第6話 二次試験
「おいおい、みんな落ち着けって。ここは武器を選ぶ場所であって、腕っ節試しの場じゃないだろ?」
カイルは朗らかな声で言いながら、自然な動作で揉め事の中心に割り込んだ。その明るさに場の緊張感がわずかに揺らぐ。
「なんだ?てめぇは」
先頭の男は不機嫌そうにカイルを睨みつける。しかし、カイルはその視線にも怯むことなく、にこやかに笑ってみせた。
「俺?ただの受験者さ。だから、あんたみたいに威張れる立場でもないけど──」
カイルは言葉を続けると同時に、男の手元へ視線を向けた。覚能力を発動していた手首を素早く掴む。
「なっ!?離せっ!」
男が焦ったように手を振り払おうとするが、カイルの力は意外なほど強く、その手を逃がさなかった。
「お前さんも戦える人間なんだろ?だったら、力を示す場所はここじゃなくて試験会場だろ」
カイルの言葉に、一瞬だけ男の表情が揺れる。しかし、すぐに険しい顔に戻り、低く笑った。
「へっ、綺麗事ばっか言いやがって。俺が本気出したら、そんな軽口叩く余裕もなくなるぞ?」
「なら試してみる?」
カイルの声色がほんのわずかに低くなった。にこやかな笑顔を崩さぬまま、しかしどこか挑戦的な雰囲気を醸し出す。
一方で、エリオは仕方ないというようにため息をつき、双剣を背負うとゆっくりとカイルの方へ歩み寄った。
「カイル、その辺にしとけ。こいつら相手にしても意味ないだろ」
エリオの言葉に、カイルは一瞬だけ振り向き、目で「もう少しだけ待ってくれ」と訴えた。
「意味なくないさ。こういうのはお互いに理解するための大事なプロセスだろ?」
そう言いながら、カイルは男に向き直った。
「雑魚がいつまでも調子乗るなよッ!」
男が声を荒らげカイルに手を向けた瞬間、カイルの槍が素早く半回転して男の眉間すれすれに切っ先が突きつけられた。
その動きは速すぎて、周囲の者が息を呑むほどだった。
「ほら、俺は準備できてる。あんたはどうする?」
カイルの笑顔が、ほんの少しだけ鋭さを帯びた。
その空気に圧され、先頭の男は舌打ちをしながら後ずさる。
「ちっ、覚えてろよ!」
そう吐き捨てて、男は取り巻きたちを引き連れてその場を後にした。
「ふぅ、これで一件落着ってね」
カイルは軽く肩を回しながら、再びエリオの隣に戻った。
「余計なことをするなって言っただろ」
エリオは呆れたように言ったが、どこか安心した表情を見せた。
「いやいや、これが俺のスタイルだからさ!エリオも覚えとけよ、無駄な衝突は避けつつ、でも大事なとこは譲らないのがコツだって」
カイルの軽口に、エリオはわずかに苦笑を浮かべた。
「ほんと、お前は面倒な奴だな」
カイルの明るさと行動力に引っ張られるように、エリオは少しだけ気を緩めた自分を感じていた。
「受験者は武器を持って倉庫から退室してください」
不意に響いたアナウンスに、エリオたちは顔を上げる。どうやら時間が経ち、次の試験が始まるようだ。他の受験者たちも慌てた様子で武器を手に取り、倉庫から出て行く。
「フィールドには二十体の断章者を放っています。受験者の皆さん、どうぞご健闘を」
アナウンスの声が続き、受験者たちの間に緊張が走った。
受験者四百人に対して、たった二十体。数字だけ見れば少ないように思える。だが、断章者の力を知るエリオにとって、その数はむしろ多すぎるとすら感じられた。
──審査側は受からせる気なんてあるのか?
エリオは内心で苦い思いを抱きながら、双剣を背負い直す。
この試験、合格者は一割にも満たないだろう。
一方で、断章者についてよく知らない受験者たちの間からは、不満げな声が漏れ聞こえていた。
「二十体だけかよ?四百人もいんのに、そんなんで勝負になるのか?」
「油断するなって。ここまで来た試験で楽勝なんてあるわけねえだろ」
そんなざわめきの中、隣にいるカイルが緊張のせいか引きつった笑みを浮かべながら口を開いた。
「なぁ、エリオ。断章者に会ったことあるか?あいつらの強さを知ってるか?」
カイルの問いに、エリオはちらりと彼を見てから視線を正面に戻した。
「ああ、よく知ってるよ。アリストの力もな」
エリオのその言葉に、カイルは驚いたように目を見開いた。
数十年前まではアリストとの遭遇率は高かった。だが、今では彼らは自ら作り上げた領域に引きこもり、たまに人間社会でひと暴れしてはすぐに姿を消す。
もしアリストに遭遇しても、生還する者はほとんどいない。だからこそ、断章者やアリストの実態を知る者は限られているのだ。
「マジかよ……。そりゃ、すげえな」
カイルはエリオの横顔を見つめながら、嘘をついている様子がないことをすぐに理解した。エリオの表情からは揺るぎない自信と覚悟が感じられる。
「なら──手を組もうぜ」
カイルは少し考えてから決意したように言葉を続けた。
「多分、俺たち一人じゃまだ断章者には勝てねえ。でも、力を合わせれば、絶対に撃破できるはずだ」
エリオは少しの間沈黙したが、やがて頷いた。
「いいだろう。無駄に体力を削られるのもごめんだしな」
二人は目を合わせ、互いにうなずくと走り出した。
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