってきた。人々が集う喧騒から少し離れた場所に、それはひっそりと佇んでいる。巨大な石造りの門が重々しくそびえ立ち、その奥の暗闇は、不気味なまでの静けさを湛えていた。


迷宮の入り口をじっと見つめながら、心の中に奇妙な感覚が湧き上がる。それは恐怖でもなく、好奇心でもなく、ただ「ここに行け」と命じられているような、不思議な引力のようなものだった。


「まさか……迷宮の中から?」


思わず口に出したその言葉に、答えは返ってこない。だが、あのかすかな声が再び頭の中で響いた気がした。それが確かに迷宮の奥から来ているように感じられて、胸の奥がざわつく。


「いや、俺が迷宮に行ってどうするんだよ……」


自嘲気味に呟きながらも、足は止まらなかった。まるで迷宮の入り口が俺を呼び寄せているようにすら思えた。探索者でもない自分が、ここに立っていること自体がおかしいはずなのに、引き返す気にはなれない。


目の前にそびえ立つ門を見上げ、深く息を吸い込む。その向こうにあるのは、どんな世界だ?何も考えずに突き進んだら、俺はどうなるんだろう?


それでも、一歩、また一歩と進むうちに、迷宮の入り口は目の前に迫ってきた。あの声が、何かを求めるように耳の奥で囁いている気がする。


迷宮の入り口を前にして、足が止まりかける。胸の奥から押し寄せてくる不安と、これ以上失敗するのが怖いという思いが絡み合い、息が詰まりそうだった。けれど、その感情を振り払うように頭を強く振り、自分に言い聞かせた。


「これ以上、失敗なんてないだろう……どうせ、俺にはもう何も失うものなんてないんだから」


声に出さないまでも、その言葉を心の中で繰り返す。冒険者試験に何度も落ち続けた時の挫折感。それに比べたら、迷宮の中で少しくらい迷ったり、恐怖を味わったりすることなんて、大したことじゃないはずだ。今までだって、何度も負けてきた。もう慣れている。


「それに、あの声だって……俺を呼んでいるように聞こえるんだ。無視する方が気持ち悪いだろ?」


自分にそう言い聞かせながら、胸の奥にくすぶる緊張を押さえつける。それでも、不思議なことに、ほんの少しだけ気持ちが軽くなった気がした。失敗しても、またやり直せばいい。何度転んでも、立ち上がることができるはずだ。


「大丈夫だ、俺ならできる。誰も期待しちゃいないけど……俺が信じてやればいい」


そう考えると、不思議なことに足が自然と前に進んでいった。迷宮の入り口は、まるで俺を待っているかのようにその暗い口を開けている。ここで引き返すのは簡単だ。だけど、俺は自分に挑むことを選ぶ。


迷宮の冷たい空気が、肌にひんやりとした感触を与える。その瞬間、心の中の決意がほんの少しだけ強くなった気がした。


迷宮の入り口に立ち尽くしていた俺は、鼓動の速さを抑えられないまま、思い切って一歩を踏み出した。足を進めるたびに、迷宮特有のひんやりとした空気が全身にまとわりついてくる。外の世界とはまるで違う、湿気と静寂が入り混じった空間だ。


「……暗いな……」


目の前にはぼんやりと続く石造りの道が伸びている。光源はほとんどなく、薄暗い明かりがところどころ壁の苔に反射している程度だ。探索者たちがよく使う特殊なランプがあれば、もっと視界が開けるのだろうが、俺にはそんなものはない。迷宮に入ること自体が初めてで、装備なんて何も用意していないのだから。


それでも、あの声が再び頭の中に響くような気がして、自然と足が動いてしまう。恐怖を振り払うように唾を飲み込むと、少しだけ勇気が湧いたような気がした。


「おい……本当に誰かいるのか?」


声を出してみるが、返ってくるのは自分の声が壁に跳ね返る反響音だけだ。その響きが一層、この場所の不気味さを際立たせている。けれど、それ以上に胸の奥で何かが引っ張られるような感覚が、俺をこの場所に縛り付けていた。


歩みを進めるたびに、靴音が石畳の上で乾いた音を立てる。妙に大きく聞こえるその音が、迷宮の静けさを埋めるように響いていた。


「これ、マジで大丈夫なのかよ……」


心の中で何度も繰り返す不安を打ち消すように、奥へ奥へと歩みを進める。暗闇の中で、あのかすかな声だけがどこか確信を持って導いているように感じられた。何が待ち受けているのかも分からないのに、引き返すという選択肢が消えてしまったかのようだ。


道が次第に狭くなり、空気がさらに重く感じられる。背後を振り返ると、入口から差し込んでいた微かな光すら、もう見えなくなっていた。


「……やるしかない、か」


思わずつぶやいた言葉に力を込める。震える手を握りしめ、俺はさらに一歩、迷宮の奥へと足を踏み出した。

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