第5話 出会い

 一次試験を突破し、二次試験に進んだのは、四百人弱の通過者たち。

 一次試験では戦闘ではなく、基礎的な身体能力や精神力が試され、約六割が脱落している。通過者たちは皆、その過酷な試験を勝ち抜いた実力者たちだ。


 エリオたち一次試験の通過者は、再び仮想現実空間へと招かれた。

 仮想空間に生成された街は、灰色の薄暗い空の下で静まり返り、不気味な静寂が支配している。くすんだ建物群と無人の道路は、まるで時間が止まったかのようだ。


 試験官の指示で街の中心部に集められた受験者たちは、それぞれ緊張と期待が入り混じった表情を浮かべている。しかし、試験内容を告げる一声が響いた瞬間、全員の顔色が一変した。


 これから挑むのは「断章者」との実戦形式での戦闘だ。

 仮想空間に配置された断章者を相手に、攻撃や防御の成果を数値化され、合格ラインを超えなければ失格となる。


「これより二次試験を開始する。武器は仮想空間内に設置された武器庫で提供される試作品を使用しろ。この街に配置された断章者に攻撃し、撃破することでポイントを稼げ。」


 試験官の声が仮想空間全体に響き渡った。


「試験クリアの条件は50ポイント以上だ。制限時間内に50ポイントに到達した者は入団テスト合格だ。だが、一定の基準を満たさない場合は容赦なく失格となる。油断すると死ぬぞ。全力を尽くせ、健闘を祈る」


 試験官の声が消えると同時に、受験者たちは武器庫へと誘導された。


  二次試験で受験者たちが戦う断章者は、「おとぎ話の住人」のうち、主人公以外のキャラクターたちである。

 赤ずきんに登場する狼や狩人、不思議の国のアリスに登場するトランプ兵や白うさぎなど、物語の脇役や敵対者がモデルだ。


 断章者たちは元の物語での役割や記憶を奪われ、制御された存在として試験のために投入されている。

 彼らの首には特殊な首輪が装着されており、この首輪から注入される薬によって動きが抑制されているが、攻撃を受けると反撃を開始する。


──入団テストで断章者が出てくるとは思わなかったな。


 エリオだけでなく受験者たちにも、動揺の表情が浮かんでいた。


 本能的に攻撃する断章者の動きは鋭く、一撃で致命的なダメージを与えることもあり、防御が極めて難しい存在だ。

 断章者たちは虚ろな目をしており、生気を感じさせない廃人のような様子をしている。しかしその力は強大で、受験者たちは個々の能力だけでなく、状況判断や戦術を駆使して対応する必要がある。


