聖杯の奴隷、唯一無二の魔法学校

@ggaa

第1話

生きている限り、この夢を見るのだろうか。

目の前に広がる光景は、まさに地獄そのものだった。


破壊された家々には肉片が飛び散り、血痕が辺り一面に広がっている。

火柱が村の至る所から天へと噴き上がり、老若男女の悲鳴がこだまする。

その声すら、大きな爆発音とともに次々と掻き消されていく。


魔物の唸り声、人々の断末魔の叫び声が交互に耳を刺す。


「助けて!」

「来ないで!」

「子供が家の下敷きに!」

「お母さん、どこにいるの!」


そんな悲痛な声が四方八方から響く中、現実を直視する勇気を持てない自分がいた。


目を閉じ、耳を塞ぎ、身体を縮こまらせた。


それでも雑音は消えない。

混乱と恐怖が支配する頭の中は、ただひたすらこの状況を否定しようと必死だった。


「なんで……どうして……」


ついさっきまで、平穏だったはずの村が……。


孤児院の仲間たちと遊んでいた最中、地響きが轟き、警告音が鳴り響いた。

村中に知らされたのは、誰もが恐れる“あの音”だった。


魔王軍の進行を告げる警告音。


それが何度も頭の中で反響する。

現実を受け止めきれず、恐怖で身体は動かない。

縮こまりながら、耳を塞ぎ、目を閉じ、ただ震えるしかなかった。


「——————なさい!」


聞き覚えのある声が響く。


「————目を開けなさい!」


その声に導かれ、恐る恐る目を開くと、一人の老紳士がしゃがみ込みながらこちらを見つめていた。


「やっと開きましたか……」


汗を滲ませた額を拭いながら、彼は安心させるように微笑む。


「良いですか、この村はもう長くは持ちません。」

「あなたも分かっている通り、魔王軍が進行しています。」

「ライン、すぐに孤児院の地下へ通じる避難経路に向かいなさい。幸いにも、魔王軍の侵攻は東側。孤児院はその反対側です。」


彼は力強い声でそう言い残すと、燃え盛る村の中へと走り去っていった。


「エルダ先生……!」


伸ばした手は虚しく空を切る。

夢の中で何度も繰り返されるその背中の光景が消えた瞬間、この夢は終わるを迎える。



朝の光がカーテンの隙間から差し込み、瞳を刺す。

冷たい現実に引き戻されながら、ライン・ナァーバ・アルトリアは溜め息を吐いた。


「またか……」


勇者パーティーを支えた万能の魔術師は、その記憶を呪うかのように目を覚ました。

差し込む柔らかな日差しが、心地よさを誘う。


──勇者パーティーにいた頃、こんな朝を迎えられることなど一度もなかった。


死と隣り合わせの日々。

常に次の戦闘が控えている緊張感の中で、心を休める暇などなかったのだ。


だが、その穏やかな朝が突然胸をざわつかせるのは、脳裏に浮かんだ“あの顔”のせいだった。


「……クソが。」


吐き捨てるようにラインは呟く。


かつての勇者——いや、“クソ勇者” の顔が脳裏をよぎる。


「アイツさえ、まともに戦っていれば……」


使命を放棄し、仲間を見捨て、魔王から逃げた裏切り者。

そんな人物の顔が浮かぶだけで、せっかくの穏やかな朝が台無しだ。


ラインは深い溜息を吐き、ベッドから身を起こした。

寝起きの温もりから抜け出すと、朝のひんやりとした空気が服越しに肌を刺す。

椅子の背もたれに掛けてあった手拭いを手に取り、流し場へと足を運んだ。


水桶に冷水を貯め、両手ですくう。

冷たい水が顔全体に広がり、煮えたぎっていた頭を冷やしていく。

イライラが和らぎ、思わず何度も同じ動作を繰り返した。

その後、そっと顔を手拭いで拭き、冷静さを取り戻す。


──スッキリした。


まるで冷水と一緒に、苛立ちも流しに流れ落ちたかのようだ。

そう自分に言い聞かせるように息を吐き、鏡に映る自身の姿を見つめた。


見慣れない自分の姿。

それを目の当たりにするたび、二日経った今でも背中がむず痒くなる。


背中まで伸びた白髪は、まるで灰をかぶったような無垢な色。

長い睫毛の先には、燃え盛る炎のような赤い瞳が輝いている。

陶器のような白い肌は、陽の光に照らされてなお一片の汚れも見当たらない。

背筋を伸ばすと、服越しに綺麗なボディラインが浮かび上がるのが分かる。


「…………はぁ。」


ラインは今日二度目の溜息をつき、流し場に声を漏らした。


「ほんと勘弁してくれよ。」


その声は、まるで鈴が転がるような美しい音色だった。


なぜ、こんなことになったのだろう。

問いかけても答えは出ない。


原因は漠然と分かっている。だが、それでも信じがたい現実だった。


禁忌の魔術──《聖杯》との取引

あらゆる魔法の根源にして境地、そして禁忌の領域。

《聖杯》は、高い代償を支払うことで、常識を覆し、不可能を可能にする“神域”の魔法だった。


だが、その魔術を扱える者はごく僅かだ。

長い歴史の中で、魔法の全てを理解し、完全以上に極めた者のみが手にできる“理不尽の魔法”。

ラインが知る限り、それを扱えるのは二人だけだった。


一人は、かつて彼を救い、魔法という概念を教えてくれた恩人にして恩師——エルダ・ヴィンフット。

