クリぼっち3人と1匹、旅に出る
金澤流都
1 出発
12月24日の夜9時、急に思い立って、栗栖龍太は大学を卒業してから12年触っていなかった、文学サークル「賢者タイム」のグループチャットに、「いまヒマ?」とメッセージを書き込んだ。
数分と経たずに、升昴から「うんヒマ」と返事がきた。その数分後、伊武芽瑠からも「ヒマ」と返ってきた。
そういうわけで、クリぼっち3人組は、大学生のころドライブで立ち寄ったドライブインに、自販機のうどんを食べにいくことになった。
3人は34歳になっていた。龍太があのころ想像した通り、3人とも一緒にクリスマスを祝う相手はいないようだった。
「……よう」
昴が現れた。犬を連れている。賢そうなボーダーコリーだ。昴本人は完全に犬の散歩に出かける格好である。
「なんだその犬」
「自分の大事な家族だ。こいつがいなかったら自分は生きていない」
昴はそう言って、龍太に尋ねてきた。
「お前こそ家族はどうした。結婚したんじゃなかったのか」
「社畜の俺を置いて嫁さんの実家に行った」
「それはまた気の毒な」
「ごめん、遅くなった」
芽瑠が現れた。パーカーの上からダウンジャケット、ユニクロのデニムというすごく簡素な格好をしている。いかにもお金持ちのお嬢様然としていた大学時代とはぜんぜん違う。
「えっと、ナニ芽瑠になったんだっけ?」
龍太が尋ねる。
「いっぺん変わったけど伊武芽瑠に戻った。10年かかっても子供に恵まれなくてね」
芽瑠はハハハァと笑った。みんなで龍太の大きな車に乗り込む。
「おい昴。犬も乗せる気か」
「犬じゃない、ヨハンという名前がある。なあヨハン」
「ワウン」
「その犬車んなかでゲロ吐いたりしないだろうな」
「大丈夫だと思うぞ。ドライブは大好きだからな。動物病院の方角に向かうと絶望の叫びを上げるんだが」
車のエンジンをかけると、車の中に爆音でアニソンが響いた。慌てて龍太はオーディオを止める。
「ときどき子供の保育園のお迎えにいくもんだから」
龍太は言い訳をする。芽瑠が「いいお父さんやってんじゃん」と笑う。
いいお父さんなんかじゃないよ、と龍太は自嘲する。
「いいお父さんっていうのは年末に温泉旅館とかハワイのホテルを確保して、家族全員で行くもんだ」
「そうなの? ……そうだね。昴はいまなにやってるの? 大学出るちょっと前にラノベの賞獲ったけど、まだ作家やってんの?」
「いまはラノベは書いてない。エロゲのシナリオライターやってる。童貞なのに」
「そっか。で、犬と2人暮らししてるわけだ……立て続けにお父様とお母様亡くなってたものね」
「年賀状は出すものだな。いや、喪中ハガキか。あとこいつは犬じゃなくてヨハンだ」
車は都会の喧騒を離れ、次第に道が細くなり、山に迫ってきた。
「俺たちの名前ってさ、クリス・マス・イブだな」
「アハハハ。龍太、面白いこと言うじゃん」
「ワウンッ!」
「だから『賢者タイム』ってサークル名にしたんじゃないか。東方の三賢者だ。メルキオール、バルタザール、カスパールだ」
昴がそう言い、ヨハンの頭を撫でる。ヨハンはパタパタとしっぽを振っている。
「……労働環境が、ブラックでな」
「龍太、一流企業に就職したって言ってたじゃん」
「うん。一流企業は求めることも一流なんだ。しんどい、実にしんどい。で、芽瑠はなにがあって?」
「さっき言ったじゃん。不妊治療10年かかっても子供ができなかった! オット氏はよその若い女に手を出してはらました! そんで義実家も謝ってはきたけど孫を産んでくれる女のほうに優しくするので、離婚してあんたらは楽しくやってろ! ってなった! 職歴ないから百均のパートするしか生きていくすべがない!」
「みんなしんどい人生を生きてんだな」
昴がため息をつく。
「昴だってしんどいじゃん、昴より早くいなくなっちゃうんだよ? ヨハンくんは」
「よせ、そういうことを言うな。ヨハンはまだ3つだ、人間換算で20代だぞ!」
「クゥーン」
「よしよしグッドボーイだヨハン。お利口お利口」
三者三様、問題を抱えた暮らしをしているようだな、と龍太は思った。
車は山の中のトンネルを進む。トンネルの中はぼんやりと黄色い灯りがついている。
「ヨハンくんってボーダーコリー? ボーダーコリーって牧羊犬だよね」
「そうだが?」
「東方の三賢者と羊飼いだね」
「問題はキリストもマリアもいないことだな」
「ヨセフも馬もいないぞ?」
「しかも星じゃなくて自販機のうどんに導かれてるし。ウケるんだけど!」
一同、大学のころと同じ声で、ワハハハと笑う。ヨハンもそれに合わせて笑顔になった。
大学のころの思い出話はなぜか出なかった。これが歳をとるということだろうか。近況、決して楽しくない近況を、3人それぞれポロポロと話した。
「クリぼっちが3人集まると愚痴大会になるんだな」
「それはしょうがない。愚痴しか出ないクリぼっちだから3人して旅に出てるんだ」
「3人でいたらクリぼっちとは言わないでしょ」
「各々孤独抱えてんだなーって話だよ。お? 龍太、あれじゃないか?」
昴が山のはざまを指差す。ドライブインの小さな灯りが目に入った。
大学のころを思い出すとずいぶん寂れている。車は一台も止まっていなかったが、3人はワクワクとドライブインに向かった。あのうどんの自販機はまだあるようだった。(つづく)
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