 断章者くらい倒せなければ、アリストと渡り合えるわけが無いという、リバレイト側からのメッセージなのだろう。


 二次試験に断章者を配置したのは、ただ単に受験者を選別するためではない。

 リバレイトは、この試験を通して「アリスト」と戦う覚悟と実力を持つ者だけを選び出そうとしている。


 断章者を倒すことができなければ、本物の戦場でアリストと渡り合うなど到底不可能だ。

 エリオは拳を強く握りしめた。

 一次試験を突破して得た自信が揺らぐのを感じながらも、同時に負けられないという決意が心に宿る。


「へぇー、これにポイント表示されんのか。技術すげぇ」


 近くの受験者が腕に装着したリング型デバイスを掲げ、感嘆の声を漏らした。

 二次試験の評価は、受験者が腕につけているリング型のデバイスにより数値化される。

 攻撃、防御、クリティカルヒット、そしてキル(撃破)の成果が自動的に判定され、以下のようにポイントが加算される。


攻撃:1ポイント

クリティカルヒット(急所攻撃):2ポイント

防御:3ポイント

キル(撃破):10ポイント


 チームで戦闘を行う場合、キルのポイントのみが均等に配分される。ただし、チームとして認識される条件は以下の通りだ。


・同じ対象物(断章者)に対して攻撃や防御を行ったこと。

・チームメンバーが半径10メートル以内にいること。


 試験クリアには50ポイント以上が必要で、ポイントを稼ぎ続けることはできるが、時間切れや負傷による失格リスクが常に付きまとう。

 全ての成果が数値化されるため、受験者は戦略的にポイントを稼ぐことが求められそうだ。


「武器を選んだ者からフィールドに入り好きな場所に移動しろ。十分後に試験開始とする」


 試験官の指示が響く中、受験者たちは武器庫に殺到した。

 仮想空間の武器庫には、さまざまな武器が所狭しと並べられている。どれも試作品だが、その性能は本物と遜色ない。


 エリオは双剣に視線を止めた。軽量で素早い攻撃に適しており、自身の戦闘スタイルと相性が良さそうだ。

 手に取ると、刃の部分が仄かに青い光を帯びているのがわかる。


──これだ。これなら俺の力を引き出せる。


 エリオは刃のバランスを確認するため、軽く振ってみた。鋭い音が空気を切り裂き、手応えは申し分ない。


「ねぇねぇ、君いくつ?」


 突如声をかけられ振り向くと、エリオと変わらない年頃の少年が立っていた。

 彼はにかっと太陽のように明るい笑顔で笑った。身長は平均より少し低めだが、筋肉質な体型をしており、髪は短めの栗色で、前髪が無造作に跳ねている。


「十六だけど」


 エリオは素っ気なく返した。


「えっ!俺と一緒じゃん!周りは大人ばっかりだろ?寂しかったんだよね~、仲良くしよっ」


 少年はまるで旧友にでも話しかけるかのような気軽さで、エリオにぐっと距離を詰めてきた。その無防備な笑顔とテンションの高さに、エリオは一瞬たじろぐ。


「……別に寂しくなんかないけど?」


 エリオは軽く眉を寄せた。

 エリオにはここにいる明確な理由があった。六年前に行方不明となった両親を探し出し、アリストに復讐すること。

 それが彼がエージェントを志願した目的だ。友達を作るために来たわけではない。


「そう言うなって!俺はカイル。カイル・リベルト!よろしくな、エリオ!」


 カイルはお構い無しに自分の名前を告げると、エリオの名前を言い当てるように指差して見せた。

 驚いたエリオが目を見開くと、カイルは笑顔をさらに広げた。


「なんで俺の名前を……」

「ははっ、武器を取るときにリングに書かれてた名前ををチラッと見ただけだって!怪しいことはしてないから安心しろよ!」


 悪びれた様子もなく弁解するカイルを、エリオは冷静に観察した。

 この少年、外見こそ陽気そのものだが、周囲への気配りと行動の早さは、ただの能天気な奴というわけではなさそうだ。


「ま、よろしく。邪魔しないなら好きにしてくれ」


 エリオはそう言い残すと、再び双剣の確認に戻る。


「邪魔なんてするわけないじゃん!むしろパートナーだよ、パートナー!」

「は?」


 エリオが顔をしかめる間もなく、カイルは勝手にエリオの隣に並び、武器庫を見渡し始めた。


「俺は何がいいかな~、あっ、これとかどう?」


 カイルが手に取ったのは、長い槍だった。銀色の穂先が鋭く輝き、柄の部分には赤い装飾が施されている。


「それ、重そうだけど大丈夫か?」