そしてもう一人、すべてを失い絶望していたラインを見つけてくれた、現在の師匠——ウリエル・ナァーバ・アルトリア。


「……世界って意外と狭いのかもな。」


ラインは苦笑する。

だが、そんな感傷に浸っている余裕などない。


「……さて、どうすっかな。」


師匠には悪いが、まずは目の前の状況をなんとかしなければならない。

ラインは再び鏡に映る自身の姿を確認した。


──信じられない。


その現実を直視し、またしても溜息を吐きそうになるのを堪える。


肉体すらも変化するなんて、聞いてない。


「俺の全てを代償にすると言ったけどさ……こうなるとは思わなかった。」


黒髪だった髪は白髪に変わり、身長も縮み、容姿は完全に別人と化していた。

溢れる違和感に背中がぞわつく。


「まあ、常識が通用しないなんてこと、この身で散々経験してきただろ。」


自らを納得させるように呟き、思い返すのは魔王や魔王軍幹部との戦いの日々。

常識外れの戦場を数え切れないほど潜り抜けた。


だが、これからどうするか。

その答えはまだ見えてこない。


「……でもよ、聖杯。」


ラインは鏡に映る自分に問いかけるように呟いた。


「俺の全てを代償にするとは言ったが、流石にここまで変わるとは思わねぇぞ。」


聖杯が与えた力を後悔していないわけではない。

その力は、絶望的な状況を覆すために必要な“鍵”だったのだから。


「はぁ……とにかく、まずはこれからどうするかだ。」


顔を上げると、鏡越しに映る自分に問いかける。


──これから、どう生きる?


答えは、まだその瞳の中に眠ったまま。


変わり果てた自分の姿を見つめながら、ラインは苦笑した。

これではもう、かつての戦友や故郷に顔を出すことなどできないだろう。

過去の自分にとって“普通”だった日常は、すでに遠く消え去ってしまった。


——もう表舞台に出ることはできない。


それでも、自分がやらなければならないことがきっとある。

ラインは視線を少し上げ、決意を固めるように呟いた。


「とりあえず、師匠に伝えなきゃな……。」


その言葉に自らを納得させ、視線を机の上へと移す。

この宿に居座り続けるわけにもいかない。

必要最低限の荷物をまとめ、新たな旅の準備をしなければならなかった。


部屋の中を見渡せば、床には資料や本が散乱している。

それらはすべて《聖杯》との取引に関するものだった。

ラインはそれらをひとつずつ手に取り、ざっと目を通す。


「……結局、これといった収穫はなしか。」


肩を竦め、資料をまとめて手を振ると、指先に魔力を灯す。

青白い炎が燃え広がり、無価値な資料たちを一瞬で焼き尽くした。


一方で本のほうは、無造作に積み上げられたままだった。

それらに関しては火をつけることをためらい、軽くため息をつく。


「本くらいは寄付していくか。宿の主人も喜ぶだろうし。」


使わない荷物を整理し終え、室内がすっきりすると、ラインは改めて最小限の荷造りを始めた。

衣服、旅に必要な最低限の道具、そして魔術書数冊をバッグに詰め込む。


準備を整え、立ち上がった瞬間、机の上に置かれていた一つの小さな物が視界に映る。


勇者から贈られたペンダントだった。


そのペンダントは、勇者パーティー結成時に渡されたものだった。

勇者が「これで俺たちは一つだ」と笑いながら手渡してきた、仲間としての象徴。

だが今となっては、目を背けたくなるほど憎たらしい代物だった。


ラインはそっとそれを手に取り、じっと見つめる。

過去の記憶が嫌でも蘇ってくる。

だが、それは決して甘美な思い出ではなく、苦い後悔と怒りが滲むものだった。


「……あの時はなぁ、勇者なんて肩書きに酔った堕落者になるとは思わなかったよ。」


目を細め、皮肉を込めた笑みを浮かべる。

だが、その表情もすぐに消え去り、ペンダントを指先に持ち替えると、再び魔力を練り上げる。


赤い炎がペンダントを包み込み、ゆっくりとその形を崩していく。

燃え盛る炎の中、ラインは静かに呟いた。


「……あんなクソ勇者のお世話係はもう懲り懲りだ。」


炎が完全に消え去ると、残ったのは黒い灰だけだった。

それを軽く振り払うと、ラインは肩を竦めて立ち上がる。


「勇者パーティーに捧げた人生は、今日をもってお終いだ。」


そう言い残し、部屋を見回す。

散らかっていた荷物が整理され、ペンダントの痕跡も消え去ったこの部屋には、もう何の未練もない。


ラインは最後に深呼吸をして、静かに呟いた。


「これからは、好きに生きさせてもらうか。」


そして、彼は宿の扉を静かに開け、新たな人生の一歩を踏み出した。

その背中には、迷いを振り払った新たな覚悟が宿っていた。



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まず初めに、私の拙い文章を読んでくださり、ありがとうございます。

ゆっくりと書いていく予定です。

時々修正加えていくと思います。

誤字脱字があれば教えてください。

是非、評価の方も宜しくお願い致します。





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