「へへ、見た目より軽いし、俺の力なら問題ないっしょ!」


 カイルは槍を軽く振り回してみせる。その動きは意外に滑らかで、エリオの目を引いた。


「お前、案外やるんだな」

「だろ?見た目で判断すると痛い目見るぞ、エリオ君!」


 エリオは呆れたようにため息をつきつつも、どこかカイルの明るさに引っ張られる自分を感じていた。


「まあ、足引っ張るなよ」

「おう!任せとけって!」


 カイルは笑顔で親指を立て、軽快に返す。その様子にエリオはわずかに肩をすくめた。

 その時、武器庫の一角から騒がしい声が響いてきた。


「おら、そこ退けよ。雑魚がグズグズしてんじゃねーよ」

「な、なんだとっ!?誰が雑魚だ」


 声のする方を振り向くと、一人の男を先頭に五人の男女が、他の受験者に絡んでいるのが見えた。


「はんっ、雑魚に雑魚って言って何が悪い。お前もお前もそこのお前も…才能ねぇよ。怪我する前にとっとと帰りな」


 先頭の男が嘲笑しながら、次々と受験者を指差して侮辱する。指を指された受験者たちは顔を赤くし、怒りに震えていた。


「喧嘩売ってんのか、こら!!」


 一人の受験者が声を荒らげながら男の胸倉を掴む。


「汚ぇ手で触ってんじゃねぇよ」


 男は低い声で吐き捨てるように言いながら、受験者を冷たく睨みつけた。その場の空気は一気に険悪さを増し、今にも乱闘が始まりそうな緊張感が漂う。


 エリオは眉間にしわを寄せながらその様子を見つめ、静かに吐き捨てた。


「……くだらない」


 一方、カイルは肩をすくめて苦笑しながら、そっとエリオの方を見た。


「なあ、エリオ。あれ、どうする?」

「どうもしない。ほっとけ。馬鹿な奴らが勝手にやってるだけだ」


 そう言いながらも、エリオはその場から目を離さなかった。


「早く離せって言ってんだよ」


 男が低く威圧的な声を発すると、その場の空気がさらに重くなった。緊迫した沈黙を破るように、男がわずかに手を動かすと──


「ぐあっ!」


 胸倉を掴んでいた受験者が突然苦しそうな声を上げ、吹き飛ぶようにして地面に倒れ込んだ。


「な、なんだ!?」

「こ、こいつ……覚能力者か!?」


 受験者たちは動揺した様子でざわめき始める。その場にいた誰もが男の周囲に漂う異様な威圧感を感じ取り、距離を取った。


「やっぱり乱闘か……エリオ、見てるだけでいいのか?」


 カイルが軽く腕を組みながらエリオに問いかける。


「俺たちが出る必要はない。こんなことで騒ぎを起こしている時点で、どっちも馬鹿だ」


 エリオの声には冷静さがあったが、目は鋭く動きを追っていた。

 その視線は男が使った能力に注がれている。どうやら、彼が使ったのは「覚能力」だった。


 覚能力とは、覚醒した能力者が持つ特殊な力で、通常の人間には発現しない超常的な能力のことを指す。

 これを持つ者は「覚能力者」と呼ばれる。

 覚能力者は、意識を集中させることで、物質や精神的なエネルギーを操り、現実の法則を超えた力を発揮することができる。

 能力の種類はさまざまで、攻撃的な力を持つ者もいれば、時間や空間を操る者もいる。


 この能力は主に先天的な要素に基づく場合が多いが、訓練や極限状態を経て後天的に開花する者も存在する。

 そのため、覚能力は生まれ持った素質だけでなく、後天的な努力や経験によっても得られる可能性がある。


 エリオはその男の手がほんの少し動いただけで、受験者が地面に倒れるのを見て、思わず舌打ちをした。

 両親は覚能力者だったが、自分にはない力だ。

 男が使った力は、物理的な力を無理なく操るタイプのものだ。だが、その威圧感と即効性から、力の使い方が極めて巧妙だと感じた。


「ふーん、あれが覚能力か」


 カイルが興味深そうに呟きながら、エリオの隣に立った。


「だが、あんな使い方をする奴に関わるのは面倒だな」


 エリオは冷静に言い、再び男に目を向けた。


「けどさ、あの男……ちょっと面白そうじゃない?」


 カイルは口元に笑みを浮かべ、少しずつ歩みを進める。


「何をする気だ?」


 エリオの警戒をよそに、カイルはますますその男に近づいていく。


「まぁ、ちょっと挨拶でもしてみようかな!」

「おい、待て!」


 エリオが引き留める間もなく、陽気に笑ってカイルは騒ぎの中心に飛び込んだ。


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